17 ゲームボーイと駅のホーム

 中学校時代、僕にはY君という友達がいました。

 

 Y君は勉強が駄目でしたが、とても背が高く、運動が出来て、それなりにモテていたように思います。
 かたや僕は、背の順で並ぶといつも前から2〜3番目と背が低く、運動も出来ず、勉強も駄目で、これでもかというくらいモテませんでした。
 当時はスクールカーストという言葉はなかったように思いますが、そのカーストの序列で言えば、容姿に優れ、おまけにちょっぴり悪そうな彼はおそらく上位に属し、いつまで()ってもチビで阿呆(あほ)で眼鏡だった僕は下位に属していたことでしょう。

 

 そんな僕と彼がどうして友達関係であり得たのか――きっかけも思い出せませんし、(いま)だに疑問が残るところではありますが、僕は彼と結構な時間を一緒に過ごしていたように思います。

 

 家が近かったこと、そして僕の家には流行(はや)りのゲーム機が沢山あったことが理由だったのかもしれません。

 

 彼は同学年にモテただけでなく後輩の女子生徒と交際をしていたこともあり、時折僕に色々と話をしてくれました。また、彼の(たく)みな話術により、女子生徒たちの交換日記を(のぞ)かせてもらえたこともあります。

 

 当時の僕では、よほど卑怯(ひきよう)な方法を取らない限り不可能であったその秘密の日記を覗き見る機会を得たのは彼のおかげに他なりません。

 

 ある休み時間、僕らは教室の(すみ)で、こっそり女子生徒たちの交換日記を広げて、その鑑賞会を行っていました。彼女たちからすれば「何してくれてんだ」と立腹することこの上ないでしょうが、もう時効だと思うので許していただければと思います。

 

 その日記の中には、彼や彼の周りの男たちの名前が可愛(かわい)らしい文字で書かれており、当然ながら僕の名前など1ミリも(しる)されてはいませんでしたが、何故(なぜ)か僕はウッキウキだった気がします。
 ウッキウキで「お前の名前があるー!」とか言っていたと思います。

 

 今思い出しても、結構(あわ)れです。

 

 また、彼のおかげで、普通なら絶対話さないであろう同級生たちとも遊ぶ機会が増えました。
 コネ入社ならぬ、コネ同級生です。

 

 Y君のおかげで、分不相応な上層部の人間と親交があったのです。

 

 一見するとどう見ても駄目人間であり、また、知れば知るほど根が腐っている僕ですが、どういうわけかスクールカースト上層部との(つな)がりがある僕という男に、破格の出来事が次々と起こります。

 

 その中でも随一の出来事といえば、彼女が出来たことでしょう。

 

 コネ恋人とのコネ交際です。

 

 当時、周囲の上層部連中は皆が誰かと交際をしていて、僕だけがぽっかりと空いた穴のように誰ともお付き合いをしていませんでした。

 

 あまり自分を卑下(ひげ)するのもどうかと思いますが、あの頃の僕がお付き合い出来た理由を考えても、コネ以外の理由が浮かびません。

 

 そして、そんなコネ交際は一か月も持ちませんでした。

 

 それは仕方がないことです。
 おそらく、初めての彼女だと浮かれていたのでしょう。
 彼女から借りた教科書の隅に愛の言葉を書いてしまい、「そういうのはやめてくれ」と(さと)されるほど気持ちが悪かったのだから、仕方がないことなのです。

 

 ただ、「僕は過去に女性と付き合った経験がある」という、当時の僕では得ることが難しかった称号を頂戴することが出来ました。
 この称号を手に入れんがために、幾人(いくにん)もが無謀(むぼう)()けに出ては玉砕(ぎよくさい)していったと聞くので、きっと多くの人が(うらや)ましがっていることでしょう。

 

 それもこれもY君と親交があったおかげです。
 僕は確実に彼からの『お(こぼ)れ』にあずかっている状態でした。

 

 勿論(もちろん)これは、今振り返ってみればそう思えるということで、当時の僕にそんな打算的な気持ちはなく、純粋にY君と楽しく遊んでいましたし、学年でも人気者の部類に位置する彼と結構な頻度(ひんど)で遊んでいる自分もまた、なかなかどうして、たいした中学生だろうと思っていました。

 

 ただ、そんな彼との親交は、あることをきっかけとして、それが(いつわ)りのものであったのだと知ることになります。

 
 

 ある日、僕とY君は駅のホームで電車を待っていました。
 快速電車が(すご)いスピードで通過してしまう小さな駅で、僕と彼は何を話すでもなく、ぼんやりと時間を(つぶ)していました。

 

 そんな時、ふと、彼は(かばん)からゲームボーイと呼ばれる携帯ゲーム機を取り出し、遊び始めたのです。

 

 当時、スマートフォンといったようなものはまだなく、携帯電話も(ほとん)ど普及していませんでした。なので、いつでもゲームで遊ぶことが出来るゲームボーイは、当時の僕ら子供にとっては夢のような存在であったのです。

 

 僕は子供の頃から無類のゲーム好きであったのでゲームボーイを所持していましたが、彼がそれを持っているのは初めて見ました。

 

