04 息子と死体をさがしに――ふつうの人間が読んで共感してくれる文章を目指して――令和元年とシリアルキラー高齢化問題

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 井の頭公園で死体が見つかったというニュースが流れたその週の日曜日、僕は息子を連れてさっそく出発した。
 園内に広がるボート池には、すでに大量のスワンボートが浮かんでいた。カップルや観光客が、白鳥の首をつけたボートを楽しそうに漕ぐその様子は、井の頭公園のおなじみの風景ではあったけれど、数日前にこのあたりで死体が浮かんでいたことを考えると、なんとなく不謹慎に見えた。
 とはいえ僕に、そんな上から目線の指摘をする資格はない。なにせ僕ときたら、ボート池と、その隣にある小さな池を区切るようにして作られた橋に立ち、死体の見つかった場所について息子と議論しているのだから。
「パパ、ここ?」
「ニュースだと、このあたりで見つかったって」
「どっちの池に落ちた?」
「ひょうたん池じゃないかって話らしいよ。ほらこっちの、小さいほうの池」
「つまずいて落ちた?」
「うーん、ひょっとしたら、そうかも……」
「かも!」
「かも?」
「パパ、ほらあそこ。ボート池のほう」
「あー、本当だ。カモだね。もぐった。出てこなくなっちゃった」
「あれはなんていう名前のカモ?」
 こうして話してみるとよくわかるが、6歳児というのは、ふつうに人間だ。
 息子がまだ幼児のころは、ことばにも動きにもヨチヨチした乳くさい感じがあったが、小学1年生になった今では、コミュニケーションにかんしては大人のそれと変わらず、それもあって、息子には自意識が宿っているようにしか見えなかった。チューリングテストをやらせたら、まずまちがいなく、「この対象には、知能があります」と判定されるだろう。つまり僕の息子は人間というわけだ。
 だからひょっとしたら息子は、自分が6歳のとき、父親といっしょに死体さがしに出かけたことを、死ぬまでおぼえているかもしれない。

 

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 平成31年4月、井の頭公園の池に、高齢女性が浮いているという通報があり、その後、死亡が確認された。遺体は60〜70代と見られる女性で、目立った外傷はなく、水を飲んだ痕跡があった。身元不明。警察は事故と事件の両面で捜査をつづけている。
 そんな第一報だけをたよりに、僕たちは井の頭公園に向かった。
 死体さがしなんてものを、子連れでやるなんてどうかしているという声もあるだろうが、『スタンド・バイ・ミー』(1回も観たことないけれど)が感動作あつかいされている世の中においては、そこまで異常な冒険とはいえないだろうし、現場検証も終わっているのだから、ツアーのように安全だった。
