11 事故

 なるべく事故のないよう気を付けながら日常を過ごしつつも、人生そのものがやや事故気味である僕ですが、20代後半の頃、実際に交通事故を起こしてしまったことがあります。

 

 先に説明しておくと、いわゆる自損事故というもので怪我人(けがにん)は僕一人になります。勿論(もちろん)、だからいいというものではありませんし、著者は十分に反省しているという点を踏まえていただければと存じます。

 

 さて、僕は大学卒業後すぐに普通自動二輪免許を取得し、一時期はバイクに乗っていました。

 

 乗っていたのはカワサキのエストレヤRSというバイクで、各部にクロームメッキが施され、タンクの中央には星型のエンブレムが光る格好いいバイクでした。

 

 大学でお世話になっていたゼミの教授に誘われて児童劇団の旗揚げに参加し、初公演に向けて日々稽古(けいこ)をしつつ、新宿にあるレストランでアルバイトをしていたのですが、その行き帰りのお供にと購入したのがこのバイクになります。
 おろしたての新車をぶいぶい言わせながら、埼玉の自宅と新宿を行き来していました。

 

 あれはクリスマスも近くなってきた12月の中旬。
 深夜1時頃まで働き、仕事帰りの僕は疲れた体をバイクに預け、国道を走っていました。

 

 真冬の深夜ですから、寒さ対策のために上下に何枚も衣服を重ね着していました。更にその上からダウンジャケットを羽織(はお)るという徹底ぶりで、着ぶくれも(はなは)だしい姿であったと思います。

 

 自宅までの道程(どうてい)を3分の2ほど過ぎた辺りでしょうか、国道沿いにポツンと黄色い車が駐車されていました。

 

 まっすぐ延びた障害物のない国道に暗闇でも目立つ黄色い車。

 

 普通は気が付きます。
 しかし、僕はその黄色い車に思い切りぶつかりました。

 

「黄色い車があるぞ」と認識したのは車体がぶつかるほんの数秒前で、ハンドルを切った時にはすでに遅く、バイクの前輪は車のリアバンパーにぶつかり、僕の体は空中へと放り出されてしまったのです。

 

 ぶつかる直前、そしてぶつかってからの数秒間の出来事は、今でもよく覚えています。
 空中を飛んでいるなあ、なんて呑気(のんき)に思ったのもつかの間、僕の体は地面へと叩きつけられ、そのままアスファルトの上をごろごろと転がりました。

 

(これはやってしまった)

 

 事故直後も僕は案外冷静で、自分が自動車にぶつかり、国道の真ん中に倒れていることは理解出来ていました。
 深夜の国道は貨物トラックの往来があるものです。このままの状態だと危ないと判断した僕は、すぐに立ち上がり、とにかく道路脇へと歩きました。

 

 不思議と、たいした痛みは感じません。
 ヘルメットはフルフェイスのものを使用していましたし、(くだん)の過剰なまでの重ね着がクッションになってくれたのかも、などと思っていました。

 

 路肩へ移動し、とりあえず平気そうだぞ、これからどうしよう、なんて考えたのもつかの間、突然左足に痛みを感じ、(ひざ)の力が一気に抜けて僕は道路脇へ仰向(あおむ)けに倒れ込みました。
 これは後程発覚したことですが、左足の甲の骨にヒビが入っていたそうです。
 靴下ももっと重ね着しておけば、あるいは大丈夫だったのでしょうか。

 

 そこでどれぐらい倒れていたのかはハッキリしませんが、深夜の国道だというのに、気が付けば幾人かの人が僕を取り囲んでいました。
 おそらくはバイクがぶつかった音がとても大きかったのでしょう。近隣の方々が何事かと出てきてくれたのだと思います。

 

「大丈夫か?」

 

 声をかけてくれたのは中年の男性でした。
 ぐわんぐわん、と耳の奥で音が鳴っていましたが、問題ないことをアピールしようと仰向けになったまま返答します。

 

「あ、はい……大丈夫です」
「誰かが救急車呼んでるみたいだし、バイクは寄せておくから」
「あ、ありがとうございます……」

 

 そっと首を持ち上げてみると、別の男性が僕のバイクを道路の脇へと運んでくれていました。また、携帯電話を耳に当てている人の姿も見えます。
 僕はこんなにも、他人の存在がありがたいと感じたことはありませんでした。見ず知らずの僕に対して助けようと手を差し伸べてくれているのです。

 

「実は俺も、昔事故っちゃったことがあってねぇ……」
「あぁ……そうなんですか」
「骨折っちゃってさ。痛かったなぁ」
「はあ……」

 

 おそらくは「事故に()っても大丈夫だよ」という意味なのだと思いますが、現在進行形で耳鳴りがしている中、この昔話をどう聞けばいいか分かりませんでした。

 

 やがてサイレンの音が近づいてきて、救急車が到着します。
 救急隊員の方々が迅速に動いて下さり、僕はあっという間に担架に乗せられ、車内へと運ばれました。

 

「この指が何本か分かりますか?」
「お名前は分かりますか?」
「ご自宅はどこですか?」

 

 ゆっくり丁寧に質問が投げかけられます。
 意識は正常でしたので、それらにしっかりと受け答えをすることが出来ました。

 

