18 あの日あの時、あの文化祭で①

 教育課程において、一年に一度の間隔で『文化祭』と呼ばれる(もよお)しが開かれます。

 

 体育祭の花形が運動部連中であるならば、文化祭の花形は当然文化部に所属する生徒たち、ということになるでしょう。
 今まで自分たちがやってきた活動の成果、それを披露する格好のイベントが、この『文化祭』になります。

 

 僕は現在小説家として活動しており、過去には演劇部に所属、そして大学でも演劇を専攻していたので、当然のごとく文化部系の人間になるわけですが、今回はそんな僕の文化祭の思い出を(しる)させていただきます。

 
 

 僕の人生において一番記憶に残っているのは、中学3年時に行われた文化祭です。

 

 文化祭ではそれぞれのクラスが何かしらの劇を発表することになっており、僕らのクラスは、かのシェイクスピアの名作『ロミオとジュリエット』を演じることになりました。

 

「ロミジュリ、死ぬ役でもいい?」

 

 演目が『ロミオとジュリエット』に決まってからしばらくして、配役を決める任に()いていた学級委員長からそう言われました。

 

 その当時、卓球部に所属していた僕には『ロミオとジュリエット』に関する知識がさほどなかったので、一体どのような役柄なのかは分かりません。

 

 今の僕なら、ロミジュリにて『死ぬ役』と言えば、主役のロミオとジュリエット、そしてロミオの友人マキューシオとジュリエットの親戚であるティボルトであると想像できます。
 しかしまさか、僕が主役のロミオであるはずはありませんし、もちろんジュリエットであるわけもありませんので、おそらくはマキューシオかティボルトのことだったのでしょう。

 

「死ぬのかよぉ、なんだよぉ」

 

 学級委員長からのお達しを受けて、僕は軽く悪態をつきながらも、廊下を小走りで走ったりして、かなり浮かれていたことを思い出します。ロミジュリといえば剣劇シーンがあることぐらいは知っていたので、こっそりと西洋の剣術の突き方の練習なんかをしていました。

 

 中学3年生までの人生で、演劇に触れた機会は一度だけ。
 それは小学生の時、授業の一環で『雨に唄えば』というお芝居に出演させられたことがあったのですが、扱いとしてはモブ中のモブで、登場回数は一回、セリフも一つだけという、居ても居なくても何ら問題のない、取ってつけたような役でした。

 

 ですので、この『ロミジュリ』でちゃんとした役が(もら)えたならば、それは僕にとって人生初めての『ちゃんとした演劇体験』になるのです。
 そしてその後、僕は大学で演劇を専攻するまでに至るので、この『ロミオとジュリエット』が、僕の演劇人生における出発点であったかもしれません。

 

「死ぬ役でもいい?」と言われた時から数日後の学級会にて、ロミオとジュリエットの配役が発表されました。

 

 そして驚くことに、台本の裏表紙に書かれた配役表に、僕の名前はありませんでした。

 

(あれっ? なんで僕の名前がないんだろう)
(ひょっとしたら、主役級ではないのかも。死ぬは死ぬでも、端っこの方で死ぬ役があるのかもしれない)

 

 僕は何度も台本を見返しました。
 しかし、繰り返し見返してみても、舞台上ではっきりと死ぬ役は4名のみ。ロミオ、ジュリエット、ティボルト、マキューシオ以外には居なかったのです。

 

 つまり、学級委員長に言われた「死ぬ役」とは、主役のロミオを除けば、ティボルトかマキューシオでしかありえません。
 そして、そんなマキューシオとティボルトの下には、それぞれ勉学やスポーツに(ひい)でているクラスで人気者の男子の名前が書いてありました。

 

(ああ、なるほどなぁ……)

 

 僕はこの時、世の中の原理を少し理解しました。

 

『良い役』には『良い俳優』が就くものです。そして中学生における『良い俳優』といえば、それはクラスの人気者に他なりません。
 もちろん、自分がクラスの人気者ではないことを自覚してはいましたが、こうして公的にハッキリと「お前は人気者ではない!」と突きつけられたのはこの時が初めてかもしれません。

 

 あの日僕に「死ぬ役でもいい?」と話した学級委員長は、目を合わせてくれませんでした。
「配役を決める議題に僕の名前を出してくれた?」と聞いてみたいような、聞いてみたくないような……そんな気持ちになったことを覚えています。

 

 そして迎えた文化祭当日。
 僕は何もやることがなく、ただぼんやりと、クラスメイトが熱演している『ロミオとジュリエット』のお芝居を(なが)めていました。確か、出演者以外にも生徒たちは何かしらの仕事を与えられていたと思うのですが、そちらに関しては何一つ覚えていません。

 

 スポットライトに照らされるクラスメイトたちを見つめながら、自分は人気者ではないということをただ()みしめる――これが、僕の記憶に残る文化祭の思い出です。

 

 こんな出発点でこの後よく演劇の道を(こころざ)したな、という感じですが、それから約一年後、高校の文化祭にて、僕は再び演劇と出会うことになるのです。

 

─次回へ続く─

 
 

教訓
文化祭の配役は、クラスでの人気度によって決まる──賽助

毎月第2、第4火曜日更新

更新情報はTwitterでお知らせしています。

賽助プロフィール

賽助(さいすけ)
東京都出身、埼玉県さいたま市育ち。大学にて演劇を専攻。ゲーム実況グループ「三人称」のひとり、「鉄塔」名義でも活動中。また、和太鼓パフォーマンスグループ「暁天」に所属し、国内外で演奏活動を行っている。著書に『はるなつふゆと七福神』(第1回本のサナギ賞優秀賞)『君と夏が、鉄塔の上』がある。
●「三人称」チャンネル
ニコニコ動画 https://ch.nicovideo.jp/sanninshow
YouTube https://www.youtube.com/channel/UCtmXnwe5EYXUc52pq-S2RAg
●和太鼓グループ「暁天」
公式HP https://peraichi.com/landing_pages/view/gyo-ten



山本さほプロフィール

山本さほ(やまもと・さほ)
1985年岩手県生まれ。漫画家。2014年、幼馴染みとの思い出を綴った漫画『岡崎に捧ぐ』(ウェブサイト「note」掲載)が評判となり、会社を退職し漫画家に。同作(リニューアル版)は『ビッグコミックスペリオール』での連載後、単行本が2018年に全5巻で完結した。その他の著書に『無慈悲な8bit』『いつもぼくをみてる』等。Twitter上でも1頁エッセイ漫画『ひまつぶしまんが』を不定期に掲載。