 僕は腰をかがめて、ボート池の反対側にある、ひょうたん池と呼ばれる小さな池をのぞきこむ。そこはいかにも東京にありそうな、うす汚れた池だった。ネットの情報を信じれば、老婆の死体はひょうたん池で見つかったらしいが、そこはテニスコート半分ほどの広さで、深さといったら膝下くらいしかない。わずか数センチメートルの水位でも人は溺死するというのは、よく知られたトリビアだが、こうして実際に見てみると、老人といえども、ここで溺れ死ぬのはむずかしいように思えた。
 息子も僕の真似をして、ひょうたん池をのぞきこむ。吉祥寺にある東急百貨店で買ったばかりの帽子の下で、2つの瞳が興味深そうに輝いていた。
 僕は云った。
「本当にこっちの池で死んだのかな。それなら逆に怖いな」
「怖くないよ。浅いよ」
「いやまあ、そうだけどさ。情緒の問題だよ」
「パパ、じょうちょってなに?」
「僕たちに欠けてるものだよ」
「パパ、さっきのカモ、またもぐった!」
「ちなみに死体が見つかったのは、朝の7時だって」
「朝の7時。結構早い!」
「だからひょっとしたら、夜のうちに死んだのかもしれない」
「夜に歩いて、じゃぽんと落ちたとか?」
「いいね。ちゃんと推理ができてる。ほかには?」
「暗くて見えないから、うしろから押されたっていう可能性がある」
「可能性なんて、いつおぼえたんだ」
「パパが教えたよ」
「そうだっけ……。死体、もう、なさそうだね」
「じゃあボート乗ろうー」
 息子にはいくつかすぐれた点があって、その1つが、まるで執着心がないことだ。
 今回の死体さがしを、息子は楽しみにしていた。というのも息子は……小学生の男子なんて、みんなそうだろうとも思うが……ちょっと怖くて不謹慎な話に目がないのだ。UFO番組がはじまったら食い入るように観て、僕が『死に山』という物騒なタイトルの本を読んでいたら、「それ、おもしろい?」と質問して、学校でもらってきた放射性物質の手引書にも興味津々だった。そんなわけなので、井の頭公園で死体が見つかったというニュースを聞いた彼はウキウキしどおしだったが、こうして満足すると、すっと関心をうしなうのだった。今もシリアルキラーにこだわっている僕とくらべて、なんと健全だろう。
 僕と息子はスワンボートに乗りこむ。
 肉体労働はいつだってパパの役目だ。運動不足の僕が、「ぬぐぉぉぉぉ根性ぉー!」と叫んでペダルを漕ぐと、息子はゲラゲラ笑いながら、ハンドルをわりとうまく切って、スワンたちのあいだを縫うように進んだ。息を吸うと水のにおいがした。4月にしては気温が高く、僕は健康的に汗をぬぐう。水面が光を反射して、息子の笑顔を照らした。それはよくある休日の風景であり、僕が望んだ天国のはずだった。

