24 〈最終回〉ぼっち分類

 ぼっちにとって、自分を知ってもらえるタイミングというのは(ほとん)どありません。
 誰かに身の上話をするタイミングがそもそもないですし、もしあったとしても、それを切り出すのはとても勇気のいることだからです。

 

「私、ぼっちなんですよぉ」

 

 例えば僕が誰かにそう言われたとしても、僕はその言葉に対してどう反応してよいのか分からないのです。

 

(この人は自分がぼっちであることに対してどう思っているのかな? ポジティブなのかな? ネガティブなのかな? 僕と同じなのかな? 笑っていいのかな?)

 

 色んなことを考えてしまい、結局出るのは苦笑い……なんてことになるでしょう。

 

 人は様々な理由でぼっちになりますし、ぼっちの状況も人それぞれです。

 

 僕は以前から『ぼっち』は大別して二つの種類に分類できると考えていました。

 

 ぼっちとは孤独である状況を指す言葉ですが、ここで問題になるのが、ひとえに『孤独である状況』と言っても、望む・望まないにかかわらず「孤独に身を置いている人」と、誰とも価値観を共有できないといった「心が孤独な人」とで異なるということです。

 

 僕は前者を『肉体的ぼっち』、後者を『精神的ぼっち』と名付けています。

 

 勿論(もちろん)、肉体的にも精神的にもぼっちであるという『究極体のぼっち』も存在します。
 20代後半、大学の同期たちが細々ながらも頑張って活動しているのに比べ、全くと言っていいほど成果が出ない自分に嫌気がさし、周囲との連絡を絶ち、これでもかと()(こも)っていた時の僕はまさに究極体でした。

 

 また、ぼっちは四つの階層に分かれているのではないかと考えます。
 肉体的・精神的分類を横軸とするならば、こちらは縦軸になります。

 

 第一層は、比較的軽めなぼっちで、周りに合わせることが出来るタイプ。どこにでも出掛けられるけれど、心の何処(どこ)かで「ちょっと帰りたい」と思っている感じです。ぼっちライト層と言われている層で(言っているのは僕だけですが)、ともすれば「それはぼっちではない!」「ぼっちにわか!」と、より深い層から揶揄(やゆ)される恐れもあります。

 

 続いて第二層は、例えば飲み会等が催されたときに、気分が乗れば参加するけど、基本的には一人で過ごしたいタイプ。
 気分に左右されるので、気が付いたら途中で居なくなっている場合もあります。社会人など、誰かと共同作業せねばならぬ立場にいるのに、根は孤独を好んでいるような人は、この二層と一層を行き来している方が多いと思います。

 

 ここからはより『ぼっちの階層』の深層へと入っていくのですが、第三層は、まず飲み会には参加しない。そもそも誘ってくれる友達がいない。というか友達がなんなのか分からないタイプです。彼らに「友達いる?」と聞くと「まず友達の定義を教えて?」と逆に質問で返される、非常に面倒くさい存在に仕上がっています。僕もたまに言います。

 

 そして第四層はかなりディープで、まず人が嫌いです。下手(へた)をすると自分も嫌いなケースもあります。そして、嫌いな自分を他人に見せたくないので人に会えないという『ぼっち悪循環』の螺旋(らせん)(うず)の中にぽつんと存在しています。(あらし)の中に包まれている『ラピュタ的ぼっち』と言い換えてもいいですが、過去に何かしら挫折感(ざせつかん)を味わった人が陥りがちで、やはり僕は20代後半くらいからこの辺りに沈んでいました。

 

 このように、一言(ひとこと)で『ぼっち』と言っても、驚くほど多種多様な形態が存在しているのだと分かります。ちなみに、ここでは『下層』という風に表現していますが、上だから良い、下だから悪いという訳ではありません。

 

 ただ、これは実体験からの意見になりますが、下層へ行けば行くほど社会では生き(づら)さを感じます。何故(なぜ)ならば、仕事と呼ばれるものの殆どが『誰かと共同作業をすること』を指しており、他者と時間や価値観を共有せねばならないからです。

 

 さて、このように『ぼっち』をいくつかの種類に分類してきましたが、果たしてこの行為に意味があるのか、と問われたら――勿論、意味はあります。

 

 もし、あなたが現在自分のことを『ぼっち』だなと思っており、さらに、こんな『ぼっち』の状態は嫌だと思っているのならば、まずは上記の分類を元に、今あなたがどの『ぼっち』なのかを確認してみてください。
 そして、いつ、どのタイミングでそこに来てしまったのかを考えてみれば、改善に向けた何かが(つか)めるかもしれません。

 

『ぼっち』の状況は様々ですし、それに対してどう向き合っているのかも人それぞれです。『自分はこうだから相手もこうだろう』という押し付けがあってはいけません。

 

 この『ぼっち分類』を心の(すみ)に置くことで、皆様にとって居心地の良い『ぼっちライフ』が送れることを(せつ)に願っております。

 
 

教訓
居心地の良い『ぼっちライフ』を送るには、『ぼっち』の多様性を知るべし──賽助


※一年間、ご愛読ありがとうございました。

 

更新は終了しました

賽助プロフィール

賽助(さいすけ)
東京都出身、埼玉県さいたま市育ち。大学にて演劇を専攻。ゲーム実況グループ「三人称」のひとり、「鉄塔」名義でも活動中。また、和太鼓パフォーマンスグループ「暁天」に所属し、国内外で演奏活動を行っている。著書に『はるなつふゆと七福神』(第1回本のサナギ賞優秀賞)『君と夏が、鉄塔の上』がある。
●「三人称」チャンネル
ニコニコ動画 https://ch.nicovideo.jp/sanninshow
YouTube https://www.youtube.com/channel/UCtmXnwe5EYXUc52pq-S2RAg
●和太鼓グループ「暁天」
公式HP https://peraichi.com/landing_pages/view/gyo-ten



山本さほプロフィール

山本さほ(やまもと・さほ)
1985年岩手県生まれ。漫画家。2014年、幼馴染みとの思い出を綴った漫画『岡崎に捧ぐ』(ウェブサイト「note」掲載)が評判となり、会社を退職し漫画家に。同作(リニューアル版)は『ビッグコミックスペリオール』での連載後、単行本が2018年に全5巻で完結した。その他の著書に『無慈悲な8bit』『いつもぼくをみてる』等。Twitter上でも1頁エッセイ漫画『ひまつぶしまんが』を不定期に掲載。