13 新しい祖父

 兄弟が結婚するだとか、親戚に子供が生まれるだとか、家族が増えるという経験は年齢を重ねていけばままあることだと思います。

 

 しかし、僕の家族に加わったのは、(よわい)八十を迎えているであろうお祖父(じい)ちゃんでした。

 

「会わせたい人が居る」
 母がそう切り出したのは、僕が二十歳(はたち)を迎えた頃です。

 

「……実は、お祖父ちゃんが居るのよ」

 

 正確な言葉ではないですが、このようなことを言われたのを覚えています。
 僕はかなり驚きました。

 

 僕は父と母と兄、そして母方の祖母の五人家族で、父方の祖母の家の敷地で暮らしていました。
 僕が生まれた頃にはすでに父方の祖父は亡くなっていましたし、また、母は長崎の出だったのですが、家族で長崎の田舎(いなか)に帰省するということもなかったので、田舎はすでになく、母方の祖父も同様に亡くなっているのだろうな、と思っていたのです。

 

 子供の頃、夏休みになると周囲の子供たちの多くがそれぞれ親の田舎へ遊びに行っていましたが、僕にはそんな場所がなかったので、自宅で過ごしながら、田舎がある彼らを(うらや)ましく感じていたものです。

 

 しかし、祖父が実は生きていた。
 (さら)に驚いたことに、その祖父が今は再婚していると言うではないですか。
 つまり、僕はお祖父ちゃんと同時にお祖母(ばあ)ちゃんも増えたことになるのです。

 

 例えば兄弟の結婚相手にはもうお(なか)に赤ちゃんが居て、一瞬にして家族が二人増える、というのはよく聞く話かもしれませんが、一瞬にしてお祖父ちゃんお祖母ちゃんが増える、というのはあまり聞いたことがありません。お祖父ちゃんお祖母ちゃんはあまり増えるものではないでしょう。

 

 どういうことなのか、多少の混乱はありましたが、しかし僕もすでに二十歳になっていたので「色々と事情があったのだろうな」と察することは出来ました。

 

 僕の母方の祖母は、僕が生まれた時にはすでに祖父と離婚していました。
 祖父は母の故郷の長崎で暮らし、祖母は娘の嫁ぎ先である僕ら家族と一緒に暮らすことになったのでしょう。
 それだけならばそこまで隠す必要もないかと思うのですが、いつの日にか祖父は長崎で再婚をし、新しい家庭を築きます。
 片や祖母はといえば、僕らと一緒に暮らしているとはいえ、再婚をすることはありませんでした。

 

 例えば家族旅行という名目で、祖父の住む長崎に行くという選択は、祖母のことを考えれば取れなかったのでしょう。
 また、幼少期の僕に向かって、実は祖父が長崎に居て、しかも再婚をしているということを伝えるのも、今現在祖母と暮らしている両親からしてみればちょっと難しかったのかなと思うのです。

 

 僕が二十歳になった今ならば、色々と事情を察してくれると思ったのかもしれません。

 
 

 さて、母から衝撃の事実を聞いた数日後、僕は父、母、兄との四人で、都内にあるファミリーレストランへ向かいました。
 少し可哀(かわい)そうではありますが、事情が事情だけに母方の祖母には内緒の食事会です。

 

 家族が居る手前、平然を装ってはいたもの、僕は内心ドキドキしていました。
 祖父がすでに再婚しているということは、ひょっとしたら祖父の子供が居るかもしれません。

 

 その人は僕にとってどの辺りの親等になるのだろう?
 僕は叔父(おじ)さんになるのだろうか? それともその子が叔父さん?
 もしその人が……妙齢の女性だったらどうしよう?
 可愛(かわい)い人だったらどうしよう……結婚とか、で、出来るのだろうか?

 

 様々な思いをぐるぐるさせたまま、僕はレストランに向かいました。

 

 しかし残念ながら……というのも失礼な話ですが、ファミリーレストランに居たのは二人の老人だけでした。豪快にタバコをふかしているハットを(かぶ)った小粋(こいき)(ろう)()と、その隣にはグラデーションのかかった六角形のサングラスをかけた老婦人が座っていました。

 

(濃いな!)

 

 そう思ったのをハッキリと覚えています。

 

「こちらがお祖父ちゃんで、こちらが〇〇さん」

 

 母の紹介に、老婦人は丁寧に頭を下げ、老爺は「おうおう」と小さく(うなず)きました。

 

「元気そうにしとっけん、良かったよ」

 

 長崎弁なのでしょうか。祖父の話す言葉は独特の(なま)りが強く、更にちょっとぶっきらぼうな物言いも相まって、気を抜くと何を言っているのか分からなくなりますが、その表情にはどことなく母の面影がありました。

 

 今までの経緯(いきさつ)などの説明は特になく、軽く食事を済ませた僕らは、新宿駅南口にあるサザンテラスへと(おもむ)きました。祖父たちはもうすぐ長崎に戻るらしいのですが、彼の提案で家族の集合写真を撮影することになったのです。

 

