09 『セロトニン』の効用について——ベアトリーチェの不在——僕が話せることなんて宮本武蔵についてくらい

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 朝から妻がいないので、家事を終えたあと、()り溜めていたテレビ番組を観ることにした。
 それは、『ひとりキャンプで食って寝る』というタイトルで、じつは前からキャンプをやってみたいと、ひそかに思っていた僕にとって、うってつけのドラマだった。
 さすがに、「ひとりキャンプ」の場面だけでは物語にならないらしく、ドラマの前半部分は主人公がほかのキャンプ客とコミュニケーションをとっている場面だったのでそこは飛ばして、主人公がテントを張り、火を(おこ)して、ソーセージを焼きながら缶ビールを飲み、「ああ、いいなあ」となっているシーンを観た。
 しかしいくら待っても、求めていた効能がやってこない。僕が願っていたキャンプを、代わりに主人公がやってくれているというのに、「ああ、いいなあ」という気分にちっともならない。
「あ」
 そして気づく。
 これ、僕がいつもやってることじゃん!
 そうなのだ。仕事で忙しくしている妻は、たいてい家を空けているし、子供も学校に行っているので、僕は基本、家で1人だった。さらにひきこもり体質なので、外で遊んだり人と会ったりするよりは、自宅ですごしているほうが気楽なこともあり、むしろ積極的に孤独を味わっていた。
 だれにも邪魔されず、気を遣わず、飲みたい酒を飲み、寝たいときに眠り、好きな料理を作る……という状況を、キャンプするまでもなく、家の中で体験していたというわけだ。それもほぼ毎日!
 ちなみに今日は、このあと小学校から帰ってくる風邪ぎみの子供のために、タマネギどっさりのオニオンスープを朝から作っていた。そんなスープに、オーブンで焼いたフランスパンを浸して食べ、さらにはワインを飲みつつテレビを観ながら、「ふうふう、あちあち!」なんてことをやっているのだから、もはや1人キャンプと変わらない。
 僕のこうした日常は、他人から見れば、「優雅」であり「自由」なのだろう。
 ではどうして、死にたくてたまらないのか。
 朝からこんなことをやっているから?
 だとすれば、「朝から」どうするのが正解だというのか。「朝から」必死こいて労働するのが正解?

 

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 朝からどうすれば幸せなのかわからなくなっている僕は、朝からどうすれば幸せなのかわからなくなっている主人公が出てくる本、『セロトニン』を、最近読み終えた。
『セロトニン』の主人公は40代のフランス人男性で、頭がよく、あるていどの資産を保有しているけれど人生に絶望していて、「幸せホルモン」とも呼ばれる神経伝達物質、セロトニンを増幅させる薬を飲むことで、なんとか現実にしがみついていたが、ある事件をきっかけに、すべてを捨てて失踪する……こんな本が50万部近くも売れているフランスはどうかしていると思うけれど、それはそれとして……僕は『セロトニン』を読んでもやはり、「ああ、いいなあ」とはならず、むしろ気が滅入った。
 先月観た映画、『ジョーカー』と、やっていることがいっしょなのだ。
 ジョーカーは貧乏で才能ゼロで非モテ。『セロトニン』の主人公はカネと才能はそこそこあってわりとモテている。このように真逆ともいえる2人だが、どちらも破滅の道を歩む。
 アメコミ原作でドタバタをやるのか、インテリが陰々滅々とするのかは、お国柄のちがいといったところかもしれないが、ようはまた結局、「中年男性は現代社会を生きにくい」という、おなじみの問題にやられて、どちらも心を病み、薬に頼り、女の幻想にとらわれ、自分の仕事をうまく果たせず、当初思い描いていたものとはまるでちがう人生に突き進んでしまうのだ。
 さっそくオチを云ってしまうけれど、ジョーカーは人を殺し、『セロトニン』の主人公は自殺することによって、それぞれの苦しみから解放される。
 殺人と自殺。
 僕はそのどちらに対しても、ああそうですか、ようござんしたね。としか思えなかった。なぜなら僕は既婚者で、小さな子供もいるのだ。彼らのように、他人の死や自分の死によって救われることはゆるされない。
 とはいえ、終わりの予兆は見えつつある。そろそろ自分を救わないと本格的にだめになってしまう気がする。僕は僕をすぐにでも癒やさなければならない。
 でもどうやって。

 

 Q.疲れた人生を救うものはなにか? 殺人と自殺以外で答えなさい。
 A.失踪と不倫!

