28 軽井沢の植木市

 昭和生まれなので、四月二十九日という祝日はずいぶん長いこと「天皇誕生日」だった。やがてそれが「みどりの日」になり、「昭和の日」となって、今年もまた軽井沢(かるいざわ)町役場駐車場では毎年恒例の行事がおこなわれた。ブルーベリーの苗木の配布会だ。
 先着千名ほどにブルーベリーのポット苗と、ヤマブキあるいはドウダンツツジの苗が無料で配られるとあって、早朝から家族連れや老夫婦が列をなす。在住の人もいれば、いわゆる別荘族もいる。
 私自身はへんなところで気が短くて列に並んだことはないのだけれど、毎年ここでもらった苗を庭に植えて、あれは子どもが生まれた年のだとか、そっちのはおじいちゃんと一緒に植えたんだとか、そんなふうに思い出が折り重なってゆくのは素敵なことだと思う。
 さらにこの日は、配布会だけでなく植木市も開かれる。
 私が東京から軽井沢に引っ越してきたのは二〇一〇年の秋で、築十七年の家の前庭には何も植わっていなかった。見上げるようなモミノキが敷地をぐるりと囲んでいる他は、ただ草が生えているだけだった。

 翌、二〇一一年の三月に、東日本大震災が起こった。我が家はまだ改修工事中だったのだけれど、建築資材のすべてが被災地優先となり、当初予定していた二階部分のリフォーム工事は一旦やめて後回しにすることとなった。家もまだなのに、庭にまで手をつける余裕はなかった。
 ようやく迎えた二〇一二年の春、初めて役場前の植木市へと出かけていった時の感激は忘れられない。自分の頭の中にある絵を描くための絵の具を選んでいるかのようで、心拍が上がりっぱなしだった。

 めぼしいものはきっとすぐに売れてしまうから急ぎ足で見て回り、最初の十分ほどで物色を終えて、エプロン姿で待機している植木屋さんのおじさんにニッコリ笑いかける。
「たくさん買ったらオマケしてもらえます?」
「おう、どれくらいたくさん買うのよ?」
 ええと……と順番に指さすのを、おじさんがポケットから出したメモ用紙に鉛筆で書きつけてゆく。
 高さ二メートル以上のしっかりとした木が七本、ジューンベリーとライラックとオオデマリとスノーボールとヤマモミジとヒメシャラと黄モクレン。
 私の背丈くらいのサクランボとユスラウメとハナカイドウとエゴノキとオトコヨウゾメ、見事な株立ちのシロヤマブキと、同じく八重の黄色いヤマブキ。
 腰の高さのこんもりとしたミツバツツジ、琉球シロツツジ、ドウダンツツジとサラサドウダン、シャクナゲとヒイラギナンテンとニシキギ。
 それから、お隣との境界に植える目隠し用のマサキを五本、ベニカナメを十本、チャボヒバを三本、青と白のヤマアジサイをひと株ずつ。
 そしてそれ以外に、三十リットル入りのバーク堆肥を二十袋。
「はあ〜、たしかにたくさんだわ」
 おじさんはあきれて笑った。
「とはいってもなあ、うちもぎりぎりの値段つけてっからなあ、あんまりたくさん値引きはしてやれねえんだけど、すまねえなあ」
 それでも頑張っておまけしてくれた上に、株立ちのユキヤナギとコデマリと一重のヤマブキをタダでつけてくれた。
 遠く離れた臨時駐車場に停めてあった軽トラックを取ってきて、係員さんの誘導で売り場へとバックで突っ込む。一回ではとうてい運びきれないから、家との間を何往復かしなくてはならない。
「おえ、これ自前の軽トラかい? ぴかぴかの新車じゃねえか」
「頑張ってこの季節に間に合わせたんですよ」
 と答えると、おじさんはまたあきれ顔で笑った。
「はあ〜、そこまで好きならてえしたもんだに」
 まぶしい陽光の下、屈強なニッカポッカ姿の殿方が新旧とり混ぜ四人がかりで、このあたくしのために植木を積み込んできっちり縛ってくれる光景は、なかなかに目に喜ばしいものだった。堆肥の袋を積んでいる最中に、
「うっかり数え間違えてくれないかなあ」
 と言ってみたら、ほんとうにもう一袋おまけしてくれた。
「奥さん、これ自分で植えるだかい?」
「はい!」
「一人で?」
「はい!」
「はあ〜、そこまで好きならてえしたもんだに」

 思い出されるのはやはり、鴨川(かもがわ)の農場に置いてきてしまった庭の姿だ。大好きなミモザがびっくりするほどの大木に育ち、センダンは青々と葉を茂らせ、タイサンボクは夢のように大きな花をふんわりと咲かせていた。
 ここ信州は南房総(みなみぼうそう)とは植生がまるきり違うから、あちらにいた時に好きで植えていた木や花の多くは育たない。草花はもちろんのこと、常緑の広葉樹もほとんどが暖かい地方のものなのだ。冬の厳しい土地では、針葉樹以外は多くが自ら葉を落とすことで寒さから身を守る。隣家との境の目隠しになる常緑樹を選ぶのに苦労するのはそのせいだ。
 さらに、同じ長野県でも他の地域ならともかく、とくに冷え込む軽井沢では、園芸図鑑に「栽培適地は東北以南」と書かれているような植物でさえ凍って枯れてしまう。ともすれば札幌(さつぽろ)よりも寒いくらいの土地柄なのだから当然かもしれない。
 けれどそのかわり、南房総ではきれいに咲かなかった花が、標高千メートルの庭ではきれいに咲くのだ。ライラックも元気に花をつけるし、サクランボやベリー類もたくさん実るし、これまた大好きなデルフィニウムは宿根草となって美しいブルーの花を毎年咲かせてくれる。その色もまた、下界よりも見事に鮮やかなのだ。
 花も、人もそれぞれに、在るべき場所というものがある。それを間違えてしまうと、咲きたくても咲けない。私自身、地べたに触れられない場所ではどうしても長く暮らせなかった。
 あの農場の庭を、ここに再現することはできない。
 でも、いいんだ、と思ってみる。
 これからはここで、また唯一無二の私の庭をつくるのだ。もう一度、初めから。

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村山由佳(むらやま・ゆか)

 1964年東京都生まれ。立教大学卒業。 93年『天使の卵─エンジェルス・エッグ─』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。09年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞を受賞。『ミルク・アンド・ハニー』『猫がいなけりゃ息もできない』『はつ恋』『まつらひ』『もみじの言いぶん』『晴れときどき猫背 そして、もみじへ』など著書多数。


本文写真 村山由佳
著者近影 山口真由子