5 ラストオーダー

 タクシーで到着した隣駅の飲食店街には、いつもほどではなくともまあまあ人がいて、それぞれがどんな理由で外出しているのか想像すると面白い。罰則のない緊急事態宣言と自粛要請で一体どこまで人々が大人しくなるのか疑問ではあるけれど、実際日本人のはみだす人やはみだすことを嫌う性質を思えばそれでもそれなりの効果はあるのだろう。ロックダウンの中正当な理由なしに出かけると罰金刑となるフランスで、それでも外に出る人が後を絶たないため罰金がどんどん高くなり、罰金刑が数回繰り返されると禁固刑になることが決まったという話を思い出して思わず笑ってしまう。皆それくらい、無責任で手に負えない存在でいい。他の人のこととか、国の状況とか財政とか、そんなことお構いなしに自分のことだけを考えて自分の主張をする存在でいい。お金を出さずにロックダウンなんてしたら国民が暴徒化するに決まってるからフランスではすぐに休業補償が出たのだし、これまでデモを繰り返し、社会的弱者を抑圧する政策を可決しようとすれば暴徒化するという事実を裏付けてきた国民がいたからこそ、政府がそれに呼応してきた経緯もあるはずだ。
 苦しんでいる人のことを思いやれ、人の気持ちを考えろと綺麗事と忖度を押し付けられ、あらゆる抑圧の中で自尊心を傷つけられ、苦しむ人は誰かに怒りをぶつけるよりも自死を思いつくパターンが出来上がっている日本という国が、どうしても私は受け入れられない。
 エレベーターを降り、ドアを開けるとバーカウンターに吾郎の後ろ姿を見つけてあそこですと店員に伝え隣に座る。
「ここ、まだ吸えるんだ」
 カウンターに灰皿があるのを見てそう言うと、そうみたいだよとペンネアラビアータにフォークを刺しながら彼は答える。新鮮で、懐かしかった。蒼葉は私が待ち合わせにどれだけ遅れても、どこかカフェで待っててと言っても、予約した店に先に入っててと言っても、必ず私を待つ。私も若い頃一人でお店に入るのが嫌だったから分からなくもないけれど、真夏や真冬に外で待たれていると心苦しいし、柔軟で臨機応変な対応をできる人になって欲しいとも思う。
 待ち合わせをしている店で誰かを待つ数分、数十分が、自分を浄化し満たしてくれるご褒美のような時間になったのは、いつだっただろう。遅刻するかもと慌ててお店に到着した後、すみませんちょっと遅れます、というメールやLINEを発見すると得をした気分になる。一人のんびりとビールやスパークリングを飲みながら、もうあと三十分くらい一人でいたいと思う。きっとあの時間は、日常からも、人からも、仕事からも解放される時間なのだ。何者でもない、ただ美味しいお酒を飲んでいるだけの、自由に何を考えてもいい、何も考えなくてもいいただの動物に戻れるのだ。蒼葉はあらゆるしがらみから解放されている、まだ何者でもない存在なのだから、動物に戻る喜びを知らないのは当たり前のことなのかもしれない。
 だからこそ、三十分後くらいにあそこでとゆるっと指定し、到着したら一人でアラビアータを食べていた吾郎が、新鮮で懐かしかった。
「ここ、改装されてから初めて来た」
「深夜までやってるから、もう他にやってる店がないって時に食べに来るのにちょうどいいんだよ。まあ今はもう八時までだけどね」
「私は仕事終わりが大体明け方だからお店どこもやってなくて」
「相変わらず夜型なんだ」
「この歳になるともうさすがに変わらないんじゃない?」
「四十過ぎると朝早く目が覚めるようになるよ」
「ああ、パパのところに泊まると五時とかに起きてるって理子が言ってた」
「五時には大体起きてるね」
「五時に寝る人だったのにね。他になんか年齢を感じるところってある?」
「老眼が始まったし、肉体的な疲労がなかなか取れなくなったかな」
 老眼……と呟き、悲しくなる。四十代半ばを境にして、皆が口を揃えて老眼が始まったとぼやくのをもう何度も聞いてきた。顔を引いてスマホや本を見つめる私の姿を蒼葉が目にしたらどんな気持ちになるだろうと思うと堪え難い。そう思うと、これまで年上の男の人と付き合っている時には想定もしなかった視点が自分の中に生じたのを実感する。そしてそんな視点など死ぬまで持ちたくなかったとも思う。
