6 ラブレター

 中学2年生の頃、好きな女の子が居ました。

 

 とは言え、(いま)だに僕には恋だの愛だのがよく分かりませんので、あの時のそれが果たして「恋」と呼ぶに相応(ふさわ)しいのか、よく分かりません。

 

 思えば当時、右も左も恋だの愛だのと口にしていたので、「自分も誰かを好きにならなければいけない」といった義務感のようなものもあったように思います。

 

 とまあ、こんな書き方をするとあまりにも当時の僕に失礼かもしれません。
 多分、僕は僕なりに彼女が好きだったのだと思います。

 

 僕が好きだったKさんはとても背の小さい人でした。
 かく言う僕も背の順で前から3番目以内に入るほどだったので、背の高さ的にはそれなりにお似合いです。

 

 彼女とは小学生の時から同じ学校に(かよ)っていたのですが、一度も同じクラスになったことはありませんし、話したことも(ほとん)どなかったと思います。

 

 好きになるきっかけは何だったのか、あまり覚えていないのです。
 気が付けば、彼女のことを「可愛いな」と思うようになっていました。

 

 ある日、僕は彼女にラブレターを出しました。

 

 そのラブレターは、今思い出してもかなり斬新なもので、自分と付き合えるか付き合えないか、『はい・いいえ』に丸をつけて答えてもらう選択方式で、そのままその手紙を返信にも使えるというとても利便性に(すぐ)れたラブレターでした。

 

 相手の手を(わずら)わせないという点において、目の付けどころは良かったと思うのですが、あえて欠点を述べるとすれば、僕の書く字がとても下手糞だったことでしょう。

 

 今であればパソコンとプリンターがありますので、明朝体(みんちようたい)のフォントを使い、まるで結婚式の招待状の(ごと)く美麗に仕上げることが出来るのですが、その当時は気軽に扱えるような代物ではありませんでしたので、ミミズの()ったような字を並べるのが精一杯でした。

 

 彼女は、その世にも稀有(けう)なラブレターは使わず、新しい手紙を寄越(よこ)してくれました。

 

 そこには、可愛らしい丸文字で、僕の申し出を断る(むね)と、彼女が今好きな人の名前が書かれていました。

 

 とても誠実な人だったのだと思います。
 僕が好きな人を明かしたのだから自分もと、秘密を明かしてくれたのでしょう。

 

 Kさんの好きな人は、その頃僕と親交のあったT君でした。

 

 当時、地元のテレビ局で『宇宙戦艦ヤマト』の再放送が放映されており、僕とT君はそれを観ているということで意気投合し、よく話していたのです。

 

 そんなT君がKさんの想い人であったので、僕は彼女の恋愛相談なんかにも乗りました。

 

 ただ、殆ど恋愛経験のない僕の助言はたいして役に立たなかったでしょう。
 T君はなんとなく、Kさんには興味がなさそうな感じがしていたのも知っていました。

 

 好きな人の恋愛相談とはいえ、僕はKさんとやり取り出来ていることが楽しかったですし、あわよくば……という思いがなかったとは言い切れません。

 

 しかし、多感な中学生時代。
 あれよあれよという内に、目まぐるしく日々が過ぎていきます。

 

 受験の時期を迎えると共に恋愛相談も少なくなり、僕は別の人を好きになっていました。

 

 中学校卒業間際、一度、何らかのタイミングでKさんと話すことがあったのですが、彼女は思い切ってT君に告白し、そして振られてしまったことを伝えてくれました。

 

 それからお互い別々の高校へ進学し、それ以降は連絡を取り合うこともありませんでした。

 

 あれは中学卒業から5年ほど経った、大学生活も後半に差し掛かっていた頃のことです。
 実家にKさんからの手紙が届いていました。

 

 どういう気持ちで僕に手紙を出したのかは分かりませんが、そこにはあの頃と変わらぬ可愛らしい丸文字で、今の彼女の状況がほんの少し書かれ、そして、あの頃と同じ熱量かは分かりませんが、T君のことを今でも好きだというようなことが書かれていました。

 

 ひょっとしたらその時のKさんはとても疲れていて、自分を少なからず好意的に思っていた僕という存在が居たことを思い出してくれたのかもしれません。

 

 僕は筆を()り、本当に久しぶりに手紙を書きました。

 

 相変わらず下手糞な字ではありましたが、もちろん選択方式ではありません。
 今は演劇に身をやつしている、というような現状報告を書いたと思います。

 

 その手紙に返信はありませんでした。
 それから今まで、Kさんとは会っていません。

 

 聞くところによると、中学時代の同窓会が開かれているらしいので、ひょっとしたらKさんもその席に顔を出しているのかもしれませんが、僕は大学卒業後にかなりの引き()もりになってしまい、それから今まで、周囲との連絡を()つ生活を続けていますので、今後会うことも多分ないと思います。

 

 あの時の僕の想いが果たして恋と呼べるものだったかは今でも分かりませんが、あの頃からずっと一人のことを想い続けていられたKさんは立派だなあ、と感心しました。

 

 それが幸せなことなのかどうかは、やはり僕には分かりません。

 
 

教訓
『はい・いいえ』では答えられぬ恋もある──賽助

毎月第2、第4火曜日更新

更新情報はTwitterでお知らせしています。

賽助プロフィール

賽助(さいすけ)
東京都出身、埼玉県さいたま市育ち。大学にて演劇を専攻。ゲーム実況グループ「三人称」のひとり、「鉄塔」名義でも活動中。また、和太鼓パフォーマンスグループ「暁天」に所属し、国内外で演奏活動を行っている。著書に『はるなつふゆと七福神』(第1回本のサナギ賞優秀賞)『君と夏が、鉄塔の上』がある。
●「三人称」チャンネル
ニコニコ動画 https://ch.nicovideo.jp/sanninshow
YouTube https://www.youtube.com/channel/UCtmXnwe5EYXUc52pq-S2RAg
●和太鼓グループ「暁天」
公式HP https://peraichi.com/landing_pages/view/gyo-ten



山本さほプロフィール

山本さほ(やまもと・さほ)
1985年岩手県生まれ。漫画家。2014年、幼馴染みとの思い出を綴った漫画『岡崎に捧ぐ』(ウェブサイト「note」掲載)が評判となり、会社を退職し漫画家に。同作(リニューアル版)は『ビッグコミックスペリオール』での連載後、単行本が2018年に全5巻で完結した。その他の著書に『無慈悲な8bit』『いつもぼくをみてる』等。Twitter上でも1頁エッセイ漫画『ひまつぶしまんが』を不定期に掲載。