16 リアル型脱出ゲーム②

【前回のあらすじ】
ポケットモンスターの〈リアル脱出ゲーム〉に1人で参加した僕。
次々と出題される難問に鮮やかに答えることで「1人で参加してくるだけあってこの人は(すご)い!」と称賛されたいという願望を抱いていたのだけれど、良かれと思って着て行ったフシギバナのポケモンTシャツが裏目に出てしまい、恥ずかしさでもぞもぞしてしまう。
そんな僕を他所(よそ)に、いよいよ〈リアル脱出ゲーム〉が始まろうとしていた――。

 
 

 ピカチュウ、リザードン、カメックスといった人気ポケモンたちのカードがチームのメンバーに分配されると、お互いの自己紹介の時間となります。

 

 とはいっても名前を名乗るというわけではなく、自分に手渡されたカードの内容を伝えることが主目的のようです。おそらく、ここに(しる)されていることが後々の謎解(なぞと)きにおいて重要なヒントとなるのでしょう。

 

「僕は脱出ゲームは5回ほど成功しています。配られたポケモンはカメックスです。
スキルは『ハイドロポンプ』で、特徴としては水の中を移動できるみたいです」
「僕は3回くらい脱出に成功していて、配られたポケモンは――」

 

 リアル型脱出ゲームにおいて、自己紹介時に『何回脱出出来たか』を伝えるのが基本なのでしょうか。確かに、この〈リアル脱出ゲーム〉の最終目標は『脱出』になるわけですから、名前や年齢なんかよりも『脱出経験』こそがチームにとって有益な情報なのでしょう。

 

「僕は、脱出ゲームは初めてです。フシギバナのスキルは『はっぱカッター』で、特徴は、ええと……背中の花からいい匂いがするみたいです……」

 

 ここで(うそ)()いても仕方ありません。僕は正直に『リアル型脱出ゲーム初心者』であることを告げました。しかし、そんな男が次から次へ難問を解いていく姿というのは、いかにも主人公然としていて、上手(うま)く行けば皆から羨望(せんぼう)眼差(まなざ)しを受けることでしょう。

 

 さて、次に自己紹介するのは僕の右隣の男性です。
 彼もまた、僕と同じく孤高の人間。難問を前に皆が困り果てている時に、スッと答えを出すことでこのチームを勝利へと(みちび)く役目――僕のライバルとなるのはおそらく彼になるでしょう。
 では、その実力はどんなものだろうと様子をうかがっていると、やがて彼が口を開きました。

 

(よろ)しくお願いします。僕は脱出ゲームは50回くらい成功していて……」

 

 その数字にグループ内がどよめきました。
 僕以外の皆が脱出ゲームを経験し、脱出に成功しているようですが、まるで(けた)が違います。

 

「50回!?」
「50回は凄いですね!」

 

 彼はとんでもないプレイボーイだったのです。

 

「いやいや、回数だけですよ……」

 

 しかも、称賛の言葉を受けて謙遜(けんそん)する姿は実に自然で、『王者』の雰囲気すら(ただよ)わせていました。

 

 ライバルはやはり彼なのだと、僕は一層気を引き締めました。
 孤高の初心者vs.孤高の王者の戦い。
 字面(じづら)だけ見れば、どちらが勝つのかは火を見るよりも明らかです。

 

 確かに、僕にはリアル型脱出ゲームの経験がありません。しかし僕には、おそらくは彼よりも長く生きてきた人生経験があります。
 それに、リアル型脱出ゲームに慣れていない僕だからこそ(ひらめ)けるもの、型に(とら)われない柔軟な思考というものがあるはずです。

 

 僕は(ひそ)かに闘志を燃やしました。

 

 それぞれのテーブルで自己紹介が一段落付いたのを見計らったかのように、部屋の中に1人の女性が走り込んできました。

 

 黄色い帽子を(かぶ)り赤い上着を着こんだ彼女は、いわゆる『ポケモントレーナー』と呼ばれる格好をしています。この〈リアル脱出ゲーム〉の進行役である彼女が、我々参加者がこの一室に閉じ込められた理由、そしてこの脱出ゲームにおけるルールを説明してくれます。

 

「じゃあ、フシギバナのトレーナーのみんな、立って!」
 進行役の女性が声高らかに言いました。

 

 会場内がざわつきます。
 フシギバナのトレーナーとは、先ほど受け取ったフシギバナのカードを胸にぶら下げ、更にフシギバナのTシャツを着ている『フシギバナ大好きおじさん』こと僕です。

 

 僕を含めた各テーブルのフシギバナトレーナーたちがおずおずと立ち上がりました。
 お姉さんのテンションから察するに、大人ではちょっと恥ずかしいと感じてしまうことをさせられるに違いありません。

