22 奢りたい②


【前回のあらすじ】
気前よく(おご)ってみたい──そんな願望を抱いていたものの、いざ実践してみたところあえなく惨敗。このまま奢ることなく人生を終えるのかと途方(とほう)に暮れていた矢先、僕の前に一筋の光が差し込んできた。

 
 

 僕は和太鼓パフォーマンスグループ『暁天(ぎようてん)』に所属しているのですが、そこに新たなメンバーとして椎名(しいな)君という二十代の若者が入団してきたのです。彼はアルバイトをしながら役者としての稽古を積み重ねている、まさに『駆け出しの役者』でした。

 

 椎名君以外の和太鼓メンバーは、僕より二つ年下なのですが、僕は浪人と留年を経験している身なので、学生時代は彼ら全員と結果的に同期というミラクルな立場にいました。

 

 ですので、彼らに対して奢るという行為は、どこかスッキリとしません。
 奢る側も奢られる側も気持ちよくならない気がするのです。

 

 そんな集団の中にやってきた、年齢が十五歳ほど離れた椎名君の存在は、誰の目にも分かり(やす)く後輩であり、また、彼の肩書も分かり易く『苦労している駆け出しの役者』であったので、深く考えずに奢るという行為にうってつけの人物であったのです。

 

 そして、チャンスは訪れます。
 和太鼓メンバー数人でとあるチェーン店へコーヒーを飲みに行くことになりました。
 コーヒー1杯というのは、奢りの入門として丁度いい値段です。

 

 レジに並ぶ際、後ろにいる椎名君に対し切り出しました。

 

「何にすんだよ! しょうがねぇなあ! ここは出してやるよ!」

 

 罵倒(ばとう)にも近いような圧力で詰め寄ってしまいましたが、彼は意外とすんなりと受け入れてくれます。

 

(これはいける!)

 

 確信に近いものを感じました。
 彼に対してならば、今後も僕はさほど(おく)することなく奢ることが出来そうです。

 

 それからというもの、僕は方々で思うがまま先輩風をふかし続けました。
 これは奢りハラスメント、略して『オゴハラ』だと言われかねないのですが、今のところ彼は訴える素振りを見せていないので大丈夫でしょう。

 

 とはいえ、そもそも『暁天』のメンバーで食事に行くこと自体が(まれ)ですし、チェーン店のコーヒー代だとか、ラーメン代だとか、細々(こまごま)したものばかりでたいした額にはなっていないのも、僕が奢り易く、彼が奢られ易い一因かもしれません。

 
 

 先日、そんな彼と二人で電車に揺られる機会がありました。

 

 何か話題はないものかと思考を(めぐ)らせた結果、エッセイやトークイベントでのネタ作りのためにおすすめスポットなんかを聞き出していた時に、『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』という体験型エンターテインメントの話題が挙がったのです。

 

 この『ダイヤログ・イン・ザ・ダーク』は、照度ゼロの暗闇で視覚以外の感覚を使い、様々なシーンを体験するというイベントなのですが、数年前に耳にして、その存在は知っていたものの、まだ体験出来るとは思っていなかったので、これは面白そうだと予約することにしました。

 

「これ、行ってみたいと思ってたんですよねー」

 

 隣に座っている椎名君がボソッと(つぶや)きます。

 

 一人で出掛けようかと思ったのですが、先ほどの椎名君の言葉がやけに耳に残ります。

 

 行ってみたいと思っていた。
 けれど行けていない。
 何故(なぜ)ならお金の余裕がないから。

 

 期せずして訪れた、先輩風を吹かせるチャンスです。
 後輩にイベント代金を出してやるだなんて、まるで先輩お笑い芸人が後輩に対してやる行為じゃないか――これは僕の自叙伝(じじよでん)に加えて後世に語り継ぐ出来事になります。

 

「よし! 代金を出してやるから、空いている日を言え!」

 

 予約サイトのスケジュールはかなり埋まっており、更には二人の空いている時間を考えると、一ヶ月ほど過ぎたくらいの日にどうにか予約を取ることができました。

 

 金額は一人12,000円。
 二人分だと24,000円の出費となります。

 

 この金額が表示されたとき、思わず「おっ」と声が()れてしまいました。

 

 普段彼に奢っているチェーン店のコーヒー代とは文字通り(けた)が違います。
 一瞬、(のど)が痛いタイプの重めの(せき)が出るくらいのインパクトはありました。

 

 しかし、ここで動揺している姿を見せるわけにはいきません。

 

 今後も気持ちよく奢り続け、堂々と先輩風を吹かせるために、こんなの()でもない、むしろ屁が出るくらいの余裕を見せつけるため、僕は息を殺して予約完了ボタンを押しました。

 

 当日、『ダイヤログ・イン・ザ・ダーク』では貴重な体験をすることが出来ましたし、椎名君もまた満足げな顔をしていましたので、とてもいい一日であったのは間違いありません。

 

 ただ、そのイベントのあと、コーヒーでも飲んで帰ろうかと決まった時に、椎名君が「近くにルノアールありますよ?」と平気な顔で口にしており(ルノアールは他のチェーン店に比べて少々値が張る)、おや? これはちょっと(おご)り始めているのではないか? と感じたこともここに(しる)しておきます。

 

 勿論(もちろん)、ルノアールには行きました。
 コーヒー、美味(おい)しかったです。

 
 

教訓
「奢り」「驕られ」ぐらいの関係が気持ちいい──賽助

毎月第2、第4火曜日更新

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賽助プロフィール

賽助(さいすけ)
東京都出身、埼玉県さいたま市育ち。大学にて演劇を専攻。ゲーム実況グループ「三人称」のひとり、「鉄塔」名義でも活動中。また、和太鼓パフォーマンスグループ「暁天」に所属し、国内外で演奏活動を行っている。著書に『はるなつふゆと七福神』(第1回本のサナギ賞優秀賞)『君と夏が、鉄塔の上』がある。
●「三人称」チャンネル
ニコニコ動画 https://ch.nicovideo.jp/sanninshow
YouTube https://www.youtube.com/channel/UCtmXnwe5EYXUc52pq-S2RAg
●和太鼓グループ「暁天」
公式HP https://peraichi.com/landing_pages/view/gyo-ten



山本さほプロフィール

山本さほ(やまもと・さほ)
1985年岩手県生まれ。漫画家。2014年、幼馴染みとの思い出を綴った漫画『岡崎に捧ぐ』(ウェブサイト「note」掲載)が評判となり、会社を退職し漫画家に。同作(リニューアル版)は『ビッグコミックスペリオール』での連載後、単行本が2018年に全5巻で完結した。その他の著書に『無慈悲な8bit』『いつもぼくをみてる』等。Twitter上でも1頁エッセイ漫画『ひまつぶしまんが』を不定期に掲載。