06 加速するシリアルキラーの高齢化——万能の『Get Wild』コード——じゃあどうしてだれも僕の心配をしなかったんだ?

     ※

 

 こんなことばかり起こっているような気がする。
 7月、関西を拠点とする有名なアニメーションスタジオが、1人の男の手によって放火炎上し、35名もの犠牲者が出た。
 クールジャパンを掲げるわりには、『マリオ』『ポケモン』以上の話を本気でするのがなんとなく気恥ずかしい日本国内よりも、海外のほうが重大性をいちはやく理解し、アップルやディズニーがすぐさま哀悼の意を表明した。放火した男自身も火傷(やけど)を負い、この文章を書いている段階ではまだ意識が回復していない。
 男の年齢は41歳だという。
 この事件を知ったとき、僕はなによりもまず、令和になったばかりの5月に、小学生の列に刃物を持って突っこんだ直後に自殺した51歳の男のことを思い出した。
 41歳の放火魔も、51歳の通り魔も、まるで映画に出てくる犯罪者のように、派手でファナティックな一撃を社会に浴びせたけれど、彼らの実態はなんてことない、人生に敗北した中年だ。疲れきった欲求不満のかたまりだ。
 僕がかつて執着していたシリアルキラーは14歳で、彼は事件後、かなりの数の「信奉者」を生み出した。いっぽう、41歳や51歳で事件を起こした彼らに対する世間の反応は冷たく、「1人で死ね」ばかり。
 彼ら中年シリアルキラーには、民衆の心を惹きつけるような要素……悪のカリスマ性というものが、まるで存在しなかった。レクター博士やジョーカーといったフィクションの世界ならともかく、実際の「シリアルキラーおじさん」なんて魅力ゼロだし、ただの人生の敗者にすぎず、そんな連中がダークヒーローになる日は永遠にやってこないのだ。
 だとしても、世間からのブーイングなどどこ吹く風で、シリアルキラーの高齢化は確実に進んでいくだろう。ごく一部の中年たちに、おぞましい「共感」をあたえつづけながら。

 

     ※

 

 さて。
 こんなふうに偉そうなことばかり書いている僕だけれど、「シリアルキラーおじさん」たちを、上から目線で叩けるほど立派な人生ではなく、むしろ、いつそっち側に転がり落ちるのか怪しいというのが現状だ。この夏も引きこもっているせいで肌は白く、家族を海にも連れて行かず、酒飲みで絶望でふにゃふにゃしているアラフォーの男を、「人生の勝利者」と呼ぶのはむずかしいだろう。
 では。
 みなさんの人生はどうですか?
 よほどの完璧人間でもないかぎり、調子の悪い季節をすごした経験は、1度くらいあると思う。
 なにをやってもしっくりこず、あらゆる細工が裏目に出て、負けに負け、敗北の苦しみが痛みをともなうほどのものとなったときに、いっそ、その痛みを積極的に受け入れて、自分で自分にダメージをあたえることで、死へと進んでいく……。そのまま本当に自殺するかどうかはべつとして、そうなってしまう心の衝動は、なんとなく理解できると思うんだ。
 むろん、人生にしくじったからといって、だれもがそんな気分になるわけではないし、自殺をすすめるつもりもない。僕だって、できることなら生きていたい。これから先も、ふつうにまともに生きていたい。
 僕は38歳。明日からガラリと変わってすべてがうまくいくなんてことが絶対にありえない自分の人生を、棺桶を引きずるようにして持ちこたえながら、文句も云わず、わめき立てもせず、人間としての義務も捨てず、ただひたすらに耐えて、世間の迷惑にならないように生きたいと願っている。だけどそれは、なんと辛くて後ろ向きな願いなのだろう。
 やんぬるかな!
 ならば、このような、隘路(あいろ)にハマってしまった人生に、少しでも彩りをあたえてやることはできないか。もはや硬直して凝り固まった自分の人生に、ある種の癒やしをあたえてやることはできないか。できるとすればそれはいったいなにによってか。
 バンド活動である。
 冗談で云っているのではない。

 

     ※

 