 

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 それで結局、僕は死体さがしをちっとも楽しめなかった。
 だいたい、第2の死体なんてはじめから存在しないのだから、こんなのは茶番以外のなにものでもない。『歳を取るというのは、わかりきって飽き飽きしている冗談で笑うことだ』というフレーズが、阿南(あなん)さんにオススメされた『世界不死計画』という本に書いてあったのを思い出した。
 僕が17歳のころに熱中した、れいのシリアルキラーをピークとして、他人の起こした事件にシンクロする回数がすっかり減ったのを感じる。
 もちろん僕が成人したあとも、インパクトのある事件はたびたび発生して、世間を騒がせた。それに対して若者が敏感に反応したり、学者先生がうまいコメントを云ったりしているあいだ、僕はだいたい、ぼーっとしていた。そして気づくのだ。ああこれは、僕が若いときに見て軽蔑した親の反応にそっくりだ、と。そして僕は実際に、今はもう多感な若者ではなく、1人のお父さんだった。僕のいるべき場所は変わったのだ。
 スワンボートを堪能した僕たちは、園内の広場にもどってきた。
「パパ、おやつの時間だからアイス食べたい」
「ちょっとまって……休憩させて。ボートで疲れて、脚が死んでる……」
「休憩してもいいよ。ねえ、アイス食べたい」
「アイスじゃなくて、なにかべつのもの食べない? 運動したら、お腹すいちゃった」
「パパは食べてていいよ。アイス食べたい」
「アイスって……でも、昨日も食べただろ」
「どうして昨日食べたら、今日食べちゃだめなの?」
「たしかにそんなルールはないけども」
「じゃあ食べるー!」
 息子は売店に向かって駆け出した。
 買いあたえたソフトクリームを、息子がベンチにすわって食べていると、甘いにおいでも嗅ぎつけたか、たくさんのアブラムシがやってきた。あわてた息子が、「むし、むし、むしー!」と絶叫して手足をばたつかせ、そのせいで帽子にソフトクリームがめりこんだ。
 すぐ目の前にあるこの光景が、「家庭の幸福」なのだとすれば、そろそろ受け入れるべきではないかとは思っている。「なんかよくわからないけどここじゃない気がする」とか、「自分はいったいなにをしているんだ!」とかいった、その手の動揺とは縁を切るべきとは思っている。なのにどうしても、うまくできない。きっと僕はまだ大人になっていないのだろう。
 たとえばスマートフォンに向かって、「OK Google。大人ってなあに?」とたずねたら、
「ジュウブンニ成長シテ、1人前ニ成熟シタ人ノコト、デス」
 とでも答えるはずだ。
 だけどそれって、自分の過去を葬り去るのといっしょじゃないか。
 これまで積み重ねてきたものをぶっ壊して、新しいもので満たすなんて、来年のオリンピックに向けて再開発している東京とおなじだ。ならば僕は僕のオリンピックを成功させたところを世界に見せつければいいのか。それはそれとして、自分を破壊しないと「家庭の幸福」が手に入らないのだとすれば、なんとおそろしいことなのだろう。
 ちなみに僕の考える「家庭の幸福」というのは、夫婦がいて、子供がいて、あとは犬や猫なんかもいて、家と車がある。それで子供に英語学習をさせたり、妻は社交ダンスやエステに通ったり、そうして自分は外で酔っ払うと、「家庭なんてものがなけりゃ、おれは革命を起こせるんだけどなあ」などとぼやくというものだ。
 まあ、こんなふうに書いたら、「つ……つまらん!」と云われるだろうし、実際につまらんとも思う。ただこまったことに、どうやら僕は、このつまらん場所にたどりつくために、自分を破壊しなければならないし、ずいぶんと努力しなければならないようなのだ。とりあえず最近の目標は、ちゃんとした大人になって、ふつうの人間が読んで共感してくれる文章を書くことだった。
 というわけでみなさん、僕の書いていることがわかりますか?
 もし僕がなにかまちがっていたら、馬鹿にしても同情してもいいから、「家庭の幸福」に至る方法を、ちょっと教えてくださいよ。僕はもう、するべきことをみんなやってしまったんです。仕事して、上京して、結婚して、子供もいて、あとは、そう、家も買ってあるんです。僕には帰るべき家まであるのだ。あってしまっているのだ。