「彼は私が永遠に老いることはないと思い込んでるふしがあって、いい気なもんだなって思うよ」
「俺も若い頃はこの世に老いなんてものが存在するって考えたこともなかったからね。若い男っていうのはそういうもんだよ」
「例えば顔のたるみが気になってマッサージとか表情筋のトレーニングをしようかなって思うじゃない? でもマッサージってやり方によってはたるみが増すし、表情筋のトレーニングもおでことか目尻に皺ができるし、とにかく表情皺を作りたくないなら顔の筋肉を動かさないのが唯一の対策って言われてるのね。でもかと言って動かさなければ血行が悪くなって顔がくすんだりクマができたりする。あらゆるジレンマの中で次から次へと零れ落ちていくものを千本ノックみたいに拾い集めてる気分だよ。一気に二球打たれたらどっちか一つを諦めなきゃいけない。老いっていうのは詰んでいくってことで、取捨選択をしなければならないってことでもある。でも彼は、こんな千本ノックみたいなことやって常に息切れしながら私が今の外見を保ってるなんて思いもしない。それは当たり前のことで、彼の付き合ってきた子たちとか今彼の周りにいる女の子は見た目のために千本ノックなんてやったことがないからなんだよね。こっちの気にもなれよって思うけど、実際自分が必死になってるって思われるのも嫌っていうジレンマ」
「外見がどうこうっていうのはよく分からないけど、若い頃の志絵はギスギスした精神が見た目に表れてたけど、少なくとも今は自分のことをよく知ってるように見えるよ」
「自分を知ってるなんて思ったことないけど」
「自分を知らないってことを知ってるのが自分を知ってるってことだよ。昔は知らないことに苛立ってたけど、今は川を眺めてる感じだね」
「自分をコントロールできないってことはとっくの昔から知ってる」
「原子は曲がる、って知ってる?」
「原子……」
「原子は通常一方方向に下降するんだけど、曲がることがある。エピクロスが提唱した、哲学史上最も美しい概念だよ」
 相変わらずで何よりと言いながらジントニックを飲み干し、カウンター内のバーテンダーにジェムソンのソーダ割りを頼む。
「志絵が恋愛体質であることと小説を書くことは繋がってる気がするんだけどうまく言語化できなくて、でも原子が曲がるって概念を知った時これに近いんじゃないかと思ったんだ」
「自分の中には獣がいるって感じることがあって、獣に激突されたと感じることがあるんだけど、吾郎が言うその原子の屈曲は、その獣の激突のことなのかな。でも、この原子の話も獣の話も、両方とも私の意思とは関係なしに私は動いているっていう、あまりに無責任で乖離的な解釈のような気がするけど」
「屈曲という事象自体は誰からも、志絵自身からも批判されるものではないんだと思うよ。植物は太陽に向かって伸びるけど、志絵の世界に太陽は一つじゃない。次から次へと出てくるのかもしれないし、今の太陽が最後の太陽なのかもしれないし、二個太陽が昇るかもしれないし、いつか太陽のない真っ暗な世界に突入するのかもしれない。そういう不確実な世界を生きるのは苦痛だから、皆ある程度無理やりにでも自分の確実な太陽をこれと定める。でも志絵はそれを定めることができない。魚が地上で生きられないことを責められる筋合いはないように、それは志絵が責められることではないよ。自分にできて他人にできないことも、他人にできて自分にできないことも普通に山のようにあるからね」
 月の満ち欠けのメカニズムを理解するように、吾郎は私のことも私との関係もこの世の自然な事象として理解している。その彼の冷静さが、原子をあさっての方向へとねじ曲げたのかもしれない。冷徹なものに、人は向かえないのだ。私は曲がる前に、拒絶されていた。拒絶されていたから、曲がったのではないだろうか。