 僕はいろんな才能がないけれど、音楽にかんする才能は、人に誇れるくらいゼロだ。
 小学生のころは、ピアニカがまったく演奏できず、居残り練習させられる始末だった。まあ、ピアノができるクラスメイトの橋本さん(美少女)に、放課後にマンツーマンで教えてもらえたから、それは結構いい思い出にはなったけれど、中学以降はろくな記憶がない。
 そんな僕だが音楽そのものはむかしから好きで、音楽雑誌を毎月読んだり、CDを買い漁ったり(CDということばに隔世の感がある)、エレキギターを手元に置いたりしていたのだった。下手の横好きなのか、不可逆性への反抗なのかはわからないが、できることしかやりたくない僕にしてはめずらしく、音楽というものはつねに生活の(そば)にあった。
 それもあって僕は、38歳になったというのに……いや、38歳になったからこそ、人生の道半ばで心の折れているそんな今だからこそ、バンド活動というものを、ちょっとばかりやってみようかと思ったわけだ。だれに褒められなくてもいいし、意味や価値がなくてもかまわない。趣味のようなものだ。
 そういえば、担当編集者の阿南(あなん)さんにも、「きみは趣味も持たずに生きているようだが、それって辛くないのか?」と聞かれたことがある(阿南さんは意外にも多趣味で、今は合気道と書道にハマっているらしい)。たしかに僕には趣味と呼べるものがなく、だらだらと仕事ばかりしていたし、結婚して子供が生まれてからはそれもおろそかになって、家庭とはなんなのか、夫・父親とはその中でなにをすべきなのかということを考えるのに時間を費やしていた。
 このように切ない人生を、趣味というものをうまく使って、ちょっとばかり回復させてもバチは当たるまい。というわけで僕は、数少ない友人知人に、「バンドがしたいバンドがしたいバンドがしたい!」とメールを送りまくった。
 その結果、ありがたいことにいくつかの返信があり、晴れてバンド結成となったのだった。
 全員のスケジュールがそろった7月某日、僕は子供を学校に送り出したあと、掃除と洗濯を終えて家を出た。ギターは持っていかなかった。ギターを背負ってふらふら歩いているところをご近所さんに見られたら、もうおしまいだからだ。

 

     ※

 