 

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 家に帰ると妻はどこかに出かけていて、息子は不満そうだったが僕はなんとなくほっとして、学校の宿題を手伝ったり、息子に麦茶を飲ませたりした。ソフトクリームのついた帽子を洗い、夕飯の仕込みもすませた。僕は毎日こんなふうに、ふつうの人間がやりそうなことをやっている。それなのに、人間の生活の上辺だけをなぞったような、演技の果てのようにしか感じられないのはなぜだろう。こまったものだ。家まで買ったのに。
 この家を買ったのは、子供が生まれるので、壁の薄い集合住宅で息をひそめて育児するより、いっそ家を手に入れたほうがいいという妻の発案によるものだったし、物件を見つけてきたのも妻だった。そして僕はといえば、意見らしい意見もないまま、持っているすべての金を妻に渡した。それだけだった。「夢のマイホーム」ということばもあるように、家の購入とは、人生における大きなイベントであり、男の決断が必要とされるらしいのだが、僕には新しい感情が芽生えることはなかった。それでも子供はぶじに生まれて、この家の中ですくすく育ち、ゲームが大好きな小学生になった。
「パパ、マリオカートやろう」
 息子がコントローラーを持ってきたので、いっしょに僕たちはマリオカートをプレイする。息子のあやつるヨッシーがアカこうらを投げてきたので、僕のキノピオはバナナを使ってそれを防ぎ、間髪容れずにミドリこうらをうしろに投げた。ヨッシーは急いで回避したようだが、迫ってきたクッパに攻撃されたらしく、コースを大きくそれた。
 息子が叫んだ。
「ぶっころす!」
「そんなこと云っちゃだめだよ。よくないことばだから」
「はい」
 息子の態度が従順なのは、深く反省しているからでも、ゲームに集中したいからでもないことを僕は知っている。小学校ではじめておぼえた「悪いことば」を、ちょっと使ってみたかっただけなのだ。彼の自我はこちらがあわてるほど強固で、頑としてゆずらないところがあるいっぽう、彼にとってなんの価値もないことは、さくっと譲歩する。なので注意を受けた息子はとくに気分を害することなく、楽しそうにヨッシーを動かしている。
 むしろ今の、「ぶっころす!」をきっかけに、気分がどんよりしたのは、僕のほうだった。
 先日、妻に怒られたことを思い出したのだ。
 僕の読んでいた『死に山』に息子が興味を持ったらしく、本の内容を教えてほしいとせがまれたので、ファンシーな表紙の自由帳に絵を描いて、ディアトロフ峠で学生たちを襲った奇妙な悲劇を教えていると、背後に妻が立った。その瞬間、自分がよくないことをやってしまったのを理解したが、気づかないふりをして説明をつづけた。自由帳には、なんとも奇怪なイラストがどんどん増殖した。
 その後、息子が眠ったあとで妻から云われた苦情を要約すると、どうも僕はすぐに、死ぬとか殺されるとかいった話を家の中でしているらしく、またそのせいで息子の死生観がフランクになりすぎていて、そのような家庭ではちっとも心が休まらないというものだった。
 たしかに僕は『死に山』なんていうタイトルの本を読み、今日だって息子といっしょに死体さがしだ。そんなものは父親が息子に教えるべき道徳ではない。そんなものは一般的な「家庭の幸福」には必要ない。わかっている。よくわかっている。だけど弁明させてくれるのなら、たったひとこと、「早計」。
 死の話をしすぎていたのはみとめるが、だけど僕が、その死というものを、家族から遠ざけようとどれだけ心を砕いているのかをごぞんじか。死というものはびっくりするほど身近にあって、気を張っていないとそいつがいきなりやってくることをごぞんじか。息子から、「ぶっころす!」ということばを排除して、みんなで飛行機に乗るときはなるべく後方の座席を指定して、電車に乗るときは変態が同乗していないかチェックして、道を歩くときは電動アシスト自転車で猛スピードで走ってくるアホをさがして、それで僕は毎日クタクタになっているんだぞ……ということを妻に云うつもりはなかった。実際になにか大きなことが起こったら、そのていどでは防ぎようもないことがわかっていたから。僕のささやかな父性では、妻の母性と張り合えるはずがないのだ。
 妻がいないのをいいことに、僕たちはゲームをつづけた。息子はプレイ中、井の頭公園の死体の話をすることはなかった。マリオカートの総合成績は、僕が1位で息子が5位だった。

 

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 4月の終わりとともに平成が去り、新しい元号が幕を開けた。
 そして令和元年5月、東京の隣町で、20人連続殺傷事件が発生する。
 スクールバスに乗るためにならんでいた小学生の列に、男が包丁を振り回して襲いかかったというのだ。僕はそのニュースを、息子を学校に送り出したあとでつけたテレビを観て知った。生中継の映像には、いくつかの血だまりが映っていた。
 犯人がすぐに自殺したこと、遺書や犯行声明文がなかったことなどから、事件はその深刻さのわりには騒がれず、わずか数日でトップニュースの座を降ろされた。たしかにこの事件からは、陰惨な内容にもかかわらず、劇場型犯罪につきものである、過剰なまでの自己アピールの匂いはしなかった。
 べつにここで、犯人の心理分析や、動機を推理する気はない。
 ただ僕は今回の事件によって、ある1つの予感を得た。

 

 それは、シリアルキラーの高年齢化。

 