 でも、直人は冷徹ではなかったはずだ。相手が自分とどう関わるかということは、私が曲がったことと本当に関係があるのだろうか。このことについて考えたことがなかった訳ではないけれど、本当に獣の激突が何のパターンや法則もなく無秩序に訪れるのだとしたらと考えると恐ろしいを通り越しておぞましく、冷静な思考を保てなくなるのが常だった。
「恋に落ちるは太陽の出現、か」
「それ小説に書けば? まあ恋に落ちるは太陽の出現かもしれないけど、恋に落ちるだけが太陽の出現ではないと思うけどね」
 私が頼んだ生ハムを勢いよく食べ尽くしながら吾郎は言う。吾郎は人と食べ物も感情もシェアしない。大人数の会食で出てきたメインを気づいたら自分一人で食べ切っていたというエピソードを持つ彼は、自分の食べたいものを食べたいだけ食べる。いつも私がどれだけ食べているか気にして、私がもういらないと言うまで私の好きなものにはほとんど手を出さない蒼葉とは別の生き物のように感じる。吾郎にはもう少し人のことを考えたらと思うし、蒼葉にはもっと自分の欲望を大事にしたらと思う。結局、人は自分より過少なものに関しては少なすぎると感じ、自分より過多なものに関しては多すぎると感じる身勝手な生き物なのだ。
 生ハムもう一つくださいと店員に注文すると、「美味しいよねこれ」と満足げな様子の吾郎は美味しいから追加したのだと勘違いする。私が生ハム一枚と付け合わせのピクルス一つを食べている間に自分が生ハムを完食したことには気づいていない。そろそろラストオーダーの時間になるのですが、と言われ吾郎は「ライスコロッケを」と注文した。老眼になっても、相変わらず男子高生が好きそうなものが好きな吾郎に思わず頬が緩んだ。
「そういえば、結構気をつけてるの? コロナ」
「まあ出勤は週二くらいかな。会食も禁止されてるし、会社は徒歩圏内だし、あんまり気をつけることもないけどね。まあできるだけウーバーイーツとか使ってるかな。志絵は彼と一緒に住むの?」
「理子から何か聞いた?」
「志絵から同居打診されたって言ってたけど、それ以上は聞いてないよ」
 そう、と呟いて、ため息をつく。
 蒼葉と一緒に住むことを提案した時、理子はバツの悪そうな顔をして戸惑いを見せたあと、「ちょっとこれからレモパワ配信だから聞いてくるね」と言い残して自室に戻り、ゆうに二時間も経った後上機嫌で出てきて肩透かしを食らわせた後「蒼葉くんと住むってママがそうしたいから?」と聞いた。
「私は別にまだ今じゃなくてもって思ってるんだけど、蒼葉が家で揉めてて、揉めてるのは私のせいでもあって、まあでも今彼がここにいても問題はないかなとは思ってるよ。蒼葉は私の部屋で寝るし、私がいない時二人きりになるのが気まずいってことならそういう時は外に出ててもらうようにしてもいいし、まあ今は打ち合わせとか会食もないしそういう機会もあんまりないとは思うけど」
「思うんだけど、今誰かと一緒に住むことって、誰かのウイルスと一緒に住むってことじゃん?」
 コロナ禍とはいえ意外な言葉を口にする理子に面食らっていると、「だって、一緒に住むってことは、蒼葉くんの媒介したウイルスで私がコロナに感染する可能性もあるってことじゃん?」と理子はいつもより聡明そうな表情で言う。
「もちろん、感染者との同居は大きな感染リスクが伴うよ。でも蒼葉も当面はオンライン授業が決まったし、バイト先も今は休業してるし、感染リスクの高い生活を送ってるわけじゃないよ」
「あ……そういう実際感染するかどうかって話じゃないんだよ」
 はあ、と呟いたけれど、理子はじゃあどういう話なのかを説明する気はなさそうで、あっこのチャーシュー食べていい? と冷蔵庫を漁って聞く。
「角煮ね。いいよ。あっためな」
「いいよこのままで」
「脂固まってない?」
「私気にしないから」
 チャーシューと角煮の見分けがつかず冷たい脂の塊を気にしない理子が、同居人のウイルスに関して何を気にしているのか聞きたかったけれど、突っ込まずに黙って白ワインを飲みつつ言葉を待つ。脂のついた角煮にかぶりついた理子は、「感染経路は別にして、コロナになったら死ぬかもしれないわけじゃん?」ともぐもぐしながら言う。