 

 悲しいことだが、「癒やし」というものは、どうもこのあたりにしか存在しないらしい。
 そういえば『セロトニン』の主人公は、失踪の最中、まるで『ライ麦畑でつかまえて』のホールデン少年のように、さまざまな人物と会い、そこでいくつもの「癒やし」を体験・目撃する。たとえばそれはホテル暮らし。元カノとの再会。児童買春。そして銃。もちろんそんなことで主人公は癒やされない。
 もう時代がちがうんだよ。
 昭和じゃないよ令和だよ。
 先達が発明した「癒やし」のモデルケースを採用したところで、人生が回復しないことに最初から気づいているのが、僕たちの世代なのだ。
 という話を踏まえて、ここで唐突にF1の話をするけれど、なぜF1カーの形状が似通っているか、みなさんごぞんじですか?
 僕たちはつい、「だってあれが、計算と実験によって導かれた理想的なかたちだからでしょ」と思いがちだが、じつはそうではなく、F1カーを製作する人たちは、「速くてかっこいい車を作るぜ!」という情熱やドグマが先にあり、理論先行ではないらしい。とはいえF1はあくまでスポーツなので、規則(レギュレーション)によってサイズや重さ、エンジンを搭載する位置などが厳密に決められているため、結果として多様性がうしなわれてしまうということが、最近読んだ本に書かれていた。
 理想と現実との衝突。
 まさに人間の生活とおなじではないか。
 自分を癒やす方法をどれだけ考えたところで、それを人間社会という規則(レギュレーション)に合わせなければならないから、実際にやれることといえば、失踪や不倫、あとはキャンプくらいしかない。だから人生に疲れた大人たちは、あまり得策じゃないなと思いつつ、社会から逃げたり、好きでもない相手と寝たり、テントを張ったりするわけだ。そんなことで幸せになれるはずがないのを知りながら。
 かといって殺人という、規則(レギュレーション)を超えた手段に出たところで、はたして本当に癒やされるのかも疑問だ。こんなことを云ったら不謹慎かもしれないが、シリアルキラーの告白録を読むかぎり、ヒトをバラすのも魚を(さば)くのも、快楽のタイプはいっしょのように思えてならない。
 じゃあ自殺も「癒やし」にならない?
 それはまだ不明だ。
 なぜって自殺して生き返った人の感想を、だれも聞いたことがないから。
 朝からこんなことばかり考えている僕は、途中からドラマを観るのをやめて、ひたすら自分の内部にもぐりこみ、気づけばワインを1本空けていた。

 

