2 呪われる人

 子供の頃、僕は魔術が使えました。
「嘘をつけ!」と思われた方も多いでしょう。
 それは全くその通りで、魔術が使えるというのは真っ赤な嘘でした。

 

 小学校時代、僕の周囲では『誰かに呪いをかける』という行為が流行(はや)っていました。文字にするとそら恐ろしく聞こえますが、子供の時によく流行ったいわゆる『こっくりさん』などの類似品のようなものであったと思います。
 魔術という言葉は、子供心にとても甘美(かんび)な響きを有しています。僕もたいそう(あこが)れましたし、正直今もなお憧れています。
 当然、僕も魔術ブームに乗っかろうとしたのですが、しかし、元来友人の少なかった僕は情報源がほぼないため流行りに(うと)く、そのブームに若干乗り遅れ気味でした。
 背が低く、根暗な眼鏡といった僕の見た目からすれば「ブーム以前から皆に呪いをかけていましたけど?」と言っても説得力があるのですが、市場はすでに呪いを掛ける魔術師の供給過多、呪われた人々のバーゲンセールで付け入る(すき)がありません。

 

 そこで、僕は一計を案じました。
 僕は周りに「自分は呪いを解くことが出来る」と吹聴(ふいちよう)したのです。

 

 呪いをかける側ではなく、解く側に回ったのは、我ながらまさに慧眼(けいがん)でした。
 たちまち僕は人気者になりました。生徒たちは皆『呪いをかける』ことに夢中だったので、教室内はインフルエンザ・ウイルスが蔓延(まんえん)するかのごとく、呪われた人々で溢れかえる『カース・パンデミック』状態。誰も『その後のケア』を考えていなかったのです。
 休み時間ともなれば、僕の周りに人だかりが出来、「呪いを解いてくれ」「馬鹿野郎こっちが先だ!」と押すな押すなの大騒ぎになりました。
 当時の僕のクラス内での立ち位置が、友人の少ない根暗な男、休み時間にはよく本を読んでいて、更に伯母(おば)が高校の教師(小学生にとって教師は映画に出てくる考古学者とほぼ同義)であるということも、その説得力に一役買っていたことでしょう。まるで、普段は村民から怖がられていた村はずれの賢者が、村の危機を救うため、その知識を披露しにやってきたかのようです。
 僕はその場で適当に編み出した術式により、様々な生徒たちの呪いを解きました。具体的には、中指と人差し指の2本で相手の背中に十字を描き、十字の隙間部分に点を打ち(“※”という記号を45度傾けた時のような感じ)、全体を丸で囲んで、最後に十字の中心を(てのひら)で打つ、という術式です。これが、その場で考えたにしてはいかにもそれっぽい仕草で、更には教師の伯母が所蔵していた本に載っていたという僕の証言──実際はそんな本などないのだけれど──も相まって、嘘だと疑う者は一人もいませんでした。
 そして、この術式の優れている点は、一人にさほど時間がかからないので休み時間に何件もの依頼をこなせること、そしてパッと見ただけではどうやっているのか分からないので、技術を盗まれることがなく、同業者が現れないことでした。
 市場独占──(うわさ)は教室の外まで広がり、休み時間となれば、わざわざ違うクラスから生徒たちが出向いてくるまでになりました。中には学校でも人気者の生徒の姿もあり、普段は挨拶だってしない彼らと対等──いや、むしろ優位に立てているという快感に(おぼ)れ、僕はとにかく必死に呪いを解きました。僕の行動、言動、全てが出鱈目(でたらめ)でしたが、僕という解呪装置は確かに機能し、あの時、僕は学校内の重要人物として存在していたのです。

 

 しかし、そんな日々にも終わりが訪れます。
 魔術ブームが去ってしまったのです。

 

 呪われていない限り、呪いを解くことは出来ません。あっという間に無力になってしまった僕は、いっそのことクラス全員に呪いをかけてやろうか、とも考えました。確かに、あの時の僕の影響力ならばそれも可能だったかもしれませんが、生徒たちに呪いをかけまくり、その後全員を解呪したところで、果たして皆は僕に感謝するだろうかと思いとどまる程度の賢さはありました。
 結局、僕は村の外れ、教室の隅っこに戻りました。むしろ、呪いの中心人物として存在していたことで、「あいつは暗い。暗い上に怖い」などと、より悪い印象を持たれてしまっていたかもしれません。
 今思い返しても、かなりどうかしているエピソードだとは思いますが……当時のクラスメイトは、あの時僕のことをどう思っていたのか、それが今でも気になります。
 そもそも、あの出来事をまだ覚えているでしょうか? 
 そして、実際のところ、どこまで僕のことを信じていたのでしょうか?
 ひょっとすると、中には今でも、僕のことを『解呪屋』だと信じている人がいるかもしれません。あの中に本当に呪いにかかっている人がいて、(すが)る思いで僕を頼ってくれていたのかも知れないと思うと、申し訳なさと恐ろしさで、少しばかり震えてしまいます。
 僕はあの一連の呪いブームを、今後も忘れることが出来ないと思います。

 

 ひょっとすると、(いま)だに呪われているのは、実は僕なのかもしれません。

 
 

教訓
かつての嘘は、呪いの(ごと)(おのれ)に刻まれるものである──賽助

毎月第2、第4火曜日更新

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賽助プロフィール

賽助(さいすけ)
東京都出身、埼玉県さいたま市育ち。大学にて演劇を専攻。ゲーム実況グループ「三人称」のひとり、「鉄塔」名義でも活動中。また、和太鼓パフォーマンスグループ「暁天」に所属し、国内外で演奏活動を行っている。著書に『はるなつふゆと七福神』(第1回本のサナギ賞優秀賞)『君と夏が、鉄塔の上』がある。
●「三人称」チャンネル
ニコニコ動画 https://ch.nicovideo.jp/sanninshow
YouTube https://www.youtube.com/channel/UCtmXnwe5EYXUc52pq-S2RAg
●和太鼓グループ「暁天」
公式HP https://peraichi.com/landing_pages/view/gyo-ten



山本さほプロフィール

山本さほ(やまもと・さほ)
1985年岩手県生まれ。漫画家。2014年、幼馴染みとの思い出を綴った漫画『岡崎に捧ぐ』(ウェブサイト「note」掲載)が評判となり、会社を退職し漫画家に。同作(リニューアル版)は『ビッグコミックスペリオール』での連載後、単行本が2018年に全5巻で完結した。その他の著書に『無慈悲な8bit』『いつもぼくをみてる』等。Twitter上でも1頁エッセイ漫画『ひまつぶしまんが』を不定期に掲載。