「ちすー。ひさしぶりー」「お待ちしていました」
 新宿のスタジオには、2人の男が待ち受けていた。
 彼らは同業者であり、かつ友人だった。
 引きこもっている僕にも、なんとかギリギリ友と呼べる者はいるのだ。
 僕は彼らに頭を下げて、「あ、どーもみなさん、ご無沙汰してます。遅くなってすみませんー」と挨拶したあとで、「えっと、じつは僕、ギターを持ってきてない……んです、けど」とぼそぼそ云うと、「あそーなの?」「では借りてきましょう」と、スタジオの受付に掛け合ってエレキギターを1本、レンタルしてもらった。こんなふうに気兼ねなく甘えるのはひさしぶりだったので気分が爽快だった。
 スタジオに入る。8畳ほどのそこには、アンプやドラムといった、これこそまさにスタジオとでもいうようなアイテムが詰めこまれていて、それを見た僕は、ショーケースに飾られたトランペットを見つめる黒人少年よろしくうっとりした。そんなスタジオには、僕のために急遽用意されたエレキギターがあった。退色したバタースコッチブロンドが美しいクラシックなギターだ。肩にかけてみると吸いつくように体になじみ、うわープロっぽいなあと、素人みたいなことを思った。
 役者はそろった。
 セッション開始だ。
 僕はレンタルのギターを、もう1人は持参したギブソンのギターを、そして最後の1人は、ポケットからiPhoneを取り出した。
 ギャグをやっているわけではない。
 このバンドにはリズム隊(ベースとドラム)がいないので、事前に用意したトラックをiPhoneで再生するしか演奏の方法がないのだ。
 というわけでiPhoneをアンプにつなぐと、意外というべきかすばらしいトラックが流れた。これはわりといけるかもしれない。スタジオにいる僕たち3人はこのような確信に同時に至り、そしてまた重大な問題にも同時に気づくのだった。
「……ボーカルいないじゃん!」
 ボーカルといえばバンドの花形だが、高校生の青春バンドならともかく、平均年齢がおそらく40すぎの僕たちにとって、人前で歌うというのはハードルが高く、メンバーの2人に頼んでも、「いえ、僕は歌には自信がありませんから」とか、「歌ってるところを友だちに見られたら恥ずかしいし……」とか、全然やる気になってくれない。そして僕自身も、「音楽の成績、オール1だったので! オール1だったので!」と、まわりが引くほど全力で固辞するのだった。
 議論の結果、よく考えたらトラックを流したあとでなにもしていない人がいることが判明して、iPhone担当がボーカルに決まった。
 すると、メンバーの中でだれよりも根が真面目なiPhone担当は、いざ歌うとなったらちゃんとしたオリジナルソングを作るべきだと主張しはじめた。そういえば僕たちはスタジオに集まったというのに、なにを演奏するのかもろくに決めていなかった。
 iPhone担当は云った。
「やはりバンドをはじめたからには、メジャー志向でやるべきですから、コミックソングでお茶をにごしたり、マイナーな音楽で自己満足したりするのはよくないと思います」
「そ、そうですね」
「僕たちの世代にとって、メジャーと云えば小室哲哉です。なので、彼が発明した『Get Wild』コードを使いましょう」
「なんすかそれ……」
「名曲、『Get Wild』のサビに用いたコードはとても優秀で、それをくり返すだけで1曲作ることができるほどですし、その証拠に、西野カナや槇原敬之といった超有名アーティストの代表曲でも、『Get Wild』コードを使って作られているものがあります」
「そういえば西野カナって、30歳で結婚して活動休止したんですよね。ライフプランをちゃんと考えてるんだなと思って感心しましたよ」
「どうしてそんなことを知っているのですか?」
「さ、さあ……。なんの話でしたっけ?」
「『Get Wild』コードです。僕たちは3人とも、音楽スキルがミジンコレベルです。なのでいきなりオリジナル曲を作るというのは無謀でしょう。ここはやはり天才音楽家、小室哲哉に頼るべきではないでしょうか」
「作家ワナビーが小説をパクって書くみたいな?」
「パクリではなく、有効活用です」
「うーん、僕、小室世代だけど、あんまりハマらなかったんですよね」
「でも、『Get Wild』は好きでしょう?」
「たしかに、『Get Wild』は好きですよ」
「それが真理です。『Get Wild』が嫌いな人などいません」
「本当だ……。『Get Wild』を嫌いな人に今まで会ったことがない!」
「つまり『Get Wild』は別格なのです。はじめましょう」
 というわけで、iPhone担当がちょいちょいとiPhoneをいじると、スタジオのアンプから、ドラムの4つ打ちとコードが流れた。僕ともう1人のギターは、それに合わせて演奏をはじめる。まあ演奏といっても、僕の場合はパワーコード(指2本だけで弾けるかんたんなもの。だれでもカート・コバーンになれる)を弾くだけなので、テクニックというものはまるでなかったが、それでも僕の技量では、リズムに合わせて弾くだけでも難儀だった。指が痛い。腕が疲れた。こんなものを5分も10分もやるなんてミュージシャンはどうかしている。
 疲れきった僕はiPhone担当に目を向けて、
「なんでもいいから! なんか! 適当に! 歌ってみてください!」
 と叫んだ。
 するとiPhone担当は、最初のうちは音域を調整するように、「ら、ら、あー、らららー」と、壊れた小田和正みたいにうなっていたが、やがて調子をつかんだらしく、このような歌を放ったのだった。

 

 アスファルト 駆け抜ける 車 速い

 

 この野郎、ふざけやがった! やらかしやがった! っていうかこれ、原曲の『Get Wild』に相当ひっぱられてるし! しかもすごく意味のない歌詞だし……。だけど僕はゲラゲラ爆笑して、この勇敢な第1歩を評価した。そしてギターを弾きながら、「ぎゃははは! いいっすね! そのままBメロ行っちゃいましょう!」と発破をかけた。
 するとiPhone担当はまたしても、けったいな歌詞をくり出すのだった。

 

 こんな夜は 寒いから 冷えるね

 

 寒いから冷えるって、頭が頭痛になるほど重複してる……。とはいえこれは、iPhone担当氏のために断っておくと、ちょっとした言語テクニックであり、そして僕はむかしから、くだらないことに技術を投入するのが大好物だったのでワクワクしっぱなしだった。ひょっとしたらこのセッションで名曲が生まれるのではないか。僕はそんなことをわりとマジに考えながら、歌のじゃまにならないようにていねいにパワーコードをかき鳴らした。
 このようにして生まれた曲の全貌は、以下のようなものである。

 

 アスファルト 駆け抜ける 車 速い
 アスファルト 駆け抜ける 車 速い
 アスファルト 駆け抜ける 車 速い
 アスファルト 駆け抜ける 車 速い

 

 こんな夜は 寒いから 冷えるね
 こんな夜は 寒いから 冷えるね
 こんな夜は 寒いから 冷えるね
 こんな夜は 寒いから 冷えるね

 