「あれ、Y、ゲームボーイ持ってたんだ」

 

 そう尋ねると、彼はゲームをやりながら(うなず)き返します。

 

「へぇ、そうなんだ」

 

 そう納得した僕であったのですが、ふとした瞬間に見えたゲームボーイの下側に、黒マジックで僕の名前が記されていたのです。

 

 普段はゲームソフトなどに名前を記してはいないのですが、何故かゲームボーイには自分の苗字(みようじ)を書き記していました。
 特に理由のない、ただの気まぐれです。
 表でも裏でもなく、本体の下側に書いていたので、ひょっとしたら気付かれにくい場所であったかもしれません。

 

 持ち主の名を表さなければいけないのに目立たないという点で、もともとあまり意味を成していないのですが、それがこんな時に効果を発揮してしまいました。

 

「これ、俺のじゃない?」

 

 本体下部を指さしながら恐る恐る尋ねてみると、彼はゲームボーイの下側をちらりと見て、それから「あ、うん。借りてる」と答えました。

 

 もちろん、貸した覚えはありません。

 

 そういえば、最近家でゲームボーイを見ていませんでした。僕は結構なうっかり者だと自覚しているので、きっと家のどこかに置いたことを忘れてしまっているのだろう、そしてそのうち出てくるだろう……などと思っていたのです。

 

 彼が「借りてる」と(うそ)()いたその時、僕は様々なことを考えました。

 

 もし僕が本体に書かれた苗字のことを指摘しなかったら、僕のゲームボーイはどうなっていたのだろう?
 彼はいつ僕のゲームボーイを手にしていたのだろう?
 そもそも彼は何を思って僕のゲームボーイを持って行ったのだろう?
 そして今何を考えているのだろう?

 

 果たして、僕とY君とは対等な友人関係であったのだろうか?

 

「Y君を利用して甘い汁を()ってやろう」などと思ってはいなかったのですが、周囲からすれば、まるで(とら)()()(きつね)のような状態になっていたことでしょう。
 そんな僕ですから、Y君からしてみればとてもじゃないけれど対等ではないと思っていたのかもしれません。

 

 僕はあまり人付き合いが上手ではなかったので、どういうものが正しい関係なのかは分かりません。実際のところ、友人関係とはそういう側面があるのかもしれないし、あるいは利害を超えた先にあるものなのかもしれません。

 

 僕自身にも問題はあったのでしょう。
 彼にも問題はあったでしょう。

 

 しかし当時の僕は、この件について彼を詰問(きつもん)することはなかったですし、彼も彼で、それ以上の言い訳を用意することをしませんでした。

 

 彼からゲームボーイを返してもらい、僕はそっと鞄にしまいました。駅のホームを通過する快速電車が、静寂を埋めるように耳障(みみざわ)りな音を鳴らして通り過ぎて行きました。

 
 

 そこでY君との付き合いがプツリと途切れた――というわけではなく、実際のところはそれからも彼との関係はしばらく続いていたのですが、違う高校に進学したことで少しずつ離れて行き、大学に進んだ時には、もう、連絡も取れなくなってしまいました。

 
 

 いつもは彼のことを忘れているのですが、時折ふとした拍子に思い出すことがあります。
 彼がどこで何をしているのか、僕には分かりません。ひょっとすると彼の方は、この出来事について覚えてはいないかもしれません。

 

 元気で暮らしていてくれとも思わないし、かと言って(つら)い目に()っていてくれとも思わない。
 ただ、思い出すだけ。

 

 あの頃あんなことがあったなぁと、苦笑いをしながら思い出すだけです。

 
 

教訓
「女性と付き合った経験」と「ゲームボーイ」は等価じゃない──賽助

毎月第2、第4火曜日更新

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賽助プロフィール

賽助(さいすけ)
東京都出身、埼玉県さいたま市育ち。大学にて演劇を専攻。ゲーム実況グループ「三人称」のひとり、「鉄塔」名義でも活動中。また、和太鼓パフォーマンスグループ「暁天」に所属し、国内外で演奏活動を行っている。著書に『はるなつふゆと七福神』(第1回本のサナギ賞優秀賞)『君と夏が、鉄塔の上』がある。
●「三人称」チャンネル
ニコニコ動画 https://ch.nicovideo.jp/sanninshow
YouTube https://www.youtube.com/channel/UCtmXnwe5EYXUc52pq-S2RAg
●和太鼓グループ「暁天」
公式HP https://peraichi.com/landing_pages/view/gyo-ten



山本さほプロフィール

山本さほ(やまもと・さほ)
1985年岩手県生まれ。漫画家。2014年、幼馴染みとの思い出を綴った漫画『岡崎に捧ぐ』(ウェブサイト「note」掲載)が評判となり、会社を退職し漫画家に。同作(リニューアル版)は『ビッグコミックスペリオール』での連載後、単行本が2018年に全5巻で完結した。その他の著書に『無慈悲な8bit』『いつもぼくをみてる』等。Twitter上でも1頁エッセイ漫画『ひまつぶしまんが』を不定期に掲載。