21 奢りたい①

 誰かと共に過ごしていると、食事などを(おご)ってもらったり、あるいは奢ってあげたりするシーンに遭遇するかと思いますが、僕はこの『誰かに奢る』という行為がとても苦手です。

 

 お金と心にいくらかの余裕がある時などは、「今回は奢ってみようかな……」なんて気分になるものだと思いますが、では一体どう切り出せばよいか、良く分からないのです。あれこれと考えているうちに時が過ぎ、結果として機を逸してしまい、会計が済んでしまうということも多々ありました。

 

 一体どうして苦手なのだろうと自ら分析してみたところ、単純に慣れていないからなのではないか――つまり『ぼっち』であるからなのだという考えに至ります。

 

 誰かに奢る場面といえば、例えば食事の席で、先輩が後輩の食事代を持つというのが一般的なケースなのでしょう。これは特に体育会系ですとか、お笑い芸人の世界では顕著だと耳にしています。
 しかし僕は今まで先輩・後輩との付き合いが(ほとん)どなく、たまに参加させてもらう飲み会の席などで、自分の立場が極端に上だったり下だったりしたことがなかったのです。

 

 また、大学卒業後しばらくの間は気ままなアルバイト生活でありましたし、その後には働きもせずに()(こも)っていた時期があったので、なかなか奢る側には回れなかったというのも大きな理由でしょう。

 

 つまり、そもそも誰かに奢れるような立場に居なかったということになります。
 しかし、こんな僕でも奢られる側に回ったことは何度かありました。

 

 引き籠り期間を終えて、様々な仕事に挑戦する中で、学生時代の知人から紹介してもらった『スマートフォンやタブレットの使い方を教える』という仕事で地方を回っていたのですが、その知り合いは(れつき)とした会社員であり、片や僕はフリーターという身でしたので、気を遣ってくれたのか、仕事の後の食事代はいつも多めに支払ってもらっていました。

 

 その時のありがたさは忘れることが出来ません。
 また、奢ってくれる人が見せる『このくらい何てことはない』という表情、支払いに向かう自然な素振りがとても洒脱(しやだつ)に見えて、いつの日か、僕も誰かに気前よく奢ってみたいという願望を抱いていました。

 

 しかし、普段誰とも会わない、飲み会に誘われても参加しないという『ぼっち生活』を送っていると、そもそも奢る機会に遭遇することがありません。フリーターとしてある程度収入を得るようになっても、それは変わりませんでした。

 

 そんな僕にチャンスが訪れたのは、二十代後半の頃、上記の仕事を手伝っていく中で、まだ作家としてデビューは出来ていませんでしたが、賞レースの最終選考に残るようになり、ちょっとずつ形になっていき、金銭的にも精神的にも少し余裕が出てきた時のことです。

 

 学生時代に交友のあった女性と、久しぶりに食事に出かけることになりました。
 小田急線沿線のとあるレストランで食事をし、軽く近況報告などをして解散となったのですが、わざわざ僕のような人間を呼び出してくれたお礼にと、ここの支払いを全て持つことにしました。

 

 いざ、伝票を持ち会計に向かおうと立ち上がったその瞬間、彼女は僕を制して言いました。

 

「どうして?」

 

 僕は一瞬、彼女が何を言っているのか分かりませんでした。
 しばらくして、どうして奢ろうとするのか、という意味なのだと分かりましたが、まさかそんな反応が返ってくるとは思わず、また気の利いた理由を用意することが出来なかった僕は、情けないことにおろおろと狼狽(うろた)えてしまったのです。

 

「いや……働いてお金があるから……」
「奢ってもらう理由にはならないよ。立場は一緒だし」
「あ、はい……」

 

 当初の意志を(つらぬ)くことも出来ず、結局その時の会計は割り勘になってしまいました。

 

 この対応をした彼女に対し、「相手を立てないだなんて良くない」など様々な意見もあるのかもしれませんが、僕はこの時、彼女の言うことは至極もっともだと感じたのです。

 

 例えば先輩と後輩ですとか、そういう分かり(やす)い立場関係でない限り、奢るという行為にはそれなりの理由が必要なのです。
 僕と彼女は特に色っぽい関係ではありませんし、今後も対等な立場を保つためにも、割り勘を選択するのは一番具合がいいわけです。

 

 そこで思い出したのが、『スマートフォンやタブレットの使い方を教える仕事』の後の食事で僕よりも多く支払いをしてくれた知り合いでした。
 その人が僕よりも多く出してくれる理由として挙げたのは「そっちはお酒を飲まないし、こっちは沢山(たくさん)お酒を飲むから」というものだったのです。

 

 これが実に分かり易く、そして僕も納得のし易い見事な理由だったということを思い知らされました。

 

 片や僕はといえば、久しぶりに会った彼女に対し、『自分を良く見せたい』とか『格好付けたい』とか『ちゃんと働いているのだと思わせたい』といった、無理に自分を上に見せようという感情しかなかったわけです。

 

 人に奢るのは難しいのだ――そんなことを思いながらしばらく過ごしていました。
 深夜ラジオを聴きながら、『芸人の先輩が後輩に奢ってやる』というような話を、(うらや)ましいと思いつつも指をくわえて聞いていました。

 

 そんなある日、僕に転機が訪れます。

 

──次回へ続く──

 
 

教訓
スマートに奢るには、相手も納得の理由が必要である──賽助

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賽助プロフィール

賽助(さいすけ)
東京都出身、埼玉県さいたま市育ち。大学にて演劇を専攻。ゲーム実況グループ「三人称」のひとり、「鉄塔」名義でも活動中。また、和太鼓パフォーマンスグループ「暁天」に所属し、国内外で演奏活動を行っている。著書に『はるなつふゆと七福神』(第1回本のサナギ賞優秀賞)『君と夏が、鉄塔の上』がある。
●「三人称」チャンネル
ニコニコ動画 https://ch.nicovideo.jp/sanninshow
YouTube https://www.youtube.com/channel/UCtmXnwe5EYXUc52pq-S2RAg
●和太鼓グループ「暁天」
公式HP https://peraichi.com/landing_pages/view/gyo-ten



山本さほプロフィール

山本さほ(やまもと・さほ)
1985年岩手県生まれ。漫画家。2014年、幼馴染みとの思い出を綴った漫画『岡崎に捧ぐ』(ウェブサイト「note」掲載)が評判となり、会社を退職し漫画家に。同作(リニューアル版)は『ビッグコミックスペリオール』での連載後、単行本が2018年に全5巻で完結した。その他の著書に『無慈悲な8bit』『いつもぼくをみてる』等。Twitter上でも1頁エッセイ漫画『ひまつぶしまんが』を不定期に掲載。