 ああ 傷ついた 羽を抱えて
 ああ 傷ついた 羽を抱えて

 

 今夜は早めに お家に帰って
 今夜は早めに お風呂に入って

 

 そしてぐっすり お休み My Angel
 そしてぐっすり お休み My Angel

 

「すごい……できた」「名曲が誕生した!」「わりといいんじゃね?」
 僕たち3人は、そのあともゲラゲラ笑いながらセッションをつづけて歌を完成させ、スタジオを後にした。
 こうして、学生のうちにすませておくべきレベルのイニシエーションにたっぷり興奮した僕たちは、スタジオ練習のあとはファミリーレストランで打ち上げ&反省会をするのがセオリーということで、ダメ押しのように、若者たちがむらがるファミレスで食事をした。録音したばかりの曲を、イヤホンを回して聞いた。そんな姿もまたセオリー通りだった。
 人生に疲れた中年の男が、気心の知れた友人たちとバンドごっこをやって1曲作り、ちょっとばかりいい気分になるなんて、あまりにもつまらない光景だとみなさんは云うだろう。たしかにそれは認めてしまおう。こんなものはつまらないと断言してしまおう。だけど僕にとってこの1日は、代替不可能の貴重なものだった。失敗つづきの僕にとって、それはすばらしい心の安らぎとなった。
 そうなのだ。アスファルトを駆け抜ける車が速いのは当たり前で、僕たちはそんな当たり前の現象世界に生きるほかない。そこは夜になれば当然のように気温が下がり、寒くなれば冷える。きびしい環境下にあれば、羽だろうとなんだろうと傷つく。そんな夜は早めに家に帰り、早めに入浴するべきだし、ぐっすり眠ってお休みMy Angelなのだ。これは若者ではなく、僕たちのための歌なのだ。

 

     ※

 

 ここまで書いたところで、阿南さんからメールがきた。
 どうやら打ち合わせのお誘いのようだが、メールの最後に書かれた、「おもしろい現象が起こっています」という一文が気になった。
 待ち合わせ場所に行くと、阿南さんは今回も毘沙門天の中心に立っていた。会うのは年明けの打ち合わせ以来だったが、令和になっても阿南さんの雰囲気はあいかわらずのままで、僕は少しだけほっとした。
 僕たちは近くにある中華料理屋に入り、紹興酒で乾杯した。
「『青春とシリアルキラー』の連載も、そろそろ折り返し地点だな」
 阿南さんはまず最初にそう云った。
 僕たちはかつて、14歳で猟奇殺人事件を起こした、とあるシリアルキラーにまつわる文章を書いたのだが、雑誌編集部から掲載拒否を食らい、内容を大幅に変えることとなった。それから数年後、その出版社の子会社に再就職した阿南さんから、「あのつづきを、俺といっしょに書かないか?」と、ふたたび依頼されて、『青春とシリアルキラー』はスタートした。それは子会社の公式サイトで連載され、たしかに半分を迎えようとしていたが、いったいそれがなんだというのだろう?
「じつはな、連載が後半を迎える前に、きみに知らせておきたいことがある」
「それがメールに書かれてた、『おもしろい現象』ってやつですか?」
「きみ、エゴサーチはしているか?」
「最近はしてないですね。『エゴサーチ』ってことばが生まれる前は、めっちゃチェックしてましたけども。あ、ひょっとして、僕に殺害予告があったとか?」
「そういうわけではない」
「シリアルキラーからコンタクトがあったとか?」
「そういうわけでもない。ただの読者からの感想だ」
「なーんだ」
「先日、『青春とシリアルキラー』の反応をネットで漁っていたときに、ある共通する感想を見つけてな。それが、これなんだが……」
 阿南さんはスマートフォンを操作すると、Twitterの画面を僕に見せてきた。
 そこにはあまりにも、あまりにも意外な2つの「感想」が書かれていた。

 

 ほんと今更読んでるのかよってかんじですがこのユヤタンのコラムめちゃくちゃ良いな

 

 これエッセイだったのね…
 私が佐藤友哉さんを知った作品の裏話がある…

 