 僕は今回の事件を知るまで、だいたい10代から20代くらいまでの、青春状態にある若者だけに、シリアルキラーとなるいわば特権のようなものがあると考えていた。その理由は、青春によってもたらされる孤独や鬱屈を放出するやりかたとして、決定的にまちがったものこそがシリアルキラーと信じていたからだ。ようは若いころの僕が、シリアルキラーに関心を寄せていた最大の要因は、ものすごくざっくり云えば、それが青春によるものだと思っていたことだ。だからこそ若い時代の僕は、人間の境界をひょいと超えてしまった彼らの気持ちが「わかった」と宣言して、感情移入までできた。
 今回の事件の犯人は、51歳だという。
 51歳というのは、青春が終わり、人生の折り返し地点もすぎた年齢だ……というのは、果たして正確な印象なのだろうか?
 総務省統計局のホームページを見てみると、去年の日本国民の人口は、65歳以上が全体の28.1%と過去最高なのに対して、15歳未満の人口は12.2%と過去最低で、ようは超高齢社会の渦中にあるのがわかる。そんな惨状もあってか、若者向けコミュニティサービスとして生まれてきたはずのSNSを、今や中高年がバリバリ活用していて、FacebookやLINEのメイン層は、40代から50代だという。もはや人口だけでなく、インターネットという若者文化さえ、中高年のものとなっていると云ってもいいだろう。つまり中高年にしてみれば、50代というのはまだまだ青春状態にあるというわけだ。
 出生率の低下がとまらず、平均寿命ばかりのびていくこの国では、これからさらに、若者たちの文化を年寄りが侵食するだろう。そんなのは、むずかしい計算をするまでもなく、ゾンビ映画を1本でも観ればわかるかんたんな道理だ。おそらくあと10年もすれば、ディズニーランドもスケートボードもヒップホップも、中高年たちが支配するにちがいない。
 だとすれば。
 シリアルキラーという手段もまた、これからは中高年が主流となって使いこなしていくのではないか?
 令和の時代になり、シリアルキラーは次なるステージに進んだ。
 中高年シリアルキラーの誕生だ。
 若者たちのカリスマでありカルチャーであったシリアルキラーという文化は、そう遠くないうちに、中高年たちのものになる。
 むろん、反論はあるだろう。「少子高齢化と、それによる中高年の若者文化の活用もわかるが、だからといって、シリアルキラーなんてわけのわからんものまで、こちらで使う気はない」と。だけどこの文章を書いている僕は38歳のアラフォーで、そんな僕は、れいの51歳の犯人の「孤独」に、ひさしぶりに共感しそうになっている。
 今回の事件を起こした51歳の犯人は、長いあいだひきこもり生活をつづけ、社会との接点がなかったという。そんな報道を裏づけるように、犯人の顔写真はずっと中学校時代のままだった。彼はたしかに51歳だが、同時に今もまだ中学生なのだ。すべてのひきこもりが幼稚で、かつ殺人者予備軍であるなどと云う気はないが、それでも彼の孤独と鬱屈が、今回の凶行に走らせた大きな要因だったことは否定できないだろう。
 彼の動機はわからなくとも、なにをやったのかは明白だ。ようは51歳の彼は、本来であれば若者が苦しむはずの心の問題に、中高年である自分自身の実感をかさねて、シリアルキラーという、やはり若者が使うべき概念でもって解消してしまったのだ。ひょっとしたらそれで、青春を取り戻したつもりなのかもしれない。
 まったく、なんという皮肉だろうか。歳を重ねることでようやく、「シリアルキラーなんて、ガキのたわごとにすぎない」と云えるようになったのに、まさか高齢化という社会問題とかかわることで、1児の父親となった僕の前に、ふたたびこうして生々しい問題となって立ちふさがるとは。今を生きる本物の若者たちが、今回の事件をどのようにとらえているのかは知らないが、僕たちはいったいなにが起こったのかを手に取るように理解できるし、自分につながる問題であるとも考えている。
 そう、これは僕たちにとって、じつにリアルな問題なのだ。結婚しようが子供を作ろうが、さらには家を買おうが、このような事件を起こす犯人と自分との距離は、ぞっとするほど近い。今回の犯人を、自分とはまるで関係のないモンスターと突き放すことはできないし、そう思っているのはけっして僕だけではないだろう。
 だとしても。
