14 母への屈折

「このたびは、なんと申し上げていいか……」
 Yさん宅の奥さんは声を詰まらせた。
「ついさっき帰宅したんですけれど、もうびっくりしてしまって。ご迷惑でなかったら、ひと目、お別れだけでもさせて頂けたらと思って伺ったんですが」
 奥さんは介護の仕事をされていて、今日は夜までのシフトだったという。
「明日、ご出棺のお見送りもしたかったんですけれど、また朝から勤めなので……勝手を言ってすみません」
 私たち家族は慌てて、とんでもない、と恐縮した。わざわざ来て下さるとは、なんてありがたいことだろう。介護施設での仕事がどれほど大変か、それこそこの母がつい一昨日までお世話になっていたのだからよくわかっている。こうして昼夜を(ささ)げて働いて下さる方たちのおかげで、入所者の家族がどれだけ救われているかということも。
「どうぞ、会ってやって下さい」
 兄が言い、背の君がさっと動いて枕元のスタンド花を横へ移動させる。
 (ひつぎ)の小窓から母の死顔を(のぞ)いた奥さんは、ああ……と(うめ)くなり、ぽろぽろ、ぽろぽろ、涙しながら手を合わせて下さった。私はその横で、母のために泣いて下さるひとが身内以外にもいるのだということにほっとしていた。
「ご両親にはほんとうにお世話になったんですよ」
 お茶を()れ、私がダイニングテーブルの真向かいに腰を下ろすと、奥さんはようやく少し微笑(ほほえ)んで言った。
「こちらへ引っ越してみえてから、もう二十年以上もたつんですねえ」
 ほんとに早いですね、と私は言った。両親も、越してきた土地のことがわからない中で、Yさんをとても頼りにしていたのだ。
「あの頃、うちの子たちはまだ小学生でした。お父さまにはよく遊んで頂いて、算数のドリルを見て頂いたり、彫刻刀の使い方も教えて頂きましたし、お母さまからは日記や作文の書き方を教わったり……」
 日記や作文──ということは、私にとっては兄弟弟子にあたるわけだ。
「図画工作もお習字も、学校から持ち帰ったものをいちいち見せに行きたがるんです。見せると、お母さまが、うまい、すごい、ここがいい、あそこが素晴らしいって、ものすごく大げさに褒めて下さるから。上手にできたご褒美の勲章だなんていって、お手製のバッジまで胸に着けてもらうもんだから、家に帰ってくる頃にはそりゃあもう鼻高々で……。お正月の書き初めともなると、プロが使うみたいな(すご)い筆を惜しげもなく貸して下さって、つきっきりで教えて頂けたものですから、毎年必ず金賞をとって貼り出されてました。お母さまのおかげで、うちの子たちは苦手なものがなくなって、それどころか得意なものや楽しみなことがいっぱい増えたんですよ」
 何よりありがたかったです、と言って、奥さんはハンカチの角で目頭を押さえた。