 は?
 なにこれ?
 まともな読者のために補足しておくと、「佐藤友哉」というのは、『青春とシリアルキラー』の作者の名前であり、「ユヤタン」というのは佐藤友哉の愛称だ。それはそれとして、「コラム」や「エッセイ」とはいったいなんのことだろう?
 僕は混乱していたが、阿南さんはそんな僕をさらなるパニックに突き落とすようなことを云った。
「これはつい最近のことなんだが、とある小説家と話をしたんだ。その小説家は、きみの連載を読んでいるらしく、『あのエッセイ、すごくおもしろいですね』と、俺に感想を云ってきたよ」
「なんで……」
「うん?」
「なんで、そうなるんです? ちがいます。ちがいますよ。だって僕が書いてるのはコラムでもエッセイでもなくて」

 

「小説です」

 

「もちろんそうだ。俺たちが作り上げているのは小説だ」
 阿南さんはわかっているというふうにうなずいたけれど、僕の気分はそのていどでは回復せず、それどころか阿南さんにまで腹が立ってきた。
「なんですかこれ。え。なんでこんな勘違いをされなくちゃならないんですか。エッセイとかコラムとか、そんなんじゃないでしょ。ふつうに小説書いてるでしょ。ジャンルが全然ちがうでしょ。なんでそうなるんですか。意味わかんない。僕はチャールズ・ラムかっての!」
 定義の話をしよう。
 コラムやエッセイというのは……ものすごくざっくり云えば、作者の思想・感想をまとめた散文であったり、作者があるテーマを個性的な角度で解釈し、その実感を素直に書くことなどを指す。
 ようは作者の私と、エッセイの中に出てくる「私」が、すっかり同一人物であることを、作者と読者の両方が、暗黙のうちに了解しているジャンルだ。
 そんなこと、僕はちっとも了解しちゃいない。
 僕は小説を書いている。
 そうである以上、やはりこれは小説なのだ。

 

     ※

 

 テーブルに、くらげとピータンと棒々鶏(バンバンジー)が運ばれてきた。阿南さんはくらげをボリボリ食べはじめたが、僕は食事どころではなく、紹興酒をグラスの半分ほど飲んでから云った。
「いや……だってですね阿南さん、ちょっとよく考えてみてくださいよ。僕が書いてるものは、どこにでもある、作者の生活をもとにしたフィクションですよ」
「俺もそう思う。いっぽうで、そう思わなかった読者もいる」
「僕の小説が、コラムだのエッセイだのというふざけた感想は、ほかにもあるんですか?」
「見つけられなかったが、潜在的にはもっとあると考えていいだろう。俺に感想を伝えたその小説家も、『青春とシリアルキラー』をエッセイだと思っていたわけだしな」
「なんてこった」
 僕はわかりやすく頭をかかえて、
「僕の書き方って、そんなに下手ですか……。そりゃ、まぎらわしい部分はあるでしょうけれど、私小説が盛んな日本に生きているなら、いちいち説明しなくたってこれくらいわかると思ってたんですけどね。それとも、あれですか? 世間では、『蒲団』はエッセイとして読まれているんですか?」
「世間は『蒲団』なんざ読まないさ」
「じゃあ、『ちびまる子ちゃん』はノンフィクションなんですか?」
「ノンフィクション漫画というジャンルはある」
「混ぜ返さないでくださいよ。とにかく、作者の実体験があったとて、物語は物語なんです! そんなこともわからないやつとか、どんだけ文章が読めないんだって話ですけど!」
「きみ、ずいぶん荒ぶってるな」
「半分近く連載してた小説が、読者からエッセイと思われていたら、そりゃ荒振神(あらぶるかみ)にもなりますよ」
「俺はこの状況を悲観しないし、むしろ、そんな読み方もあるのかと新鮮に感じたが」
「どこが新鮮なものですか。現実と虚構の区別くらいつけろって話ですけど!」
 ちがう。
 僕が怒っているのはそこではない。
 阿南さんは煙草(たばこ)に火をつけて、2、3回ふかしたあとで、
「ドストエフスキーが小説を新聞連載していたとき、多くの読者がそれを、本当のできごとだと思いこんで読んでいたというエピソードがあったはずだ。真実だと誤解されながら読まれるというのは、フィクションにとって幸福だと俺は思うよ」
「そばを食べてる客が、『大将、このラーメンうまいね!』ってほめたら、そば屋の大将には客をぶん殴る権利があると僕は思いますよ……まあ100歩譲って、それがラーメンみたいな味のそばだったとしても、店の暖簾(のれん)には、『○○そば』とか『そば処○○』とか書いてあるわけだから、その場合、悪いのはやっぱり客のほうじゃないですかね」
「ん?」
「なんですか。僕、おかしなことは云ってませんよ」
「今のたとえは、ジャンルの話をしているのか?」
「ずっとその話です。『青春とシリアルキラー』が、エッセイでもコラムでも日記でもブログでもなく小説ってことは、そもそもサイト内にちゃんと表記されてるわけだから……」
「していない」
「そんなわけないでしょ。してますよ」
「いや、していない」
「…………」
 嫌な予感がしたので、あわててスマートフォンを取り出すと、僕の連載が掲載されている公式サイトに飛んでみた。果たして、『青春とシリアルキラー』のトップ画面には、『「ダンテ&シリアルキラー」シリーズ天国篇。』というコピーがあるだけで、ジャンルは書かれていなかった。っていうか、なんの説明にもなっていないこの意味不明なコピーはいったいなんだ! ちゃんとやれ!
 ちがう。
 僕が怒っているのはそこでもない。
 たしかに僕は今、自分の小説をエッセイと勘違いされたことで怒っている。だけどそれは怒りの本質ではなかった。なぜならこうした「誤読」というのは、小説家を長いことやっていれば、ひんぱんに遭遇する事態で、今さらめずらしくもなんともない。
 僕は悲しくて怒っていた。
 悲しくて悲しくて、それで怒っていた。
 僕はこの連載で、「自殺したくなった」「死にたい」「もう死のう」「自殺」「自殺」「自殺」「自殺」と、くり返し書いてきた。死という選択肢が、自分の近くをひたひたと這い回っていることをなんどもアピールしてきた。自分の自殺願望についてたっぷり語ってきた。