 僕にとっても祖父にとっても、家族にとっても初めての集合写真です。
 父は自慢のデジタルカメラを取り出し、僕たちを撮影しようとしたのですが、どういうわけか上手(うま)く設定が出来ないようで、「()れているか分からない」と苦笑いを浮かべています。

 

 当然ですが、義父の前で(あわ)てる父の姿を見たのは初めてのことでした。
 普段は冷静な父なのですが、流石(さすが)に緊張をしていたのかもしれません。

 

 ここで、もし僕が祖父だったならば、
「おや? どうしたのかな? 得意のカメラは。鳥は撮れても私のようなジジイは取れないのかい?」(※父は鳥の写真ばかり撮っている)
 なんて(あお)りに煽ったと思うのですが、祖父はそんなに性格が悪くはありませんでした。

 

「いいたい、いいたい」

 

 祖父は長崎弁で「気にしなくていい」と言うのです。

 

「撮ったっていう事実が大事やけん、撮れてなくてもいいたい」

 

 この日、祖父が発した言葉を、僕は一生忘れないと思います。

 

 写真とはその瞬間を切り取るツールで、写真さえあればいつでもその時の光景を思い出すことが出来るものですが、それよりも大切なことは、今この時、皆が一堂に会して、一緒に笑顔で写真を撮ったのだという事実と、それを記憶しておくことだと祖父は言いたかったのでしょう。

 

 そう、僕らは今、確かに心のシャッターを切ったのだと……。

 

 ――さて。

 

 結局、父のカメラは無事に復調し、新しい家族の写真もしっかりと残すことが出来、父も面目躍如となりました。

 

 それから祖父は度々東京近郊を観光するようになり(ひょっとしたら今までもしていたのかもしれませんが)、僕もしばしば、祖父たちと会うようになりました。

 

 しかし、大人になってから出会った祖父との距離感はいまいち分かりません。

 

 祖父は自分のことを話しませんでしたし、僕もまた、祖父のことについて尋ねることはありませんでした。元々他人と深い話をしてこなかった性格が(わざわ)いしたのか、いつも当たり(さわ)りのない挨拶(あいさつ)のような会話に終始し、内容のある話などなかったと思います。

 

 もっと踏み込んで色々と尋ねるべきだったのか、それとも、このくらいの関係が丁度良かったのか――僕には今もなお判断が付きません。

 
 

 その後、祖父は長崎の地で息を引き取りました。
 祖父の最期を看取(みと)ることは出来ませんでしたが、そんな祖父のお見舞いにと、僕も一度だけ佐世保(させぼ)の地を訪れる機会がありました。

 

 佐世保駅から(ゆみ)(はり)(だけ)方面へと進んだ、山と海の丁度間くらい、金刀比羅(こんぴら)神社の近くに祖父の家はありました。
 山の斜面に寄り添うように建つ家々と、その隙間(すきま)から見える佐世保湾。沿岸に作られた、古めかしい雰囲気の造船所の屋根と背の高いクレーン。

 

 僕は今でも、ひょっとすると自分の田舎になっていたかもしれないあの景色と、新宿での祖父の言葉、そしてハットを被った小粋な姿を思い出すことが出来ます。

 

 祖父と過ごした時間はとても短いものでしたが、気が付けば佐世保の地は僕にとって大切な土地になっていて、僕の帰る場所――とまでは言えませんが、また訪れたい土地になりました。

 

 いつか僕も祖父のように、小粋にハットを被り、孫の心にいつまでも刻まれるような至言を残したいものです。
 まずは孫、その前に嫁、その前に性格……祖父への道は険しいなと改めて感じました。

 
 

教訓
大切な出会いは、突然やってくることがある──賽助

毎月第2、第4火曜日更新

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賽助プロフィール

賽助(さいすけ)
東京都出身、埼玉県さいたま市育ち。大学にて演劇を専攻。ゲーム実況グループ「三人称」のひとり、「鉄塔」名義でも活動中。また、和太鼓パフォーマンスグループ「暁天」に所属し、国内外で演奏活動を行っている。著書に『はるなつふゆと七福神』(第1回本のサナギ賞優秀賞)『君と夏が、鉄塔の上』がある。
●「三人称」チャンネル
ニコニコ動画 https://ch.nicovideo.jp/sanninshow
YouTube https://www.youtube.com/channel/UCtmXnwe5EYXUc52pq-S2RAg
●和太鼓グループ「暁天」
公式HP https://peraichi.com/landing_pages/view/gyo-ten



山本さほプロフィール

山本さほ(やまもと・さほ)
1985年岩手県生まれ。漫画家。2014年、幼馴染みとの思い出を綴った漫画『岡崎に捧ぐ』(ウェブサイト「note」掲載)が評判となり、会社を退職し漫画家に。同作(リニューアル版)は『ビッグコミックスペリオール』での連載後、単行本が2018年に全5巻で完結した。その他の著書に『無慈悲な8bit』『いつもぼくをみてる』等。Twitter上でも1頁エッセイ漫画『ひまつぶしまんが』を不定期に掲載。