05 もうYouTuberになるしかない――日本でわずか8パーセントの苦悩をかかえて――弾けないギターを弾くんだぜ!

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 もうYouTuberになるしかない。
「もうYouTuberになるしかない……!」
 もうYouTuberになるしかないと思った理由は、だいたい100個くらいあるけれど、ずばり云えば、iPadをなくしたからだ。
 その日、僕は駅のホームに1人で立っていた。妻と息子はすでに特急列車に乗っている。僕は改札で渡されたメモを持ってうろついているところを駅員に見つかり、声をかけられた。
 僕は云った。
「あの、今、乗ってきた電車に忘れ物をして、それで、改札でそのことを云ったら紙をもらって、ここに行くように云われたんですけど、なんか、場所がわからなくて……」
 しどろもどろに説明すると、駅員はすっと指を立てて、お忘れ物承り所のある方向を示した。優しい対応ではなかったと思う。
 そう、僕はなんと忘れ物をした。鈍行列車から特急列車に乗り換えようとしたとき、車内に旅行用のバッグを置き忘れてしまったのだ。

 

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 お忘れ物承り所に行くと、担当職員がパソコンを操作しながらたずねた。
「それで、置き忘れたバッグというのは、どんなかたちですか?」
「トートバッグ……じゃなくて、あの、肩にかけるやつです」
「トートバッグも、肩にかけられますが」
「あ、じゃあ、ボストンバッグです。たぶん」
「たぶん?」
「いえ……ボストンバッグです」
「色は?」
「緑、あ、深緑色です。グリーン」
「バッグの中には、なにが入っていましたか?」
「着替えと、鍵と、あとタブレットが入っていました」
「タブレットというのは?」
「iPadです」
「色は?」
「グレイ……だっけ。でもケースに入ってるから、色は、その……」
「ケースの色は?」
「えーと、たしか、黒だったような。あんまりおぼえてなくて……」
 アホの受け答えである。僕はこれまでずいぶん、えらそうなことを書き散らしてきたけれど、その正体は、自分の忘れ物さえはっきり説明できないアホなのだ。
 やはりというべきか、僕のバッグは届けられていなかった。
「それじゃね、もし見つかったら、こちらの番号から連絡が行きますが、見つからなかった場合は、こちらに書かれている番号に連絡してくださいね」
 新たなメモを渡されて、お忘れ物承り所を出た。ぐずぐずしているひまはなかった。アホな僕を駅に残して、先に目的地へと向かった妻子を追うために、すぐにでも特急に乗らなければならない。さいわい、財布と電話とチケットはポケットに入っている。だけど乗車券と特急券のちがいもよくわからないので妻に買ってもらったような僕には、手元にあるチケットをどうすればいいのか見当もつかないのだ。おろおろしつつも、改札にもどって聞いてみると、みどりの窓口で乗車時間を変更してもらえるとのことだったので、みどりの窓口にいる職員にすべてをまかせて、次にやってきた特急列車に、なんとか乗ることができた。
 指定席に1人で座りながら、ぼんやり思う。本当なら今ごろ、家族3人で駅弁やお菓子を食べていたはずなのに、どうして1人でいるのだろう。そもそもどうしてバッグを忘れてしまったのだろう。こんなのは人生ではじめての経験だった。電車に荷物を忘れるなんて、フィクションの中だけのできごとだと思っていた。荷物の中にはiPadが入っていて、それは先日、清水の舞台から飛び降りるつもりで買った最新型で、まだほとんど使っていなかった。人生ではじめて買ったiPadは、こうしてほとんど触らないうちに僕の手元から去ってしまった。
 いたたまれなくなり、車内販売でビールを買った。さほど乗客のいない車内に、缶ビールを開けるプシュという音がいやに響く。悲しかった。iPadをなくしたのが悲しいのではない。iPadをなくすような自分が悲しかったのだ。自殺したくてたまらない。なんだってこんなふうになるのだろう。
 今回の旅行は、妻のためだった。
 僕はいつも土日がやってくると、息子を連れて家を出て、東京のどこかで遊んでいた。妻はいつもいそがしくしているから、せっかくの休みくらい、のんびりさせてあげたいと思ってのことだったのだが、あるとき、「休日に1人で家にいてもすることがないし、2人がいつ帰ってくるかもわからないからべつにゆっくりできない」と、苦情が出た。それもそうだと納得した僕は、じゃらんのアプリをせっせと操作して、甲信越にある旅館を予約した。僕にしてはめずらしく、自力で家族旅行のプランを立てたというわけだ。プランは完璧だった。宿の食事メニューも、時刻表も、くり返しチェックして、1つのミスもなかった。僕は旅行バッグを肩にかけ、家族を連れて颯爽と出発した。そして早々に失敗した。