「それを言ったら、私たちはいつ心筋梗塞とか脳梗塞を起こして死ぬか分からないし、外に出れば暴走した車とか通り魔に遭うかも分からないし、飛行機が突っ込んだらこの家にいても死ぬし、インフルエンザでも死ぬ人はいるし、ある日突然原因不明の奇病を発症して死ぬかもしれない」
「だけど、皆ちょっとずつ選んでるわけじゃん。信号を守るとか、熱がある時はアセトアミノフェンを飲むとかさ」
 生理痛の時や風邪の時、アセトアミノフェン系がもっともリスクの低い解熱剤であることを説き、自分で買う時もアセトアミノフェンの解熱剤を買いなさい、友達がくれると言っても人からもらった薬を飲まないように、と事あるごとに言ってきた私の言葉を覚えていてくれたことにホッとすると同時に、次にどんな言葉が出てくるのか不安になる。
「リスクマネジメント? みたいなこと、皆自分にできることの中で、仕事で出勤しなきゃいけない人は時間差通勤したり自転車使ったり、お金減っても罹りたくないから出勤しないとか、解雇されたくないからできるだけ気をつけて出勤するとか、なっても自分は死なないだろうから気にしないとか、皆自分の気にし度とか仕事とか学校とかそういう中で? これでオッケーってラインを探して見つけてるわけじゃん?」
「はあ」
「で私は思うんだけど、今蒼葉くんと住んで、蒼葉くんからコロナうつってすごい苦しんだり、死ぬかもって思ったら、多分後悔すると思うの。もしママが蒼葉くんと住みたいって思って提案してるなら、蒼葉くんから感染するのはまだ仕方ないって思えるんじゃないかなって思う。でも蒼葉くんが家に居づらくて仕方ないからここに来たいってことなら、死ぬかもって思った時やっぱりなんか納得いかないんじゃないかなって思うんだ」
 やっぱり理子の話し言葉には「思う」が多い。こんな子供っぽい話し方をして友達らに疎まれたりはしていないだろうか。思うの多さに反して、己の引っかかっている点について普段より丁寧に言葉を選んでいる理子の姿に、私は逆に思考が停止していくのを感じた。
「なるほど。私も蒼葉と住む想像をしたことはあったけど、実際にまだ現実的に考えてたわけじゃないから面食らったところもあるし、そういう状況で理子が納得のいかない思いを抱えるのは当然のことかもしれないね」
「だから、ママが蒼葉くんと住むなら、私はパパと住もうかなって思うんだ」
「パパってどっちの?」
「吾郎」
「吾郎と? 理子が一緒に住みたいって言うなら直人だと思ってた」
「直人は今付き合いの浅い彼女がいるから、私が転がり込んだら申し訳ないし、それに遺伝子的には血の繋がりないから親権? 的に面倒なのかなとも思うし」
「なるほど」
「もちろんコロナが落ち着いたら戻るんでもいいし、例えば緊急事態宣言が出てる間だけとか? 試してみてもいいなって。パパと暮らすのどんな感じかなって、ちょっとやってみたかったところもあるし」
「吾郎は料理ができないよ」
「ちょっとなら私もできるし」
「吾郎の家には炊飯器もないよ」
「言えば買ってくれるでしょ」
 ジャンクフード好きな理子と吾郎がどんな食生活になるのか、私には予想がついているけれど、多少の不摂生を人生の僅かな期間楽しむことを咎めるなんて粋じゃない。生活に変化を望む理子を応援したい気持ちが仄かに温まっていくのと、得も言われぬ空白感が胸に満ちていくのを、なす術もなく見つめている気分だった。
「ママは蒼葉くんと結婚するかもしれないわけだし、今のうちに同棲体験しといた方が安心なんじゃない? どうせ私はあと五年したら大学生になって一人暮らしするし、もう二人いるから新しいパパみたいな存在も必要ないし。私のことを抜きにして同棲体験したらいいよ」
「理子のことを抜きになんてできないよ。理子が成人したとしても理子は私にとって大きな存在だし、理子と長いこと人生を共にした人間であるという事実は消えない。それは私が吾郎や直人と結婚生活を送って共に生活したという事実が、私の戸籍から婚姻歴が消えないっていうのとは別レベルで私の中から消えないように、抜きにはできないことだよ」
