01 フネさんと同年代の女性たち

 磯野(いその)フネさんは、四十三歳でワカメを産んだらしい。
 今だから言えるが、幼い頃の私は、カツオやワカメがサザエさんの子どもだと思っていた。でも、よくよく聞けば、カツオはサザエのことを「ねえさん」と呼んでいる。とすると、彼らのほんとうの母親はいったい……?
 そう考えていって真実に思い至ったあの瞬間の衝撃は、今でも忘れられない。だってフネさん、見た目おばあちゃんじゃん! と思ったものだ。
 つくづく感心してしまうのは、今のように夫婦が個室で休めるわけでもなかったあの時代、大家族のお父さんお母さんはよくもまあ次から次へと頑張れたものだということだ。私自身、母が四十近くになってから生まれたいわゆる〈恥かきっ子〉だった。
 引き比べて今の時代、フネさんと同年代の女性たちは、(しわ)ひとつ見当たらない肌を輝かせ、雑誌のページを華やかに飾っている。むろん、きものに割烹着(かつぽうぎ)を着たっておばあちゃんになんか見えない。
 けれども、もう長らく彼女たちに共通する悩みといえば、そう、〈セックスレス〉なのだ。昔と違って夫婦二人きりになれる寝室もあれば、健康面でも恵まれているはずなのに、夫と(むつ)み合うことができない。どちらかが、あるいはどちらもが、その気になれない。どうしてなんだろう。そしてそれは、不幸なことなんだろうか。
 もうすでに親友とか同志のような間柄だから今さら性の営みなどないほうが楽、という感じ方もあるだろうし、あるいははっきりと、夫とだけはセックスしたくない、と言い切る人もいる。そのあたりは千差万別で、とうていひとくくりにはできない。
 あくまでも私について言えば、これまで二度の離婚をしているけれど、そのどちらの時も、大事な相手と抱き合えないことがとても寂しかった。自分自身を否定されたような心地がして、どこにも居場所がないように感じていた。
 だからといってそんなのは、よそ見をしてもいいという免罪符にはならない。ならないのに、いずれの場合も自分から夫たちに別れを切りだし、別の男との恋に血道を上げ、いけしゃあしゃあとその経験を()かしていくつもの小説を書き、飯を食っている。

 気がつけばかれこれ四半世紀以上、恋愛小説と呼ばれる物語を書き続けてきた。
 おかげで〈恋愛のエキスパート〉的な立ち位置で意見を求められたり、お悩み相談を受けたりすることが多々あるのだけれど、正直なところ、私にはまったくその資格がない。
 だってそうだろう。ほんとうに恋愛のエキスパートなら、同じ間違い──相手に自分を明け渡すという愚かしさ極まる失敗──をあんなに何度も繰り返しはしなかったはずだ。そうでなくとも、私にはいまだに恋愛というものがよく(つか)めない。常に個別にして唯一の、不可逆的なものであるのに加えて、ふり返る過去はたいてい自分に都合のいいように塗り替えられてしまうものだからだ。
 ただ、いつからだろう、小説を書く時ばかりは、塗り替え作業を可能な限り思いとどまるようになった。全部が私自身のことだと思われたってかまわない、と腹を(くく)り、ケツをまくって書くようになった。若い頃の私にはできなかったし、しようとも思わなかったことだ。一皮()けたのか、逆に(つら)の皮が厚くなったせいなのかはわからない。
 とはいえ、いくら思いきって書いたつもりでいても小説は、いざとなれば「あれはフィクションですから」と逃げることが可能だ。小説だからこそ書けた、という部分だってないとは言えない。
 だったらそれが、エッセイだったらどうだろう。フィクションという匿名性を取り去り、サングラスとマスクをはずすように素顔があらわになる文章の中で、私はいったいどれだけのことを書けるだろうか。

 ありがたいことに、今の私には、自分で言うのも何だけれどしっかりと地に足のついた生活がある。やっとだ。四半世紀以上かかってやっと、その実感を手に入れられた。
 願わくは、今現在の(そして今度こそはたぶんずっとの)パートナーや、増えてゆくばかりの生きものたちとの暮らしについても、また血縁や友人たちや、かなり苦手だけれど必要な人付き合い、百のうち九十七くらいはしんどさのほうがまさる仕事、などなどについても、淡々と平常心で書きとどめていけるといいなあ、と思う。自分だけに都合のいいように塗り替えることをせず、それでいて露悪の快楽にはまり込むこともなしに、そこにあるものをあるがままの姿で。
 生きていくうちには()み込みがたいことも起こるけれど、一つひとつ言葉にすることで、やがて自分なりに妥当な落としどころを見つけられるといい。
 そんな具合に、我が身に起こることをできるだけそのまんま肯定する姿勢を私に教えてくれるのは、じつのところ、「猫」だ。何の誇張でも比喩でもなく、猫たちこそが、私にとっては世界のとっかかりであり、時にはすべてであったりする。
 だからまずは、猫の話をしよう。
 ずっとそばにいたのに逝ってしまった最愛の猫と、きっかり一年後にめぐり合った小さな猫の話を。

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村山由佳(むらやま・ゆか)

 1964年東京都生まれ。立教大学卒業。 93年『天使の卵─エンジェルス・エッグ─』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。09年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞を受賞。『ミルク・アンド・ハニー』『猫がいなけりゃ息もできない』『はつ恋』『まつらひ』『もみじの言いぶん』『晴れときどき猫背 そして、もみじへ』など著書多数。


本文写真 村山由佳
著者近影 山口真由子