10 再会

 母の最期の立ち会いから葬儀の段取りに至るまで何もかも兄夫婦に任せっきりだったので、せめて、と朝は私が台所に立った。
 トーストは、四枚切りならぬ禁断の三枚切り。分厚いやつに十字の切り込みを入れ、バターをたっぷり塗ってからこんがりと焼く。溶けたバターがしみしみになったところへハムをのせ、目玉焼きをのせ、上からマヨネーズをかければ至福の朝食のできあがりだ。
 コーヒーは、私が()れるよりはるかに美味(おい)しいのを兄が淹れてくれる。何しろ、「おいしいコーヒーのいれ方」シリーズを書きだした頃、喫茶店『風見鶏(かざみどり)』のマスターのイメージモデルはこの兄だったくらいだ。
 トーストとコーヒーのこうばしい香りが入り混じる。もりもり食べながら、母の横たわる布団越しに庭を見やる。大木に育ってしまったゴールドクレストの木陰には、折りたたみ式のガーデンチェアがまだそのまま置かれている。父はいつも、散歩してきた帰りにはそこに腰掛け、日向(ひなた)ぼっこしながら庭木や花を眺めるのが日課だった。

 私がまだ旦那さん一号と鴨川(かもがわ)に暮らしていた頃、できるだけ近くに住みたいという両親に付き添ってこの土地を探しあてた時、いちばん気に入ったのは、目の前がよその畑で、当分の間は他の家が建ちそうにないことだった。それから二十年、畑は今も畑のままだ。
 数年前まで両親が借りて家庭菜園にしていたのがそこだが、二人とも衰えて作業ができなくなってからは持ち主に返し、ここ数年は春から夏になると家畜飼料用のトウモロコシが栽培されている。実りの時季には映画の『フィールド・オブ・ドリームス』みたいになる。私が、ずーっと会っていなかった従弟(のちの背の君)とここで二十五年ぶりに再会したのも、丈の高いトウモロコシがびっしりとそろって揺れる真夏のことだった。
 が、四月半ばにもならない今は、土に()きこむための堆肥がところどころに盛られているだけで何も植わっていない。広がる空は重たげな雲に覆われている。葬儀を明日に控えているのに、どうやら夜半からまた雨が降るようだ。
「おう、何とかせえよ」と、背の君が無茶を言う。「お前いっつも、じぶん〈晴れ女〉や言うて威張っとるやないけ」
 たしかに私自身は梅雨時でさえ傘を持って歩いたことがないのが自慢だが、どうにもこうにも、母にとっての一大イベントでその力を発揮してのける自信はない。ちなみに昨日、一昨日と軽井沢(かるいざわ)にまとまった雪を降らせた母は、〈雪女〉である前に、そもそも〈雨女〉だった。
 午前中は四人がかりで片付けと掃除に専念した。大きなソファを移動させ、腰の高さの書棚に白いシーツをかけて祭壇にし、その横のパソコン机も布で覆って目立たなくする。にわかづくりの祭壇だけれど、真上の壁に父が彫った例の『最後の晩餐(ばんさん)』がかかっているおかげで、なんだかこの時のためにあつらえたかのように荘厳な雰囲気が漂う。
 昼過ぎには両親が通っていた館山(たてやま)の教会から司祭様がみえて、葬儀屋さんの協力のもと〈納棺の儀〉を執り行って下さった。母にきれいな(しに)化粧を施して下さったのも、一昨年の父の時と同じ女性スタッフさんだった。
 そのあと、お花屋さんが到着し、祭壇の両脇と(ひつぎ)の枕元と足元、そして正面に、山盛りの花が生けられた。何しろ花の好きなひとだったからと、打ち合わせの段階から兄夫婦が花だけはめいっぱい飾ってくれるように言ってあったのだ。
 みっしりと花に埋もれた柩、というより花と柩で埋まった居間を見渡して、
「今晩、由佳たち布団敷けるかね」
 と兄が心配する。
「だいじょぶ、だいじょぶ。何とでもなるなる」
 言い置いて、私は外へ出た。

 父の時は教会で葬儀をしてもらったけれど、明日はほぼ親族だけの自宅葬だから、家の前に霊柩車(れいきゆうしや)が乗り付けることになるし、その他の車も五、六台は()まる。これまでお世話になっていたご近所の家に(といっても近くには二軒しかないのだけれど)、一応のおことわりをしておかなくてはならない。
 距離の近い裏手のお宅に挨拶をし、それから、畑の向こう側に建つYさんのお宅へ向かった。道ばたの桜の木から、はらはらと花びらが散っている。
 と、その時、はっと気づいた。
 Yさん宅の前、道路と畑の境目のところに、白っぽい猫がうずくまっている。むこう向きに香箱を作っているので、茶色い尻尾と耳の先が目立つ。近づいてゆく私の足音にこちらをふり返った顔も同じく、美味しそうなチョコレート色をしていて、瞳は目の覚めるようなブルー。やっぱりだ。先週、私と背の君が実家に滞在していた時、ベランダの網戸越しに家の中を(のぞ)いていたあの猫だった。
 Yさんのお宅が猫好きなのは知っている。のどかな田舎だけに猫たちはみな外と家の中とを自由に出入りしていて、私たちも実家に来るたび、庭先をさまざまな色柄の猫が横切ってゆく様子を楽しませてもらっていた。春先などはすばしっこい子猫たちを連れた母猫を見かけることもあったし、中には背の君が勝手にあだ名をつけたおなじみさんもいた。ふわふわの美人さんには〈モフ()〉、困惑顔のトラ猫には〈こまっ()〉、とまあそんな具合だ(←まんまやんけ)。
 どう見てもシャム猫の血が混じっているこの猫も、きっとYさんちでお世話になっている子に違いない。これまでモフ美やこまっ太がそうだったように、そばへ行けば逃げてしまうだろう。
 五メートルばかり離れたところにしゃがみ、あとで背の君に見せてやるべく写真を一、二枚撮ってから、青い目でまじまじとこちらを見ている猫に声をかける。
「にゃーお。久しぶりやんねえ。前に()うたん、覚えとる?」
 そのとたん、猫は立ちあがり、私を目がけてまっすぐに駆け寄ってきた。

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村山由佳(むらやま・ゆか)

 1964年東京都生まれ。立教大学卒業。 93年『天使の卵─エンジェルス・エッグ─』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。09年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞を受賞。『ミルク・アンド・ハニー』『猫がいなけりゃ息もできない』『はつ恋』『まつらひ』『もみじの言いぶん』『晴れときどき猫背 そして、もみじへ』など著書多数。


本文写真 村山由佳
著者近影 山口真由子