 妻のためを思ってひねり出した僕の計画は、こうして砕け散った。いつもこうなのだ。だいたい、土日に子供と外に出かけるのだって、そもそもは妻のためだったのに、かえってそれでしんどい思いをさせていたことにも、指摘されるまで気づかなかった。この種の失敗はいくらでもある。家事の負担を減らそうと料理に手を出したら、副菜がなくて脂っこい男飯しか作れなかったし、ならばと思ってスーパーマーケットで寿司を買ったら、似たようなネタばかり入ったパックだったために、妻と息子をげんなりさせた。僕がなにかやろうとしたら、それはだいたい裏目に出るのだった。
 きっと、縁がないのだ。神様かなにかが、お前にはうまいことさせないと宣言しておられるのだ。僕が有頂天で立てた計画は、いつでもこのように、かならず、ちぐはぐな結果になるのだ。僕には、そんな具合の悪い宿命があるのだ。妻を休ませるという当初のプランは、そして買ったばかりのiPadは、いったいどこに行ってしまったのだろう。
 でも、こんな悲惨な目に遭っているのは、きっと僕だけではないはずだ。全国にいるお父さんのうちの何割かも、妻を(いたわ)ろうとして慣れない努力をかさね、そうして玉砕しているにちがいない。家族のためを思って動いた結果、家族を疲れさせて、最終的には自分も疲れて、ぺしゃんこになってしまう。僕はそんな、まだ見ぬ彼らに同情したし、また同時に、彼らに同情してもらいたくもあった。
 ふと思う。
 この悲しみを、なんとかしてプラスに転化できないものだろうか。僕のしくじりを知ることで、「ああ、なんだ、失敗しているのは俺だけじゃなかったのか」と、安心の気持ちを獲得してもらうことはできないものだろうか。
 しくじりつづけている僕たちは、たまには安心くらいしなければ、生きるのがむずかしい。ぶざまな生涯を送っている僕たちが、それでもいじけずに生き抜くためには、安心というものがやはり必要なのだ。それがなければ、心というものはたやすく壊れる。そうして心の壊れた人間は、自分のプライドを回復させるために、自殺するか殺人を犯すかしか道がなくなってしまうし、またそんな極端なことを考える人間は危険なので、もし殺されてしまってもだれも同情してくれない。実際、令和になったばかりだというのに、51歳の中年男性が小学生の列に突っこんで20人を殺傷したあとに自殺した事件と、長いことひきこもり生活をつづける息子を、その父親が思いあまって殺すという事件が発生して、今のところ、前者の加害者にも、後者の被害者にも、世間からの同情の声というものはない。
 むろん、彼らに同情の余地はまったくないし、僕の失敗とは種類がちがうけれど、だとしても、生きにくい人生を送っていた男という点ではいっしょだ。そして彼らは死んだ。ほかにも、だれに気づかれることもなく無言で死んでいった男たちは多くいるのだろう。
 なにやってんだよと思う。
 僕たちが勝つには、生きていくほかないんだぞ。
 中高年がなんだ。ひきこもりがなんだ。そんなことでくよくよしてる場合じゃない。僕なんて38歳にもなって、特急列車のチケットを1人で買えないんだぞ。それでもこうして生きているんだぞ。だからみんなもちゃんと生きろ。生きることに意味があるから生きるんじゃない。生きていることとプライドが直結していることを証明するために生きるんだ。14歳とか27歳とか、そうした「美しく死ぬチャンス」をやりすごしてしまった僕たちは、死と美が密接に関係していた若さという季節から遠く離れてしまった僕たちは、殺すことも殺されることもなく、生涯をまっとうするしかない。恥の多い生涯なのを知りながら、それでも最後まで生き抜くほかない。なぜなら生きることそれ自体に価値があって……ダジャレを云うわけじゃないけれど……勝ちにつながっていくのだから。
 僕のこのような実感を、世間で苦しんでいる男たち、とくに、鳴かず飛ばずの人生を今まさにリアルタイムで送っている男たちに、うまくつたえる工夫はないものか。家族旅行に失敗したり、iPadを置き忘れたり、人を殺すか自分を殺すかしか考えられなくなっている男たちの心にダイレクトにこの情報を伝達して、かつ癒せる方法はないものか。街頭で叫んだり、小説やエッセイを書いたり、ブログをはじめたり、政治家になったりするより、もっと効率のいい方法はないものか。
 そして悟った。
「もうYouTuberになるしかない……!」

 

     ※

 