「もちろん、私からもママと積み重ねてきた生活とか関係が消えるわけじゃないよ。そういう抜きじゃなくて、現実的な? 抜きってこと」
「物理的、っていう言い方が適してるかな」
「うん。物理的。物理的に、私がいない生活をママが体験するいい機会じゃない?」
「中学生の子供がいない生活を体験する必要が私にあるって、理子は思うの? 私はまだ理子と離れることを考えたことはなかったけど」
「離れるなんて大げさだよ! 吾郎んちまで二駅じゃん。別に私はママと離れるつもりはないよ。普通に土日とかはこっちに来てもいいし」
「土日にこっちに理子が来るときに蒼葉には実家に帰ってもらうってこと? でもそうなった場合、平日に蒼葉が感染してて私にうつってた場合、土日に遊びにきた理子にうつしてしまう可能性もあるし、平日に私がかかってて蒼葉にも理子にもうつしてしまう可能性もあるよね。感染経路が不明な人がここまで増えてる今、誰からうつったかってことを考えてもしょうがないとも思うけど」
 うーん、と言いながら理子は私が昨日の夜圧力鍋で煮込んだ角煮を頬張り、ゆで卵に箸を刺す。理子は小さい頃ラーメン屋のラーメンと肉以外のものはほとんど苦手で、背が低いことを気に病んできたこともあって、マナー的なことにはこだわらず、食べやすいように食べていいし、給食で嫌いなものを食べる必要もない、食べたいものを食べたいだけ、食べたい時に食べたらいいと言い続けてきた。食べることを退屈で窮屈でどうしようもなく面倒に感じている我が子に、どんな手段であったとしても美味しいものを食べることの喜びを感じてもらいたかったからだ。
 よその子がご飯にがっつく姿を見て、獣を見るようなおぞましさを感じると同時に、こんなふうに脇目も振らずご飯を食べてくれたら、我が子の中に根付く生物としての生命力を実感できたら、どれだけホッとするだろうと思ってきた。理子が比較的難なく食べられるおかずを一品、一口でもいいから挑戦してもらいたいおかずを一品、必ずその二品を盛り込むことにしていた私の手料理を、理子はいつも自分に訪れた義務のように、諦めと絶望を目に浮かべ、ゆっくりと箸を伸ばし小さな口で食べていた。中学に上がる前後でようやく、理子は一人前に食べるようになってきたのだ。それどころか、あれが食べたいとリクエストまで出すほどに、それまで興味がなかったせいかほとんど料理名を覚えていなかったのが少しずつ色々な料理名を口にするようになり、自分が我が子のために作ったものを理子が喜んで食べるというシチュエーションを味わえる生活になってきたところだったのだ。そしてその幸福が今私から剥奪されようとしている。
 そこまでして蒼葉と暮らす意味があるのだろうか。念慮なき我が子との食事風景の剥奪に思いを巡らせながら、そんな疑問が過った。私にはまだまだ親として享受すべき子供との生活の機微というものがあって、それを今手放してまで手に入れる意味が蒼葉との同居にあるのだろうかという疑問だ。でもその機微を親として享受すべきというのは私の認識でしかなく、そんなの理子にとっては余計なお世話なのかもしれないし、それを言ったら吾郎と直人は親として享受すべきものを私のせいで喪失してきたとも言える。だとしたら私が理子の成長に纏わる喜びを享受する権利があると思うのはあまりにも傲慢ではないだろうか。人との同居や離別といった大きな岐路を、どんな意味や価値を基準に判断すべきなのか、私は測りかねていた。
