07 新幹線と

 ──お母ちゃん、もしかしてあなたは雪女だったんですか。
 真顔でそう()きたくなるほどの雪が、翌朝起きたら積もっていた。
 四月に入ってもうだいぶたつ。いくら軽井沢(かるいざわ)とはいえ……いやしかし、何年か前には四月二十日を過ぎてからドカ雪が降って積もり、埋まった車をシャベルで掘り出さなくてはならなかったこともあった。
 万一あの時みたいに降り続けたら、かなり困る。新幹線が止まれば私は東京の仕事に行けなくなるし、別行動で先に南房総(みなみぼうそう)へ向かう背の君だって峠を越せなくなってしまう。

 予定よりもだいぶ早めに家を出て、まずはラジオの仕事に向かった。徹夜で原稿を書きあげ、どうやら間に合わせて納めたばかりなので、その昂揚(こうよう)と眠気とが入り混じり、頭も足元もふわふわしている。新幹線の座席に背中を預けたとたん、ふうーっと長い息が声になって漏れた。
 いかん。今の、非常にオバサンくさい。
 しゃんと背筋を伸ばし、おもむろに前の座席の背面からテーブルを出して、駅の売店で買ってきた朝ごはんを広げる。
 メニューはだいたい決まっている。野菜多めの三角サンドイッチに、南高梅のおにぎり、調子のいい時はここにおいなりさんか納豆巻きかちょっとしたスイーツが加わる。飲みものは、冬は缶入りのコーンスープ、春夏秋はグリーンスムージー、それと緑茶か信州(しんしゆう)そば茶。疲れている時はさらに、茶色い瓶のビタミンドリンクも追加する。
 いつも駅まで車で送ってくれる背の君に、「乗れたで・おおきに」と報告がてら画像を送るたび、「またコピペか」と言われる。
 ついでにTwitterに載せれば、フォロワーさんたちからその都度、〈今日も絶好調ですね〉とか、〈少ないようですけど体調悪いんじゃないかと心配です〉などのコメントを頂く。ありがたい話である。
 そういえばいつだったか、〈作家のTwitterをフォローしたはずなのに、猫と食べものの画像しか流れてこない〉と笑われたこともあったっけ。まったくそのとおりで申し訳ないのだけど、私としては、いいのだそれで。作家っぽい事柄、というのがどういうものかはわからないが、そういうのは作品の中で読んでもらえたほうが(うれ)しい。

 最初のトンネルを抜けただけで、雪なんか跡形もなかった。桃が咲き、辛夷(こぶし)が咲き、窓の外遠くでは田んぼのかたちに一面の菜の花が揺れていた。
 いつも通りの食欲で、お茶以外のすべてをお腹に納める。ものすごく眠くなって目をつぶるのに、閉じたまぶたの奥が妙に明るくて寝付けない。
 頭の中では、いくつもの賛美歌がメドレーで鳴り響いていた。つい先週、母の枕元のキーボードをオルガンの音色にして弾いた曲たちだ。
 背の君が、
「どうせキミコおばちゃん、寝たふりしたはるだけでほんまはめっちゃ聞こえてるで」
 などと言うものだから、私も何となくその気になって、〈主われを愛す〉〈みどりもふかき〉〈まきびとひつじを〉〈まえにまえに〉〈いつくしみ深き〉……さすがに〈主よみもとに近づかん〉だけは葬儀のとき必ず歌う曲なので自粛しておいたけれど、賛美歌集をひろげてけっこう片っ端から弾きまくった。
 母はむかし小学校の臨時教員をしていたことがあって、そのためかほとんど独学でピアノやオルガンの伴奏を身につけていた。メロディに和音を組み合わせるくらいの簡単なものだけれど、歌がどの高さへ移調しようとも、伴奏もまた黒鍵を駆使して合わせられるあたりは特技と言ってよかった。
 だから父は、母が施設に入った時、愛用の小さなキーボードを運びこませてもらったのだ。他のことはどれだけ忘れても、耳と手だけは音を覚えているようで、体調と機嫌が両方ともいい日は、スタッフさんにちょっと促してもらうだけでちゃんと指が動く。入所者の皆さんの合唱する童謡に合わせて伴奏しながら、母はいつも得意そうだった。
 考えてみると、得意になる、というのは、基本的に自分自身を好きで肯定していない限りは不可能なことだ。
 母は、父が亡くなるまでは父のことがいちばん好きだったし、自分自身が亡くなる直前まで、自分のことを大好きでいられたんだな、と思う。
 よかった。たぶんそれは、かなり幸せな人生だったということなんだろうから。

 結局、新幹線が東京に着くまで一睡もできなかった。
 脳みそのかわりに海綿(かいめん)が詰まったみたいな頭でNHK放送センターの長い廊下を歩き、おはようございまーす、とスタジオに入ってみると、番組スタッフがみんなして悲痛な顔で出迎えてくれた。昨日の私のツイートを目にしたらしい。

 

ちらちら舞っていた雪片も、()が昇ると消えた。
温まった屋根から、わずかな間、激しい雨だれ。
今朝方、母は穏やかに逝った。泊まり込んでいた兄夫婦が
見送る手配をしてくれているおかげで、明晩まで動けない
私もあまり罪の意識を覚えずに済んでいる。
幸せやろ、息子に見守られて。な、お母ちゃん。

 

 そう、昨日のあの時点では、雪があんなにひどくなろうとは思ってもみなかったのだ。
「こんな大変な時に、ほんとうにすみません」
 謝ってくれるスタッフみんなに、いやいやいや、あくまでもこちらの都合だし、もう急ぐ必要もないのだもの、と笑って手を振り、ふだんと同じにブースへと入る。とどこおりなく収録を終えてから、続いて某出版社での打ち合わせに向かう頃、外は、雪ではなく、ものすごい横殴りの雨になっていた。
 いつもは最強の晴れ女を自負しているというのに、この夜の雨はさっぱり()まなかった。
 東京駅八重洲(やえす)口のロータリーから出発する最終の高速バスは、売店のお弁当をかかえた私のほかにほんの数人の客を乗せ、(たた)きつける雨粒を払いのけながら東京湾を渡ったのだった。

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村山由佳(むらやま・ゆか)

 1964年東京都生まれ。立教大学卒業。 93年『天使の卵─エンジェルス・エッグ─』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。09年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞を受賞。『ミルク・アンド・ハニー』『猫がいなけりゃ息もできない』『はつ恋』『まつらひ』『もみじの言いぶん』『晴れときどき猫背 そして、もみじへ』など著書多数。


本文写真 村山由佳
著者近影 山口真由子