 

 この文章を、コラムやエッセイだと思ってるのなら、じゃあどうしてだれも僕の心配をしなかったんだ?

 

『青春とシリアルキラー』をフィクションではなく、本当にあったことについて書かれた文章だと思っていた人たちは、じゃあどうして、死にたい死にたい死にたいという僕の叫びをスルーしたんだ? 死にたがっている人を前にして、なんのリアクションもしないのか? そんなにも薄情な人間なのか? あるいは、この自殺願望だけは嘘の告白とでも思っているのか?
 なにを根拠に?
 なんでそうなる?
 ひょっとして、あの力学が作用しているのだろうか。
 みんなを死なせてきた、れいの力学が。

 

 自殺者の多くが、死の直前に、サインと呼べるものを(のこ)した。

 

 あの小説家も、あのライターも、あのミュージシャンも、あの漫画家も、作品やことばの端々に、「死ぬ」というような意味のことを書いて、だれもがそれになんとなく気づきながらも、そういう芸風なのかなと解釈したり、実際には死なないだろうと根拠もなく思ったりしてやりすごし、それでとうとう本当に死んでしまったあとで、「思い返せば予兆はあった」とか、「自殺を止められなくて悔しい」とか、つたない弁解をはじめる。
 どれほどの死にたがりでも、生きているかぎりは、死ぬとは思われない。
 その力学を、僕は恨む。
 ここに書かれた文章が、僕の実際の感情を描写していると思った人がいたとして、もうそれはそれでいい。でも、だとすれば、その人は、僕のことをちょっとくらい心配してくれてもいいじゃないか。「大丈夫?」の一言くらいあってもよさそうだし、それが人間というものじゃないのか。
 それともあれか、僕が死んでもなんとも思わない?
 死ぬならさっさと、「1人で死ね」とでも思っている?
 それなら……と思う。「それなら」僕は、これまで自己完結していた「死」というものを、むしろ外部に広げてやりたいと思う。「それなら」僕は、圧倒的な無視と孤独に耐えかねた魂を、激烈な怒りで震わせてやろうと思う。「それなら」もう知ったことか。「それなら」こちらにだって考えはあるし、「それなら」好きにやらせてもらう。
 死なばもろとも。
 そんな気持ちになる。
 死なばもろとも。
 それは、人生に負けつづけた人間が最後に到達する、悲しい呪いの歌なのだ。

 
(07につづく)

毎月更新

更新情報はTwitterでお知らせしています。

佐藤友哉(さとうゆうや)プロフィール

佐藤友哉(さとうゆうや)1980年北海道生まれ。2001年『フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人』でメフィスト賞受賞。2007年『1000の小説とバックベアード』で三島由紀夫賞を最年少で受賞。他の著書に『クリスマス・テロル invisible×inventor』『世界の終わりの終わり』『デンデラ』『ナイン・ストーリーズ』『転生! 太宰治 転生して、すみません』等がある。