 だとしても僕は、理性をフルに使って、その共感を拒絶する。シリアルキラーおじさんなんて、そんなかっこ悪いものに共感なんてするものか。だいたい、51歳で死を決意するなんて、そんなのは結局、若いうちに死ねなかったからじゃないか。51歳まで生きた挙げ句、まともに生きられなかったことにショックを受けて、それで自分を殺すか他人を殺すかしか道がなくなってしまっただけじゃないか。人は若いうちに死にそびれてしまったら、がんばって最後まで生きつづけるしかないんだ。そんなのはわかりきっていることなんだ。だいたい中年のひきこもりと云ったら、僕だっていっしょだ。妻に心身ともにニートして、ほとんど外に出ない暮らしを何年もつづけている僕だっていっしょだ。めずらしくもなんともないし、あわれみや同情をもたらす要素でもない。僕をふくめた死にぞこないは、ひきこもりだろうと既婚者だろうと、その孤独を受け入れて、最後まで生きつづけるしかないのだ。
 なんてことを思っていたら、この事件の数日後、40代のひきこもりの息子を、その父親が殺すという事件が起こった。
 犯人である父親の証言と、犯行前のメモ書きを要約すれば、「息子が自宅隣の小学校の運動会について、音がうるさいと腹を立てていて、また20人連続殺傷事件のニュースを知ったことで、自分の息子もまわりに危害をくわえるかもしれないと不安に思った」という。
 この報道を知った僕はずいぶんおどろいた。だらだらと生きのびてしまった人間には、自殺か殺人のほかに、殺されるという第3の可能性があるなんて……。でもそれは、おどろいてみせることでもないのかもしれない。自殺も殺人も、よく考えたらきわめて危険なことであり、そんな発想を宿している者を排除しようという動きがあっても不思議ではない。事実、ネットをちょっと見ただけで、「1人で死ね」だの「ぶっころす!」だのといった強いことばが大量に見つかる。そしてそんなことを云っているのは、僕よりもずっと善良な人々なのだ。どうやらこの世界でちゃんと生きている人たちは、人生をしくじった相手に対して、まったく無邪気に殺意を押しつけてくるらしい。少なくともネットには、被害者となった40代の男性に対して、同情する意見はほとんどない。そんな彼らの殺意が、このような文章を書いている僕の死を求めないという保証もまたどこにもない。
 でも僕は、死にたくないし殺したくないよ。なにより殺されたくないよ。
 だから今日もがんばって生きている。
 死んだり殺したり殺されたりしないようにがんばって生きろ。それはひょっとしたら僕が云ってほしいことばなのかもしれなかった。あらゆる辛苦を耐え忍んで生きている僕や、人生の半ばで道に迷ったダンテが、天上から現れたベアトリーチェに云ってもらいたいことばなのかもしれなかった。だけど僕はダンテじゃないから、そんなことだれも云ってくれない……いや、ダンテだって結局だれにも云ってもらえなかったから、自分をなぐさめるために『神曲』を書いたのだ。うじゃうじゃと人間はいるけれど、かまってくれるやつはだれもいない。
 僕は今、1人で家にいて、昼間から酒をがぶがぶ飲みながら、この文章を書いている。妻は仕事でしばらく帰ってこないし、息子は学校に行っている。時間は腐るほどある。なのに、なにかをするための時間は圧倒的に足りていない。時間は腐るほどある。なのに、いつもなにかに追い立てられている。自殺のことばかり考えている。ひょっとしたら殺人について、もっと深く考えるときがくるかもしれない。
 機会はいつでも、僕の身近なところにある。刃物はすっかり研がれている。僕はそんな刃物を見て、これを自分と他人のどちらに突き刺すべきかを一瞬だけ考える。でも、答えは決まっている。僕は絶対にそんなものは使わない。臆病者の僕は、他人を殺すよりも自分を殺すほうがいいし、自殺するときは首吊りってむかしから決めているから。

 
(05につづく)

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佐藤友哉(さとうゆうや)プロフィール

佐藤友哉(さとうゆうや)1980年北海道生まれ。2001年『フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人』でメフィスト賞受賞。2007年『1000の小説とバックベアード』で三島由紀夫賞を最年少で受賞。他の著書に『クリスマス・テロル invisible×inventor』『世界の終わりの終わり』『デンデラ』『ナイン・ストーリーズ』『転生! 太宰治 転生して、すみません』等がある。