 

「ポケモンにはそれぞれ必殺技があって、トレーナーはポケモンたちにスキルを使う指示を与えることが出来るんだ! じゃあみんなで元気よく言ってみよう!」

 

 すると、方々(ほうぼう)に設置された小さなモニターに僕らが言うべき文言(もんごん)が表示されました。

 

「いけぇっ! フシギバナ! はっぱカッターだ!!」
 お姉さんが叫びました。

 

「い……いけぇ……フシギバナぁ……はっぱカッターだぁ……」
 僕も小さく声を発します。

 

「……なんだか元気がないなぁ。そんなんじゃポケモンたちに届かないよ!? もう1回やってみよう!」
 最早(もはや)この手の(もよお)し事ではお決まりであろう台詞(せりふ)ですが、お姉さんは不満げに再度トレーナーたちに声を出すことを促しました。

 

 ここで、このポケモン脱出ゲームがよく考えられているなと感じたのは、大人が参加するスタンダードテーブルと子供たちが参加するファミリーテーブルが同じ場所に居る、ということでした。

 

 子供たちは周囲の視線など気にせず、元気いっぱいに声を発します。
 すると、周りの大人たちも、その熱気にあてられて自然と声を出せるようになるのです。
 羞恥心(しゆうちしん)は置いておいて、今は童心に帰ろう――そんな気持ちになりました。

 

 さて、そんな余興も含んだルール説明も終わり、いよいよ脱出ゲームの開始です。
 制限時間は60分。あまり時間はありません。僕らはテーブルの上に置かれた用紙を素早くめくります。
〈リアル脱出ゲーム〉は、その難易度の高さも話題の一つとなっているようで、このポケモン脱出ゲームもなかなか手ごわいとの評判でした。
 終盤に訪れるであろう思考時間を要する難問のことを考えると、とにかく一問でも早く解くに越したことはないはずです。

 

 誰よりも早く口火を切ったのは、僕の右隣にいた王者でした。

 

「これは……答えは〇〇ですね。こうなってこうなるので」
「こっちの答えは△△じゃないでしょうか。ここがヒントになっているので」

 

 王者は次々と問題を解いていきます。その速度たるや、僕だけでなくチームの経験者たちも驚愕(きようがく)するほどで、僕に至ってはまだ問題を読んでいる最中でした。

 

「凄いですね……!」
「さすがは50回!」

 

 驚嘆と称賛が入り混じった声が方々から上がります。

 

「いや、本当に回数をこなしているだけなんで。数をこなせば誰でも出来ますよ」

 

 王者はここでも謙虚でした。
 ()えわたる頭脳で次々に謎を解き、皆の羨望を集める。

 

(これは僕がなりたかったやつ……!)

 

 彼の姿は、僕がなる予定だったものでした。
 ピカチュウだけでなく、皆の羨望までをも手中に収めた彼を、僕とフシギバナは指をくわえて見つめていました。彼の胸元で揺れるピカチュウもどことなく誇らしげに見えたのは、気のせいばかりではないかもしれません。

 

 そんな調子で我々のチームは次々と問題を解いていき、周囲のどのチームよりも先行しているのは明らかでした。
 しかし、僕もただ指をくわえていただけではありません。『初心者フシギバナおじさん』だからこそ出来ること――それを見つけていました。

 

『すでに解き終わった問題用紙をテーブルの下の(かご)へと移す』

 

 一つの問題に回答すると、それを頼りにメンバーが部屋の方々へと向かい、次の問題を入手して来ます。すると当然、テーブルの上はいくつもの問題用紙で(あふ)れかえってしまうのです。

 

 なので僕はこの作業を率先して行うことにしました。
 多分、チームにとってとても大事なことをしていたと思います。

 

 勿論(もちろん)、こんな『初心者フシギバナ大好き問題整頓おじさん』の僕にだって、回答をする機会がなかったわけではありません。
 ある時には、大量な問題が一気に提示され、それぞれメンバーで分担して解かねばならないという瞬間があったのです。
 僕は割り振られた問題を見事解き、「どうだ!」と提出したのですが、その間にも他のメンバーは次の問題へと着手していたため、()められることはありませんでした。

 

 皆が問題を解き終わり、どうしてその回答になったかを、それぞれ手早く解説します。僕は彼らが解いた問題を手に取り、よく出来た問題だなぁと(なが)めていたのですが、

 

「大丈夫ですか? この回答になったのは、こういう意味で……」

 

 王者は僕に問題の解説を始めてくれました。
 おそらく、僕がまじまじと問題を眺めていたので、『この人はひょっとすると問題の意味が分かってないかもしれない』と感じたのでしょう。

 