 蒼葉はこれまで付き合ってきた年上の男性たちとは違って人生経験も豊富ではないし特に文化的なものに精通しているわけではない。世代の違いや若者ならではの意見でハッとさせてくれることはあるが、一緒に観た映画や薦めた小説の感想を聞いても批評性の欠片もなく大概話は尻すぼみで終わる。何らかの作品について感想を話し合い分析をしたい欲望は、恋人や夫ではなく編集者や作家など同業者とのコミュニケーション内で満たすべきなのだろうか。いつか、編集者と話したことが蘇る。自分の伴侶に自分とは別ジャンルの仕事をしている相手を選ぶ人と、同業者を選ぶ人といて、後者はより文学的、内面的な作品を書き、前者はより分かりやすさを意識した外交的な作品を書き、結果的に結婚前より売れるケースが多い。下世話なこと考えてるなとその時は笑ったけれど、こうして蒼葉との生活が自分の仕事にどう作用するか考えてしまう自分も同様に下世話だとも思う。私は蒼葉と恋愛をしているのであって、そこから何が生まれてくるか考えることは、自分に出産能力があるかどうかさえ不明なのに「睫毛の長い男の子が欲しい」と言うような行為に等しい。我が人生に無力感を抱いていない人間の醜さといったらない。そもそも私は人生をコントロールできないから小説を書き、それでもコントロールしきれないから静かに発狂したまま粛々と日常を生きているのではないか。
「一回、吾郎と話してみようと思う。いい?」
「いいよ」
「私は今、理子がそういう提案をしてくれたことに理子の自立心と成長を感じてるし、理子の気持ちを尊重したいと思ってる。蒼葉と同居するかどうかっていうことも含めて、再考してみるよ。このことについて他に何か言っておきたいことはある?」
「蒼葉くんのことが嫌いなんじゃなくて、今ある選択肢の中で一番納得のいくものを私は選びたいんだってことを、分かっててほしいかな」
「それは分かってる。理子がちゃんと言葉にしてくれて良かった。理子は本当に大きくなったね」
 自分の自由を侵害されることには抵抗するけれど、そこに抵触すること以外は事なかれ主義で、やるべき意義を正確に把握していなくてもやるべきと押し付けられたことはきちんとこなしてきた理子が、自分の気持ちを伝えるのが苦手な理子が、こうして私に蒼葉と住みたくないという、伝えるのが難解だったであろう気持ちを言葉にしてくれたことが嬉しかった。何となく皆が幸せになれる方向に、とふわっとあれこれを変化させてきた私に、理子の言葉は明確な意思がある我が子という存在を思い出させてくれた。

 

「実はコロナの影響で炊飯器買ったんだよ。竃で炊いたみたいになる、結構いいやつ」
 私の話を聞き終え、まずそう言った吾郎に吹き出す。
「少なくとも俺は緊急事態宣言が出てる間は在宅になるし、出社するとしても限られた時間だし、まあそもそも理子はもう手がかからない歳だし、俺は全く構わないよ。ちょっと前からこうなるんじゃないかと思ってたふしもあるし」
「そうなの?」
「ママが今の彼と住み始めるならパパと住もうかなって前に理子が言ってたんだよ。まあ、俺もいつでも一緒に住んでもいいって話してたし、志絵の望みと理子の望みが噛み合わなくなった時はそうなるだろうと思ってたよ」
 こんな時も当たり前に吾郎は冷静で、そう言えば今のマンションに引っ越した時も「理子がいずれ志絵に愛想つかして家出した時のために1LDKにしといたよ」と冗談交じりに話していたのを思い出す。
「今の家に引っ越したの、三年くらい前だっけ、あの時にはもう真剣に理子と住む可能性を考えてたの?」
「あの頃志絵が浮気してるの、理子は勘付いてたからね。また離婚するかもって不安がってたから、離婚したとしても直人さんと暮らせるかもしれないし、俺と暮らしてもいいし、理子が望む環境にいられるように俺も考えるよって言ったんだよ。ちょうど更新の時期だったし、理子が住みたくなったら住めるようにちょっと広いところにしようって、一緒に不動産屋のサイトを見て決めたんだ。理子が住み始めたら寝室は理子の部屋にしてねって言うから、一応あんまり物を置かないようにしてた」