「羽根が……」

 

 救急隊員の一人がそう(つぶや)きました。
 何のことだろうと自分の体を見ると、確かに僕の体には白い羽根が沢山くっ付いていましたし、車内にも少し羽毛が舞っていました。

 

 防寒対策に羽織っていたダウンコートは、どうやら事故の際に破れてしまったらしく、中の羽根が舞い散っていたのです。

 

「ご家族の連絡先は分かりますか?」
「あ、ええと……048の……」
「羽根が……」
「どこか痛むところはありますか?」
「耳の奥が……」
「ダウンの羽根が……!」

 

 やたらとダウンの羽根を気にされている隊員を他所(よそ)に、やり取りを終えた救急車は搬送先へと走り出します。サイレンを鳴らしながら、右へ左へと走り抜けた先は、家から少し離れた場所にある総合病院でした。

 

 隊員は僕を乗せた担架を降ろすと、待ち構えていた医師たちに状況の説明をします。バイクの事故であること、意識はハッキリとしていること、耳鳴りがすること、そして体に羽根が沢山付着していること。

 

 例の隊員はまだ気にしていたようで、「羽根が付いています」と付け加えるように医師に伝えていました。
「もう羽根はいいよ!」と言いそうになりましたが、きっと羽毛がまとわりついていると色々と処置し(づら)いということなのでしょう。
 冗談のように聞こえますが、実際はもっと羽根を連呼していたので、あるいは極度の羽根アレルギーであったのかもしれません。

 

 さて、運ばれた病院で様々な診察を受けた後、医師から告げられた僕の病名は以下の通りです。

 

脳挫傷(のうざしよう)
・くも膜下(まくか)出血
(ちゆう)(そく)(こつ)骨折
・頭がい骨骨折

 

 病名を列挙された時は、流石(さすが)に血の気が引きました。
 しかしそのどれもが軽度なもので、あえて表現するならばこうなる、というようなことをおっしゃっていたような気がします。
 入院をすることにはなるが、1週間ほどで家に帰れるとのお言葉もいただき、ほっと一安心したものです。

 

 病院では車椅子を貸し出されましたが、基本的にはずっと病室のベッドで寝ていました。
 12月中旬から1週間の入院だったので、12月22日の誕生日もクリスマスも寂しく病院で過ごすことになります。
 その時期に女性の看護師さんが病室を訪ねてくれたので、ひょっとしたら何かお祝いをされるのではとひそかに期待していたのですが、用意されていたイベントは『尿道に(くだ)を通す』というものでした。
 四六時中寝ていたので、立ち上がってみれば眩暈(めまい)と吐き気に襲われ、上手(うま)く排尿出来なくなっていたのです。

 

 元々、誕生日もクリスマスも何も予定が入っていなかったので、むしろ病院関係者が近くに居たぶん(にぎ)やかだったと言えなくもないですが、吐き出したため息が病室内に響いたことは忘れられません。

 

 更に、退院後も所属している児童劇団の稽古があるのですが、しばらくの間は松葉杖(まつばづえ)での行動になるため、役者として稽古に参加することが出来なくなってしまいました。

 

 僕は役を外されることになりましたが、しかし立ち上げメンバーなのだから裏方に回すわけにもいかないと判断された結果、『舞台上でサンプラー(キーに割り当てられた効果音を出す装置)を押す人』という不思議な役を任されることになりました。

 

 全ては自己責任です。
 もっと運転に気を付けていればこんなことにはならなかったのに、と後悔しない日はありません。全国の運転手の皆さま、是非とも安全にはお気を付けて楽しいドライブライフを送って下さいませ。

 

 ちなみに僕のバイクは、ぶつかった衝撃から前輪が後退し、中輪と呼んだ方が良いぐらいの位置に来てしまい、そのまま廃車となりましたとさ。

 
 

教訓
重ね着は身を(たす)く──賽助

毎月第2、第4火曜日更新

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賽助プロフィール

賽助(さいすけ)
東京都出身、埼玉県さいたま市育ち。大学にて演劇を専攻。ゲーム実況グループ「三人称」のひとり、「鉄塔」名義でも活動中。また、和太鼓パフォーマンスグループ「暁天」に所属し、国内外で演奏活動を行っている。著書に『はるなつふゆと七福神』(第1回本のサナギ賞優秀賞)『君と夏が、鉄塔の上』がある。
●「三人称」チャンネル
ニコニコ動画 https://ch.nicovideo.jp/sanninshow
YouTube https://www.youtube.com/channel/UCtmXnwe5EYXUc52pq-S2RAg
●和太鼓グループ「暁天」
公式HP https://peraichi.com/landing_pages/view/gyo-ten



山本さほプロフィール

山本さほ(やまもと・さほ)
1985年岩手県生まれ。漫画家。2014年、幼馴染みとの思い出を綴った漫画『岡崎に捧ぐ』(ウェブサイト「note」掲載)が評判となり、会社を退職し漫画家に。同作(リニューアル版)は『ビッグコミックスペリオール』での連載後、単行本が2018年に全5巻で完結した。その他の著書に『無慈悲な8bit』『いつもぼくをみてる』等。Twitter上でも1頁エッセイ漫画『ひまつぶしまんが』を不定期に掲載。