『誰一人欠けることなく、みんなでしっかり攻略するんだ!』という王者の優しさが突き刺さります。
 僕は小声で「あ、大丈夫です分かります……」と(つぶや)くことしか出来ませんでした。

 
 

 そんなこんなで最終問題まで解き終わった時には、残り時間が後10分になっていました。

 

 最終問題の回答を提出すると、係の指示で制限時間まで席で待つことになりました。
 先ほどの答えが正解であったのか、そうでなかったのかは、答えを提出してもまだ分からないというのも気が利いています。

 

 やがて進行役のお姉さんが登場し、脱出出来たチームの発表となりました。
 ファミリーテーブルは結構な数のチームが脱出していましたが、ファミリーテーブルよりも問題の難易度が高いスタンダードテーブルのチームは数えるほどしか脱出に成功出来ていませんでした。しかし、我々のチームは見事に脱出に成功。

 

 王者を始め、チームの皆に笑顔がこぼれます。
 僕もまた、自分が役に立てたかどうかは疑問が残るとはいえ、初めてのリアル型脱出ゲームでクリア出来たことに喜びを感じずにはいられませんでした。

 

 勝利の喜びもそこそこに、「ありがとうございました」と王者は立ち上がり、颯爽(さつそう)と去っていきます。
 その姿はまさに主人公でした。
 おそらく彼は、また別のリアル型脱出ゲームに向かうのでしょう。
 そして、いくつものチームを見事脱出に導くことでしょう。

 

 僕もまた、チームメンバーにお礼を言い席を立ちます。
 そのまま帰ろうかと思ったのですが、帰り際にポケモン脱出ゲームの看板と写真撮影をしてもらえるスペースがあり、折角(せつかく)の記念だから……と1人で撮影してもらうことにしました。

 

 写真を撮ってくれるのは、進行役のお姉さんでした。
「1人でも大丈夫ですか……?」
 そう尋ねると、お姉さんは「勿論!」と明るく返事をしてくれます。
 お姉さんは僕のTシャツを見るなり「フシギバナ、いいね!」と声をかけてくれます。

 

「フシギバナの人形もあるから、持って!」

 

 お姉さんが指をさしたテーブルの上に、沢山のポケモンの人形が並んでいました。
 僕はその中から、今日という日を共に戦い抜いたフシギバナの人形を手に取ります。

 

(どうせなら、脱出に成功した(あかし)として『脱出成功』と書かれたボードも持ちたい)
(あとピカチュウの人形も持ちたい……)

 

 気が付けば、右手にボード、左手にピカチュウとフシギバナを抱えた、ぎゅうぎゅうの状態になっていました。

 

 撮影の順番を待つお客さんの視線が刺さります。お姉さんの笑顔も刺さります。
 この〈リアル脱出ゲーム〉で一番恥ずかしい瞬間は、脱出後に待っていました。

 

 こうして、僕のポケモン脱出ゲームは幕を閉じることになったのです。
 もっと活躍したかった、もうちょっとゆっくり問題を解きたかった等々、思い残すことは多々ありますが、それなりに楽しむことが出来たので良かったのかな、と思います。

 

 皆様がもしリアル型脱出ゲームに行かれた時、1人で参加している人がとても物静かだったとしても、「色々あるんだろうな」と察していただければ幸いです。

 
 

教訓
リアル型脱出ゲームの主人公になるためには、経験と謙虚さが必要──賽助

毎月第2、第4火曜日更新

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賽助プロフィール

賽助(さいすけ)
東京都出身、埼玉県さいたま市育ち。大学にて演劇を専攻。ゲーム実況グループ「三人称」のひとり、「鉄塔」名義でも活動中。また、和太鼓パフォーマンスグループ「暁天」に所属し、国内外で演奏活動を行っている。著書に『はるなつふゆと七福神』(第1回本のサナギ賞優秀賞)『君と夏が、鉄塔の上』がある。
●「三人称」チャンネル
ニコニコ動画 https://ch.nicovideo.jp/sanninshow
YouTube https://www.youtube.com/channel/UCtmXnwe5EYXUc52pq-S2RAg
●和太鼓グループ「暁天」
公式HP https://peraichi.com/landing_pages/view/gyo-ten



山本さほプロフィール

山本さほ(やまもと・さほ)
1985年岩手県生まれ。漫画家。2014年、幼馴染みとの思い出を綴った漫画『岡崎に捧ぐ』(ウェブサイト「note」掲載)が評判となり、会社を退職し漫画家に。同作(リニューアル版)は『ビッグコミックスペリオール』での連載後、単行本が2018年に全5巻で完結した。その他の著書に『無慈悲な8bit』『いつもぼくをみてる』等。Twitter上でも1頁エッセイ漫画『ひまつぶしまんが』を不定期に掲載。