 四歳からずっと離れて暮らしていた、直人と結婚してからは直人に懐き吾郎のところに行くのを嫌がった時期もあった、それでも会えば二人の好物のラーメンを食べ歩いて、夏休みの自由研究にラーメンの食べ歩き記録を提出したこともあった理子が、吾郎とパソコンを覗き込みここが私の部屋ね、と楽しげに相談しているところを想像すると、自分は理子の何も見えていなかったのかもしれないと思う。その時私は何をしていただろう。元彼とホテルにでもいたかもしれないし、原稿と向き合いその中の方の世界に没頭していたかもしれない。何故か無根拠に、理子は私が何をしても誰と恋愛しても私について来てくれるものと思っていた。声を上げて泣きたい衝動に駆られたけれど、あまりにも自分が馬鹿らしくて涙は出てこなかった。
「理子の意見を聞いた時、彼との生活はそこまでの犠牲を払って手に入れなきゃいけないものなのだろうかって、疑問が生じた」
「それを犠牲と思う必要はないんじゃない? 俺は別に理子と離れて暮らしてきたことを志絵の浮気の犠牲とは思ってないよ。理子とはそういう環境でしか培えない関係を培ってきたし、常にそうでしかあり得ない結果の中に自分はいるって思ってきた」
 唐突に涙がこみ上げてきて、私が理子と築き上げてきたものはそれとは全く違う、あの子の勉強もあの子の口に入れるものもあの子の付き合う友達もあの子の享受するエンターテイメントもあの子の身にまとう服もあの子の持ち物ノートやシャーペンやシャーペンの芯やキーホルダーや髪ゴムに至るまで私が見守り私が助言し私が選んできたんだと叫びたい気持ちに駆られる。どんな思いでどんな労力をかけてどんなに気にかけてあの子の将来と幸せを考えてきたか! 自分の中に湧き上がったその沸騰した感情に気づいて急激に冷める。そんな驕りを持つことも、持たれることも、不幸しか生まない。だから親子関係は危険なのだ。そんなこと、これまで親との関係の中でも小説を書き続ける中でも実感し続けてきたのに、私はおぞましい人間に成り下がるところだった。
「悲しい」
「志絵はセンチメンタルに搦め捕られる人だからね。でも理子は大丈夫だよ。センチメンタルな人の近くにいると、周りはどんどんセンチメンタルに搦め捕られなくなっていく。頭がおかしい人の周囲にいると自分がどんどんまともになっていくように、興奮する人の近くにいると自分が冷静になっていくように、その反対も同様であるように、人は自分が思うよりも相対的に存在してる」
 それでも私は色んな人と恋愛しながら、あらゆる影響を受け、共鳴し、反目する中でそれぞれの人と溶け合ってきた。特に吾郎と直人は、長いこと一緒に暮らし、無限に言葉を交わしてきたこともあり、彼らの価値観、考え方が自分の中に内包されているのを今も感じる。蒼葉が元夫らを快く思っていない態度を見せるたび、彼らの要素が多分に含まれた私を好きになったくせに、彼らを嫌悪することは私を嫌悪することに等しいのにと思う。
「大丈夫だよ。理子と俺はうまくやれるし、直人さんも新しい彼女ができて幸せなんでしょ。志絵も彼との生活を楽しんだらいいよ。これまで、理子がいることで我慢してきたところもあるんじゃない?」
 そうだねと言いながら、一歩先の未来を想像する力が出なかった。「申し訳ありませんが、そろそろ閉店のお時間となります。早い閉店でご迷惑をお掛けして申し訳ありません」。緊急事態宣言が発令されている東京の飲食店の閉店時間は八時だ。お腹的にも気分的にも何かもう少しという気分ではあったし、吾郎と話すべきことがもっとあるような気がしたけれど、今すぐ帰宅して理子との時間を持つことの方が重要だとも思った。

 

 ただいまと言いながらリビングに入ると、理子がソファに寝転がってレモパワ配信を聞いていた。機関銃のように喋り続けるレモパワメンバーの声は理子の推しのティーくんのようだが、思わず顔を歪め「小さくして」と呟く。作り置きしておいたロコモコ丼は綺麗に食べられ、油っぽい丼と箸だけがテーブルに取り残されていた。
「はーい。ねえねえ明日タッツーの家に集まって勉強会しようって話になってるんだけど」
「立川さんのお母さんはいいって言ってるの?」
「うん。明日お母さん仕事でいないみたいだから、ほら、あのコンビニの近くのピザ屋でテイクアウトして夕飯食べようかって話になってて」