 私は、(うなず)きながらそれを聞いていた。相変わらず涙は出ないけれど、自分でも意外なほど素直な気持ちだった。
 これまでは誰かが母のことを褒めるのを聞くたび、
(はいはい、あの人はほんと外面がいいから)
(そう思えるのはたまの付き合いだからですよ、あれが親だとなかなかにきついんですよ)
(あのひとが何かいいことをするのは、相手のためじゃなくて自分が目立って感謝されたいからですよ)
 そんなふうなシニカルな感想が、口には出さなくても必ず心に浮かんだものだった。
 思い込みなんじゃないの? どこの母親と娘の間にも、多かれ少なかれ色々あるものだよ。あんなに多才でオーラがあって素敵なひとなのに、何が不満なの? 取り替えられるものならうちの母親と取り替えたいくらいだよ。
 ──どれも実際に言われたことのある言葉だ。他人の見る目のなさ理解のなさに、何度も絶望した。無駄に才気溢れる激情&劇場型の母、精神年齢的にはついぞ成熟し得なかったあの母のもとで、私が子どもの頃から味わってきた痛みはどうせ誰にもわかってもらえないのだと思った。
 でも、そうじゃなかった。誰にもわかってもらえないわけじゃなかった。
 母と自分をモチーフに小説を書くのはしんどかったけれど、会ったこともない読者から、まるで我がことのようだ、自分だけじゃないと思ったら初めて救われた、という感想をもらった。私のほうこそ、自分だけじゃないんだと思えた。
 それに、今は隣に背の君がいる。これまでのパートナーや恋人には、母に関する悩みや屈折をどのように話しても今ひとつ通じなかったけれど、従弟であり幼なじみであり、あのキミコさんのことを伯母としてよく知る彼だけは、私がいじいじと抱えてきた過去の痛みを否定したり、今さら言っても仕方のない愚痴をたしなめたりせずに、そのまんま聞いて、そのまんま理解してくれる。「そらしんどかったやろ」というたったそれだけの言葉に、この六年ほどの間、どれだけ癒やされてきたかわからない。
 それらがあるから、今はこう思えるのかもしれない。
 あの母にだって、なるほど確かに美点はあり、残した功績もあったには違いないわけで、そんな彼女に対する他人からの賞賛を認めたとしても、私の中の何かがこれから新たに損なわれることはないのだ、と。
 何しろ母はもう、この世にいないのだから。生身の母を愛そうとしてどうしても愛せない自分を、これからはもう気に病まなくてよくなったのだから。

 Yさん宅の奥さんは、湯呑(ゆの)みを両手で包み込むようにしながら、ひとしきり父と母の思い出話をして下さった。
 まだ少し元気だった頃の父が歩く時の姿勢の良さを(おぼ)えていて、
「地元の郵便局や役場でも、かっこよくて上品なおじいさん、って評判だったんですよ」
 などと言ってもらうと、疲れた心の隅っこがぽっと(ぬく)もる心地がした。
 兄夫婦と会話が交わされている間に、私はちらりと背の君を見やった。
 彼が、黙って私を見つめ返してくる。お前がいま考えとることは全部お見通しやぞ、とでも言いたげな顔だ。
 と、奥さんが腰を浮かせた。
「それじゃ、そろそろ」
 私は慌てて言った。
「すみません、ちょっとだけいいですか」
「はい?」
「全然関係のない話ですみません。あのう、お宅に、シャム猫みたいな毛色の小柄で可愛(かわい)い猫ちゃんがいますでしょう。目の青い」
「ああ、ええ。こちらにもお邪魔しちゃってますか?」
 奥さんがすまなさそうに言う。
「うち、私はあんまり猫が得意じゃないんですけど娘が好きでして、外猫の面倒を見てたら何匹も集まってきちゃって。ご迷惑をおかけしてたらごめんなさい」
「いえいえ、そんなことないんです。遊びには来てくれましたけど迷惑なんかじゃなくて、むしろ逆で……あの子が、何というかもう、あんまり可愛くてですね」
 背の君が、おいおいおいと言いたげな(あき)れ顔で黙っている横で、兄夫婦は、何の話が始まったのかときょとんとしている。当の奥さんもだ。
 ふつうに考えたなら、母の横たわる棺がすぐそこにある状態で、しかもお悔やみに来て下さった相手に持ちかけるような話じゃない。でも、奥さんには時間の不規則なお勤めがある。今夜を逃したら落ちついて話せる機会はないかもしれない。ええいとばかりに、私は思いきって言った。
「もしかして──あの猫ちゃんを里子に出すなんてことは、考えてみて頂けないでしょうか」

 

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村山由佳(むらやま・ゆか)

 1964年東京都生まれ。立教大学卒業。 93年『天使の卵─エンジェルス・エッグ─』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。09年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞を受賞。『ミルク・アンド・ハニー』『猫がいなけりゃ息もできない』『はつ恋』『まつらひ』『もみじの言いぶん』『晴れときどき猫背 そして、もみじへ』など著書多数。


本文写真 村山由佳
著者近影 山口真由子