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「パパ、火が弱くなってるよ」
 学校から帰ってくるなり、娘がそう云った。
 見ると、たしかに火が消えそうになっている。すぐさま灯油を追加して、耐熱ガラスにぶつかりそうになるほど火力を上げると、娘は満足したような顔つきになった。それは妻がまだ若いころから僕に向けてくれる表情にそっくりだった。
「本当は灯油ストーブじゃなくて(まき)ストーブを使いたいんだけど、東京じゃむりなんだ」
 僕は云った。
「どうしてむりなの?」
「煙が出るからだよ。お隣の洗濯物がよごれちゃうだろ」
「せちがらいね」
 娘は不意に、ぎょっとするようなことばを口にする。先日も……話の流れは忘れてしまったが……「なおのこと」と云った。なおのことなんて、僕だって使ったことがない。
 僕は火力を調節しながら、
「ひいじいちゃんの家だったらいいんだけどねえ。あそこは田舎だし、広くて、畑ばかりだから」
「ねえ、ひいおじいちゃんの家に行きたい。行って、イチゴを食べたり、シイタケの木をひっくり返したりしたい」
 娘は声の調子をいくらか高くして云った。
 はじめて娘を祖父の家に連れて行ったのは、彼女がまだ歩行の初心者といったころだが、東京では体験できない田舎の広さ、果ての見えない土地に、娘の幼い目が、ほうっと大きくなり、だだっ広い庭を必死によちよち歩いていた姿を、昨日のことのようにおぼえている。
 以来、娘は祖父の家のまわりを探検するのが大好きになって、棒で野犬を追い払ったり、今は使われていない馬小屋を秘密基地にしたり、ビニールハウスで優しく育てられたイチゴをこっそり食べたりしていた。僕自身も幼いころ、おなじタイプの探検をしたものだ。朽ちて動かなくなったトラクターに乗ったり、トウモロコシ畑で迷子になったり、(たこ)を揚げて野鳥と戦ったりという体験は、黄金色に輝く記憶として、今も僕の大切な部分にしまわれている。
「パパ、おなかすいた」
「ちょっと早いけど、ご飯食べようか」
 鍋のフタを開けると、じっくり煮込まれた結果のような焦茶色のスープが、滋味あふれる香りを立てた。僕はそんなオニオンスープと、フランスパンと、昨日の残りのミートボールをテーブルに置く。娘はパン食をモットーとしていて、あまり米を食べない。なので妻がいないときはいつもパン食だった。
 僕たちは静かに食事をとった。2人とも、祖父の家について考えるのに忙しかった。
 数年ほど前の冬、祖父の家で大量に積もった雪を目の当たりにした娘は、東京で買った薄手の手袋がぐしょぐしょになるのもかまわず、何時間もかけて雪だるまを作った。あとで祖父に聞いたところ、彼はあの雪だるまを家宝のように大切にして、除雪作業員にも、その一帯は片づけないでくれと頼み、春になって解けるまで毎日のように愛でていたらしい。そのエピソードを思い出したので聞かせてやると、娘はうれしそうな表情を浮かべた。
「ひいおじいちゃんの家に行きたい」
 娘はフランスパンをかじりながら再び云った。
「そうだな。来年に行こうか。雪が積もってるあいだに」
「あの写真、まだあるかな」
「写真?」
「猫の写真」
「ああ」
 祖父はかつて、その広大な土地に、馬だの豚だの犬だのを飼っていて、幼い僕は、そんな動物たちと遊ぶのが大好きだった。馬を追いかけたり、豚に追いかけられたりと、『アルプスの少女ハイジ』のように駆け回っていた。あのころを思い出そうとすると、なぜだか泣きそうな気持ちになる。
 動物たちは今はもう、すべて人に譲ってしまったが、当時の名残のように、祖父の家のまわりには、たくさんの猫がいた。猫たちはみんなシャイで、ほとんど姿を見せてくれないが、祖父にだけは懐いていて、彼が縁側で一服していると、1匹また1匹とひょこひょこ現れるのだった。だれが撮ったのかは知らないが、そんな情景を撮影した写真があり、それは祖父の家の居間に飾られていて、娘はその写真を心から愛していた。
「きっと今もまだあるよ。いい写真だからね」
 僕は云った。
「パパはどの猫が好き?」
「どうかな……。そんなにちゃんと見たわけじゃないから、なんとも云えない」
「赤色の猫が好き」
「そんなのいた?」
「いたよ。ひいおじいちゃんの足のところで寝てる猫だよ」
「こんどよく見てみるよ」
「ママの話を聞かせて」
「ママ?」
「ママの話を聞かせて」
 娘はこちらをじっと見た。妻と瓜二つの目だった。
 僕は長い年月のあいだ、ときには希望をいだき、ときには絶望しながら、それでも妻を追い求めたことを、子供にはあまり云えない部分を取りのぞいて説明した。
 そのときふと娘を見ると、どういうわけか瞳だけが妙にくっきりと浮かび上がり、それ以外のすべてが……顔、髪、輪郭さえ……ぼんやりした幻のようになっていることに気づいた。僕は次の瞬間、あっと思った。といってもそれは、具体的な問題に気づいたときの「あっ」ではなく、ほとんど反射のような「あっ」ではあったが、それでじゅうぶんだった。なぜなら問題のほうからやってきたからだ。娘だけでなく、リビングまでもが実体をうしない、やがてそれらは強力な掃除機にでも吸われるように消えはじめた。テーブルが消え、オニオンスープが消え、娘の姿も消えた。娘の瞳に反射していたストーブの明かりだけが最後まで残った。

 