 この連載ではフェアにやりたいので、正直に告白しよう。
 僕はこれまで、自分の苦しみはなんら特別なものではなく、「多くの男性が遭遇する普遍的な苦悩にすぎない」と云ってきたけれど、ひょっとしたらわかりにくいのではと思い直すようになった。その理由をこれから説明する。
 僕は仕事を持っていて、妻も仕事をしている。
 いわゆる、共働き世帯と呼ばれる家族形態だ。
 政府の資料によると、僕の生まれた1980年は、専業主婦世帯の数が約1100万世帯、共働き世帯が600万世帯であるのに対し、2018年では、専業主婦世帯は約600万世帯、共働き世帯は約1200万世帯と、ちょうどXを描くように逆転している。
 そんなわけなので、共働き世帯は現在のところマジョリティであるが、しかし僕の家族は、どうもちょっと話がちがうようなのだ。というのも、今や1200万世帯にもおよぶ共働き世帯の中で、子供がいて、妻がパートタイムではなくフルタイムで働いている家庭となると、その数がぐんと下がってしまうのだった。調査機関によって数字にバラつきはあるが、僕が見つけた中で最悪のものは、8パーセントという数字だ。1200万世帯のうちの8パーセントといえば、わずか96万世帯にすぎない。妻がフルタイムで働いている共働きの家庭は、日本に100万世帯もないというのだ。
 こんなふうに表現すると、「パートは仕事にふくまれないんですか!」とか、「フルタイムで働きたくても働けない女性だっているんですよ!」とかいう声が出てくるかもしれないけれど、僕の問題はまさにそこにある。

 

 僕の妻は、根っからの仕事人間だった。

 

 仕事が好きとか嫌いとかではなく、呼吸をするように仕事をしているというのが、長いこと妻を見てきた僕の印象だ。朝から晩まで働いて……いや、晩だって働いていた。いつもあちこちを飛び回り、よく飲み、よく食べ、そしてとにかく、よく働いた。そんな妻は、「転勤することになったから俺についてこいよ」とか、「ねえ、俺と仕事のどっちが大事なの!?」とか云ってくる男たちを葬り去って、最終的には僕に落ちついた。働き方改革とは真逆の方向を突き進むのが、僕の妻だった。家庭を愛しているが、それだけでは生きられない人だった。
 不況による共働き世帯の増加と、ついにまともに動き出した女性の社会進出によって、これまでのモデルケースでは対応できない諸問題に突き当たり、多くの家族が悩んでいることは、ネットや雑誌の特集記事などで、ちょっとびっくりするくらい書かれている。それらを読んでみると、新時代を生きる夫婦の苦悩というものは、たしかにどれも大変そうではあったが、そこに書かれている「苦悩」は、僕のものとは似て非なるものばかりで、だから僕はいつも、「あれ?」という違和感をかかえていた。こんなふうに云ったら非難されるかもしれないが、どの苦悩も、地方都市では以前からあったような古い問題にすぎず、僕にはあまりピンとこないのだ。
 どうしてライターや記者は、我が家のケースを記事にしてくれないのだろう? どうして連中は、僕のための文章を書いてくれないのだろう? どうしてだれも、崩壊と屈辱と無視を耐え忍んでいる僕に気づいてくれないのだろう?
 わかりきっている。
 なぜなら僕の苦悩は、1200万世帯のうちの、わずか8パーセントしかないレアな家族形態の、さらにその夫だけが持つものだから、声を上げたところであまりに小さくて聞いてもらえず、なによりそもそも理解されにくいのだ。
 男であり夫でありそしてマイノリティである僕が、今ここでなにを叫んだところで、「妻が仕事してるなら最高じゃね?」とか、「結婚した時点で勝ち組だ!」とかいった、あさましい卑屈のことばで返されるか、「じゃあ別れりゃいいじゃん」という、れいの、ちゃぶ台返しのひとことを浴びせられるかだけだった。僕の悩みは悩みとして認知されず、そのため記事にならないどころか、まるで僕がひどいわがままを云っているようにさえ聞こえてしまうのだ。
 かつての時代、男だけが経済を回して、血族の関係が濃い時代であれば、家のローンを背負って働くことが重いとか、抑圧の対象である父親にローンの保証人になってもらうことがつらいとか、そんなふうに文学のふりかけをまぶして、「父さんはつらいよ」みたいなことを云えただろう。だけど実際は、妻の経済は独自に回っているし、両親から金を借りてもいないし、そういえば保育園にもふつうに入れたし、小学校も今のところうまくいっていてなんの問題もないので、テレビや新聞といったメディアからも、さらにはネットからも僕はこぼれ落ちていて、だれもかまってくれない。それが証拠に、各メディアだけでなく、弱者を(すく)い上げるはずの文学さえ、僕を助けてくれるものはない。だれも僕の問題をわかってくれない。それが現状だ。
 だけど僕は確信している。
 これから……とても長い時間がかかるだろうけれど……社会はより女性の活躍を求め、女性の声は聞き入れられるようになり、女性の権利と領域は、さらに拡張するだろう。現在、女性たちは着実に勝利しつつある。僕の苦悩は今のところ、8パーセントというマイノリティだが、やがて、18パーセントや36パーセントや41パーセントといった感じに大きくなり、いつかは過半数を超えるだろう。
 そのとき多くの男たちは、僕のように居場所をなくすだろう。

