3 野球少年

 中学時代に野球をやっていた、と言っても、信じてくれる人があまりいません。
 おそらく、現在の僕に野球少年っぽい『健全さ』や『快活さ』が1ミリもないことが原因なのでしょうが、しかし確かに僕は野球少年だったのです。

 

 中学時代の試合の記録はなんと、出塁率10割。
 僕は(すご)い才能を持った選手だったのです。

 

 子供の頃の僕は野球漫画を読んで育ちました。
 そして、幼い頃は誰しもそのきらいがあったと思うのですが、僕も自分には何か凄い才能があると思っているタイプの子供でした。だから当然、ちょっと野球をやれば何かしら凄い才能が開花すると思っていて、中学校に入ると同時に野球部に入部したのですが、これが驚くことに、そんな才能が花開く気配は一向にありません。
『背が低いけれど練習もせずいきなり剛速球を投げられるタイプなのでは?』とか、『練習はしていないけれど、どんなボールでもバットに当てることが出来るセンスがあるのでは?』などと期待していたのですが、そんなことは全くありませんでした。
 それどころか、日々の練習は辛いですし、監督は日に日に怖さを増していきますし、好きな漫画を読み、ゲームをする時間も失われてしまいます。

 

「おや? これはひょっとすると、楽しくはないのでは?」

 

 現実を突きつけられた僕は次第にやる気が削がれ、練習に身が入らなくなります。

 

「もう()めようかなあ。卓球部が早く帰れていいらしいけどなぁ」

 

 そんなことを思っていた中学2年生の時、初めて試合に出る機会に恵まれました。
 とはいえ、もちろんレギュラーとしてではなく、試合は終盤に差し掛かったところで、代打としての起用です。
 背が低く運動音痴で、守備位置さえ決まっていないこの僕を試合に出すとは──僕は監督の采配(さいはい)を疑いました。僕は監督が毎回ベンチから出しているサインすら分からないんだぞ。そんな僕をこの大事な場面で出すとは、試合を捨てるつもりか──心の中でそう(さげす)む僕を呼びつけた監督は、ベンチに座ったままこう言いました。

 

「打席に立ったら、何もするな。バットも振るな」

 

 それがどういう指示なのか、僕は理解が出来ませんでした。
 意味が分からぬままバットを手に打席に立つと、やがて試合は再開されます。
 僕はただただ、呆然(ぼうぜん)と打席に立っていました。監督の指示に逆らうつもりもありませんでしたし、そもそも相手の投手が投げるボールは速く、僕がバットを振ったところで当たる気がしませんでした。
 その間にも、相手の投球は続いていきます。
 そして、驚いたことに、ピッチャーの投げた球は4球連続でボールとなり、僕は見事出塁出来たのです。
 僕はかなり背が低かったので、当然、ストライクゾーンはとても狭いです。フォアボールになる確率はそうとう高かったと言えるでしょう。

 

 審判に四球を宣言され、僕は一塁へと歩きました。
 僕はドキドキしていました。監督が出すサインが一つも分からないので、塁上で何をすればいいか分かりません。おまけに、この攻撃回が終わったら、今度は守備につかねばなりませんが、その時にどこの守備位置を任されるかも分からないのです。
 そんな僕のそばに、監督からの指示を受けた一人のチームメイトがやってきました。彼はやってくるなり僕にこう言います。

 

「代走だって」

 

 代走──出塁した選手の代わりに、より足の速い選手を出す戦術です。交代させられた選手はそこで役割を終え、あとは試合を見守るだけになります。
「あっ、はい」
 僕は一塁から離れ、ベンチへと戻りながら、自分に課せられていた役割をようやく理解しました。

 

 つまり、僕は背が低く運動音痴でサインも分からず守備位置さえ決まっていない短所だらけの選手ですが、この代打はその短所を長所に変える戦術だったのです。
 これは凄い。まさに名采配。(のち)の世に語り継がれる見事な戦術です。
 僕の才能──
 以前から僕が(あこが)れていた『練習もしないで得られる才能』が、たった今開花したのです。

 

 しかし、そんな才能を()()たりにしたにもかかわらず、ベンチに戻った僕を()(たた)える仲間は一人もいませんでした。
 それはそうでしょう。何故なら、何もやっていないからです。そもそも僕自身、何一つ手ごたえはなかったので、褒められたところでどう反応すればいいか分からなかったでしょう。

 

 その後、試合がどうなったのか、僕はよく覚えていません。
 それからしばらくして、僕は野球部を辞め、卓球部へと移籍しました。
 これは別に野球が嫌いになってしまったというわけではなく『練習もせず不意に打ったサーブが物凄い回転になる才能』があるような気がしたからです。

 

 出塁率10割。
 打率は0割。
 代打で四球出塁し、代走で交代。出場試合数は1。

 

 これが、僕の中学野球部時代の記録です。凄い才能を持っていたのは間違いありませんが、ただ、高校時代には身長も人並みに伸びてしまっていたので、その才能を活かせたのはあの一瞬だけであったのかもしれません。
 自分の才能に気付かせてくれた恩師には、どの選手も感謝するものだと思いますが、全く感謝の気持ちが湧いてこなかったのが不思議なところです。
 才能がありすぎた故、天狗になってしまうという話は聞いたことがありますが、どうもそういうことではないような気がします。

 
 

教訓
練習せずとも、まれに才能が開花することがある──賽助

毎月第2、第4火曜日更新

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賽助プロフィール

賽助(さいすけ)
東京都出身、埼玉県さいたま市育ち。大学にて演劇を専攻。ゲーム実況グループ「三人称」のひとり、「鉄塔」名義でも活動中。また、和太鼓パフォーマンスグループ「暁天」に所属し、国内外で演奏活動を行っている。著書に『はるなつふゆと七福神』(第1回本のサナギ賞優秀賞)『君と夏が、鉄塔の上』がある。
●「三人称」チャンネル
ニコニコ動画 https://ch.nicovideo.jp/sanninshow
YouTube https://www.youtube.com/channel/UCtmXnwe5EYXUc52pq-S2RAg
●和太鼓グループ「暁天」
公式HP https://peraichi.com/landing_pages/view/gyo-ten



山本さほプロフィール

山本さほ(やまもと・さほ)
1985年岩手県生まれ。漫画家。2014年、幼馴染みとの思い出を綴った漫画『岡崎に捧ぐ』(ウェブサイト「note」掲載)が評判となり、会社を退職し漫画家に。同作(リニューアル版)は『ビッグコミックスペリオール』での連載後、単行本が2018年に全5巻で完結した。その他の著書に『無慈悲な8bit』『いつもぼくをみてる』等。Twitter上でも1頁エッセイ漫画『ひまつぶしまんが』を不定期に掲載。