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 目を覚ますと寝室だった。
 どうやら眠っていたらしい。
 天井には、豆電球の明かりがついている。
 なるほどこれがストーブの明かりの正体かと思った。
 寝室では息子が眠っていた。
 しばらく息子を見ていると、気配でも感じたのか、ぱっと目を開いた。
「起きたのか……」
 僕はぼんやりしながら云った。
「起きてたよ。ずっと」
 息子は2つの瞳を僕に向けた。それは妻に似ていたが、そっくりというほどではなかった。
 僕は起き上がろうとして、全身を支配するだるさに気づいた。ワイン1本分のアルコールがまだ分解されずに残っているのだ。
 キッチンで冷たい水を飲み、頭の中を整理する。
 朝からワインを浴びつつドラマを観ていると、学校から連絡があり、息子が発熱したとのことで、ゼリー飲料や冷えピタを買ってから迎えに行き、息子を布団に寝かせたりしているうちに酔いが回り、それと息子の熱が夜中に上がるかもしれないということで、少し仮眠をとろうと思ったら深く寝入ってしまい、夢を見たらしい。
 それにしても、なんて夢だ。
 僕にはもちろん娘などいない。もっと云えば、祖父の家はごくふつうの一軒家で、家畜を飼ったりビニールハウスを作れるような土地もなければ、猫といっしょに写っている写真もなかった。あれは夢の中の娘とともにやってきた、華麗なる空虚な設定にすぎなかった。
 あのように美しい記憶は、僕の人生には存在せず、あの娘も存在しない。
 重苦しい気持ちをかかえながら、寝室に戻って息子の熱を測ると、38℃を超えていた。「おなかすいた?」と聞いてみると、「すいてないけどすいた」と云うので、ゼリー飲料をあたえた。息子は横になったままちゅうちゅうとそれを吸いこんだ。
「寒いか?」
 僕はたずねた。
「わかんない……。暑いけど寒い」
「そうだな。わかるよ」
「パパ、足痛い。成長痛みたいに痛い」
「さすってあげるから」
「ママは?」
「メールしておいたよ。もうちょっとしたら帰ってくるって」
「わかった」
 息子は布団にくるまった。
 僕は息子の足をさすりながら思う。
 むごい夢だった。
 あの夢が、僕が初恋の女性と結ばれなかったために見たというのであれば、泣かせる話とも云えただろうが、とくにそのような相手はいない……ひょっとしたら、いたのかもしれないけれど、なにもかも忘れてしまった。だからあのような夢は、思い出を持たない人間が見てはいけないものなのだ。
 過去に思い入れのない僕は、ほかに考えることもないので、またしても『セロトニン』について思考する。
『セロトニン』の主人公は、「ヨーロッパ的文明人であることへの疲労」という、なんだかよくわからない問題について、あれこれと持論を展開していたけれど、自分の人生がうまくいかなかったと感じている最大の理由が、愛する人と破局して結婚できなかったことだと気づいて愕然となるシーンがあり、それは僕のお気に入りだった。
 ややこしい哲学をどれだけ叫んだところで、結局は、「愛の不在」という通俗的な問題に苦しんでいるという事実は、インテリでプライドの高い主人公をさらに苦しめるわけだが、しかし僕からしてみれば、じつにうらやましい話だった。わかりやすいから共感されやすいし、その種の甘い苦痛に苛まれるのは、さぞ心地いいだろうとも思ったのだ。
 だけど僕には、「今」しかない。
 過去から、なにか新しい発見を生み出すことができない。
 ダンテの想い人である、ベアトリーチェに当てはまる相手もいない。
 妻しかいないというのは、それはそれでしんどい話ですよ。

 

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 ダンテは代表作である『神曲』を執筆するとき、それまでに読んできた書物や、出会ってきた人たちを登場させて、気に入った者は仲間に入れ、気に入らない者は地獄に叩き落としたわけだが、そんなダンテを天国へと導くベアトリーチェもまた、ダンテが実際に出会ったことのある人物だった。
 はじめてベアトリーチェと会ったのは、西暦1274年の花祭。
 そのとき、ダンテは9歳。
 お祭用の白い服に包まれたベアトリーチェを見たダンテ少年に電流が走る。
 初恋だった。
 そのあと、ダンテがどのようなアプローチをしたのか、またはしなかったのかは知らないが、9年間、それといったエピソードもなく時間が進み、2度目に会ったとき、ダンテは18歳になっていた。そのときベアトリーチェは優しく会釈して、ダンテは有頂天になったそうだが、裏を返せば、2人にはそれくらいしか接点がないとも云える。ダンテはストーカーとなにも変わらない。ベアトリーチェはさぞ気持ち悪く感じただろう。
 やがてベアトリーチェは、出産にともなう産褥熱(さんじょくねつ)がたたり、25歳という若い生涯を閉じる。
 こうしてダンテの初恋は終わった。
 いや、そうではない。
 ここからはじまるのだ。
 ベアトリーチェの死によって永遠に凍結された初恋を作品にすることで、ダンテはその思いを消化させ、また昇華させた。その結果、『神曲』は今も読まれている。ある者は学術的関心から、ある者は文学的関心から、またある者は永遠の恋の正体を知るためにそれを読む。読み継がれる。おそらく永遠に。
 ダンテは勝った。
 なにかに、決定的に、勝利した。

 