「他には誰が来るの?」
「ミクるん。もしかしたらごっちとトウスケも来るかも」
 何だか皆あだ名がユーチューバーみたいだなと思いながらそう、と呟く。皆近所の、小学校時代の友達らだ。受験した子が多く、散り散りになってしまったクラスメイトたちだったけれど、休校が始まってからは事あるごとに公園や誰かの家で遊んでいるようだった。ピザ幾らくらい? と聞くと一人二千円ずつ持ち寄って買った後残りを分配しようって、と言う。小さい頃からアウトゴーイングで、どんな環境に入ってもすぐに溶け込み一瞬でたくさんの友達を作るコミュニカティブな彼女が拒否するのだから、蒼葉との良好な関係を強要することはできない。
「こんな時に集まるの、理子は怖くないの?」
「何が?」
「コロナのこと」
「あ、そこは割り切ってるから」
「そうなんだ」
「ママだって外でご飯食べてきたんでしょ?」
「二人で話す必要があったからね」
「別に家で話せばいいのに。私部屋にいるから」
 吾郎が家に来ることを蒼葉が快く思わないのだ。そう思いながら、これ以上蒼葉に嫌悪を抱いて欲しくなくて「それでも良かったかもね」と答える。
「パパなんて言ってた?」
「問題ないって言ってたよ。いつでもおいでって、いつまで居てもいいって」
「ほんとに? やった! 荷物ってどうしたらいいかな?」
「とりあえず、スーツケースに荷造りすれば? 行く時はタクシーで送ってあげる」
「でも私教科書だけでおっきな紙袋分くらいあるよ? レモパワバスタオルとレモパワクッションも持っていかないといけないし」
 ママお願い! とレモパワグッズをねだってきたのは、去年のことだ。自分でも好きなバンドやアーティストのグッズを買うことが少なくないから、デザイン的には許容範囲外だったけれどその情熱をかっていくつか購入してやった。その翌年コロナが流行り、それをきっかけにレモパワグッズもろとも理子との生活を喪失することになるとは、その時は思いもしなかった。
「入りきらなかったら宅急便で送ってあげるよ」
「ありがとママ! じゃあ明後日行こうかな!」
「明日は友達とピザなんでしょ? 色々注意しておきたいこともあるし、明後日の夜二人でご飯食べようよ」
「えー、そしたら明々後日に行く感じ? じゃあ明後日のランチどこかに二人で行かない? その後パパのところに行くのは?」
 うずうずした様子の理子は、私が了承すると荷造りするねと言って浮き足立った様子でリビングを出て行った。すぐに「スーツケースどこだっけー?」と大声が聞こえる。理子の温もりが残るソファに座り込んだ私は、「廊下の収納の中」とも「出してあげる」とも言えず、大きく息を吐くと理子が寝ていた形を真似るようにそこに横になった。デジャビュを感じて目だけでぐるぐるとリビングを見回す。そうだ、吾郎が出ていく日の私もこんなだった。自分が破壊した生活に打ちのめされ、引越し作業中起き上がれずベッドにゴロゴロしていたあの時だ。あの時直人にメールを送ったように、私はジャケットのポケットの中のスマホを取り出すと「明後日以降ならうちに来ていいよ」と蒼葉に送信した。リスが回し車の中を走り続けるように、私は同じ場所を疾走し続け、虚しさを感じながらもそれ以外に生の処し方を知らない低知能な動物のようだ。もちろん低知能な動物には低知能な動物なりの幸福があることも知ってはいるけれど。

毎月更新

更新情報はTwitterでお知らせしています。

金原ひとみ(かねはらひとみ)

1983年、東京都出身。2003年『蛇にピアス』ですばる文学賞。翌年、同作で芥川賞を受賞。2010年『トリップ・トラップ』で織田作之助賞受賞。2012年『マザーズ』でBunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。著書に『アッシュベイビー』『AMEBIC』『オートフィクション』『アタラクシア』等がある。『SPUR』にて「ミーツ・ザ・ワールド」連載中。『パリの砂漠、東京の蜃気楼』4月23日刊行予定。