 

 僕がずっと、「なんだかここじゃない気がする」とか、「自分で選んだ道のはずなのにどうもしっくりこない」と感じているのは、僕の居場所が、その求めていた家庭の中に見出せないことにあった。

 

 妻も仕事をしているから、僕が死んでも金にはこまらないし、家事をやっても妻には勝てないし、息子を休日に連れ出して遊ばせたところで、息子はやはり母親がいちばん好きなのだった。僕がどれほど奮闘しようとも、この家庭に居場所はなく、しかもそれを訴えたところで、今はまだ、だれもまともに聞いてくれない。
 そのうえ僕は……フェミニストを気取るつもりでも、怠惰なわけでもなく……自分の価値を稼ぐことで妻を追いやって、家庭内での地位を確立しようなどといった野望を、ちっとも抱けないのだった。僕は今この瞬間の、この日常を、そうはいっても愛しているのだ。すでに天国には到達していて、改良の余地というものはないのだ。だから僕はこの家庭を維持しようとして、料理や掃除をがんばるけれど、やっぱり妻のほうがうまいし、子供もやっぱり母親に甘えているし、仕事に精を出したところで、すでに妻はバリバリやっていた。お父さんであるところの僕は、この家の中で、どんな顔、どんな態度をしているべきなのかを見つけられずにいた。1つでもミスをすれば、貴重な領土をうしなったように感じて、すぐに死にたくなってしまった。帰りの遅い妻に、早く帰ってきてほしいと願いつつ、妻がドアを開ける瞬間をなによりも恐れていた。
 このような苦しみに共感してくれる仲間は、まだほとんどいない。
 だって僕の悩みは最先端だから。
 日本でわずか8パーセントの苦悩だから。
 そのような最先端の悩みをまっすぐに、かつ経済的にアピールするには、最先端の文化を使うのがベストではないだろうか。
 やはり僕は結局、 
「もうYouTuberになるしかない……!」

 

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 というわけで、家電量販店で機材を買ってきた。なんだかよくわからない動画編集ソフトも買った。あとは度胸さえあればよく、幸か不幸か、それはすでにあるのだった。思えば僕は、YouTuberということばが一般化するよりも前に、インターネットで放送をしたりゲーム実況を試験的にやったりしていたし、クラウドファンディングが広まるよりも早く、資金を集めて自分の小説を販売したこともあった。だけどみんながその流れに乗りはじめたら、ふっと冷めてやめてしまったのだった。僕はいつもこうなのだ。
 自分の書斎はあるので、とりあえずここを放送の拠点にしよう。それならば、もうちょっと見栄えをよくしたほうがいい。僕は小説家だから、本棚がスカスカというのも格好つかないので、読んでいない本を詰めこんだ段ボール箱をひっぱり出すためにクローゼットを漁っていると、弦の()びついたエレキギターが出てきた。それは僕がまだ10代のころに買った青春の残滓(ざんし)だった。
 ギターを発見した僕は、その瞬間、いささか大げさな表現をすると、電撃を浴びたような心境におちいった。ギター。そうだ、僕にはギターがあるじゃないか(弾けないけれど)。こいつを使って表現すればいいじゃないか(弾けないけれど)。初期衝動を世界にぶつけるアイテムといえばギターじゃないか(弾けないけれど)。
 ひさしぶりにエレキギターをかかえる。本当にちっとも弾けないけれど、それでもギターはすぐさま僕の体に馴染んだ。ストラップを肩にかけて、鏡に全身を映してみる。意外というべきか、様になっていた。少なくとも、様になっていると僕には思えた。
 そして僕はギターをかまえつつ、ありがちな、だけど切実な決意をするのだった。
「バンドを組もう!」

 
(06につづく)

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佐藤友哉(さとうゆうや)プロフィール

佐藤友哉(さとうゆうや)1980年北海道生まれ。2001年『フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人』でメフィスト賞受賞。2007年『1000の小説とバックベアード』で三島由紀夫賞を最年少で受賞。他の著書に『クリスマス・テロル invisible×inventor』『世界の終わりの終わり』『デンデラ』『ナイン・ストーリーズ』『転生! 太宰治 転生して、すみません』等がある。