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 僕はむかしから、風邪をひくのが好きだった。
 しかも、かなり大げさな風邪(40℃の発熱は当たり前、うーうー(うな)って夜も眠れず、だいたい4kgは痩せる)なので、ほうっておけないというか、ほうっておくとマジで死ぬかもしれず、僕はそんなときいつも、看病してくれる相手に甘え倒していた。まだ結婚する前の妻に、あれこれと世話をしてもらうのがとても幸せだった。
 なのに息子が生まれてから、まったく風邪をひかなくなった。
 役割は入れ替わり、こんどは息子が甘える番だ。
 発熱した息子は、アイスが食べたいだの、背中をかいてほしいだのと甘えつづけ、僕は酔いの残る体をなんとか動かして、従者のようにそれに応えた。
 息子の小さな背中をかいているうちに、れいの夢の余韻は消えていた。いったいあの娘は何者だったのだろう。あの娘と僕をつなぐ女性はだれだったのだろう。わからない。悲しくなってきた。まるで心当たりのないことが悲しかった。
 僕にあるのは「今」だけ。
 そしてこの「今」とは、僕が望んで手に入れたものなのだから、地獄ではなく天国のはず。
 にもかかわらず、どうしてこんなに苦しいのだろう?
 それもわからない。
 ひょっとしたら僕には、悩みのタネなんてものはないのかもしれない。最近、そんなことをよく考える。本当にそうだとすれば、なおさらおそろしい。理由も原因もなくただ死にたがっているなんてどうかしている。
 僕はやはり重苦しい気持ちをかかえながら、息子の背中をかきつづけた。
 息子はうれしそうにお尻をふっている。
 でも本当は、母親にこれをやってもらいたがっていることを僕は知っていた。
「ねえパパ」
「どうした。寝られない?」
「うん。なにかお話して」
「……うーん、そうだな、宮本武蔵って知ってる?」
「知ってる。『びじゅチューン!』で観たよ」
「宮本武蔵はね、負け知らずなんだ。でもそれは武蔵が強かったからというよりも、絶対に負けないバトルを目指したからなんだ。佐々木小次郎と巌流島でバトルするとき、武蔵が遅刻したの知ってる?」
「知ってるよ。小次郎よ〜聞いてくれ〜って歌ってたから」
「あれはね、わざと遅刻したの。小次郎を長いこと待たせて、心を乱す作戦だったんだ。たしか3時間くらい遅刻したんだっけ。それでね、待ちくたびれた小次郎はイライラして、やっと島についた武蔵に文句を云ったあとで刀を抜いて、(さや)を投げ捨てちゃうのね。それを見た武蔵は、『小次郎の負けだ』って云うの」
「どうして負けなの」
「小次郎も、おなじことを聞いたんだ。『どうして俺の負けなんだ』って。そしたら武蔵がこう返す。『だって、勝つつもりだったら、鞘を捨てたりしないだろ』って」
「ん?」
「鞘を投げ捨てたら、壊れたり傷んだりするでしょ。それなのに捨てたってことは、もう二度と刀を収めるつもりがない……ほらつまり、自分がバトルに負けるってことを、心の中ではわかってるんだろみたいなことを云ったわけ。武蔵はそうやって相手の気持ちを揺さぶって、自分が勝てる空気を作った。そうしてバトルがはじまる。小次郎の必殺技は、ツバメ返しってやつで、ものすごいスピードで飛んでくるツバメを……」
 子守唄の代わりのように、宮本武蔵のエピソードを延々と語った。
 僕は『竹取物語』も『一寸法師』も、あらすじをよく知らない。ママが子供に読み聞かせる、「むかしむかしあるところに」ができない。僕が即興で話せることなんて、宮本武蔵にかんすることくらいで、ちなみにそれは坂口安吾が『青春論』で書いていたことの受け売りだった。
 世間のパパが坂口安吾を読んでいるかどうかは知らないが、惨状は僕と似たようなものだろう。元来、パパという生き物は、自分が興味のあることしか子供に伝達できない。なんとも貧しく、独善的ではあるが、それがパパの役割であり、また同時に限界なのだ。
 ひょっとしたら将来、「よくもロクな教育をしてくれなかったな」と息子に恨まれるかもしれないけれど、僕にはこんなことしかできないんだ。どうしようもない父親でごめんね。でも僕は育児をがんばり、きみを愛している。どうかそれだけは信じてほしい。たとえパパを恨んだとしても。パパが途中で死んだとしても。

 
(つづく)

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佐藤友哉(さとうゆうや)プロフィール

佐藤友哉(さとうゆうや)1980年北海道生まれ。2001年『フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人』でメフィスト賞受賞。2007年『1000の小説とバックベアード』で三島由紀夫賞を最年少で受賞。他の著書に『クリスマス・テロル invisible×inventor』『世界の終わりの終わり』『デンデラ』『ナイン・ストーリーズ』『転生! 太宰治 転生して、すみません』等がある。