10 擬人化について——擬人化としてのシリアルキラーについて——シリアルキラーとしての新型ウイルスについて

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 家事をしたり、バンド練習をしたり、その練習動画をYouTubeにアップしたりしていたら、なんとびっくり、12月が終わろうとしていた。
 のんびりすることにかけてはプロの僕ではあるが、いくらなんでものんびりしすぎな気がしたので、阿南(あなん)さんに実情をそのまま告げた。遅筆作家をごまんとかかえている阿南さんの対応は適切だった。たちまち打ち合わせの日程が組まれ、恵比寿にある高級イタリアンが予約された。
 こうして、年内最後の打ち合わせをはじめることになったわけだが、このとき、本連載である『青春とシリアルキラー』の話は1度も出なかった。まあこれが実際というものだろう。小説について真剣に議論する小説家と編集者なんてものがいたら、そんなのは嘘っぱちである。
 以下再現。

 

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「そういえば、阿南さんが海外から戻ってきたのって、去年の今ごろでしたよねー」
 僕はピザをパクつきながら、今から思えばどうでもいいことを云った。
「もう1年たつのか」
 阿南さんはいつもの憂いを帯びた表情を浮かべて、なんの感慨もなさそうに云った。
「ひさしぶりに帰国してみて、どんな1年でした?」
「とくに思うことはないが、強いて云えば、やっと最近、かつて俺が暮らしていた日本と、今こうして目の前にある日本が、おなじものであると認識できるようになったよ。馴染むまで時間がかかった」
「でも阿南さんは、最初に日本にいたころから、まったく馴染んでいなかったように見えましたけど」
「そうでもないさ。俺は結婚して子供がいてサラリーをもらう生活をつづけている。それはまさに、社会や国家に馴染んだ人間の姿じゃないか?」
「ちゃんと擬態できてるってわけですね」
「まあな」
 阿南さんはワインに口をつけてから、
「とはいえ、PTAはかなり骨が折れるよ。俺にはどうも、連中がいったいなにを云っているのかわからなくて……」
「え? え?」
「どうした」
「PTAって、それ、PTAのことですか?」
「ほかにないだろ。俺はPTAの役員だからな」
「え? ええええええーっ?」
「きみには話したつもりだったが」
「聞いてませんよ!」
「そうだったか? 俺の奥さんが保護者会に出たくないとゴネるから、かわりに俺が出席したら、役員に任命されてしまったんだ。それで今回、とうとう仕事を回されたよ。どうも来年、俺は餅をつくらしい」
「…………」
「年明けに、PTA主催の餅つきがあって、餅つき係に任命されてしまったのさ。ま、臼と杵のどっちを担当するのかは知らんがな」
 その話を聞いて、僕は震えた。こわいこわいこわい!
 べつに阿南さんが、餅に毒物を仕込むと思っているのではない。そういうことではなくて、阿南さんのような、あからさまに怪しい人物を教育行事に参加させてしまうPTAの危機管理能力のなさに唖然としたのだ。学校に入れていい者と、そうでない者の見分けもつかないなんて……。
 いや、実情はそうではなく、PTAは阿南さんの怪しさに気づいているけれど、少子化と共働きによる人手不足のせいで、贅沢を云っていられないのかもしれない。なにより阿南さんは、自分が社会不適合者なのを知りつつ、それでもがんばってPTAの役員をやっているのだから、そこにドン引きしている僕のほうが、人としてまちがっているのではないか。
「きみ、どうした。なにを考えこんでいる」
 阿南さんが不審そうに片目を細めた。
「べつに、なんでもないです。ただちょっと、自分の倫理観が信じられなくなっただけです」
「それは大問題じゃないか」
「弁護士にでも相談しますよ」
「倫理観についてなら、弁護士より精神科医がいいと思うが」
「そういえば阿南さんって、精神科医のお世話になったことあります?」
「紹介してほしいのか?」
「そんなわけじゃ」
「あいにく、精神科医の知り合いはいないが、ちょっと検索してみようか」
「いや全然、お気遣いなく……」
「まかせておけ」
 阿南さんはスマートフォンを取り出すと、おそらく義侠(ぎきよう)心ではなく好奇心に駆られて精神科医をさがしはじめる。
 しかし阿南さんが見つけてくる医者は、どういうわけか全員が女性で、その多くがセクシーな美脚を見せたり、フルメイクの写真を載せていた。あまりのことにおどろいた僕はもう少しで、飲みかけのワインを吹き出すという、令和の時代にあるまじき古典的リアクションをするところだった。
「なんですか、これは……」
「せっかく診てもらうなら、ハゲた小太りのおっさん先生よりも、若い女性のほうがいいだろ」
「それセクハラですよ。あと、やたらと美人ばかりですけど」
「美人を厳選したサイトだからな。ほら」
 阿南さんはそう云って、スマートフォンを僕に渡した。
 画面には、『美人女医特集』という文字が躍っていた。
 セクハラを超えた、もっとおぞましい特集に組みこまれた美人女医たちのプロフィール欄を見ると、その多くが精神科医ではなく美容外科医で、元ミス○○という経歴だったり、芸能事務所に所属していたりしたので、僕はふたたび震えた。あいかわらず阿南さんはすべてまちがっている。やはりこんな人間がPTAをやってはいけない。
「もういいです」
 僕はげっそりしてスマートフォンを返した。
「そうか? 忠告しておくが、顔だけで医者を選んじゃいかんぞ」
「わかってます。阿南さんよりちゃんとわかってます」
「正しい博愛を身につけた医者をさがすことだ。上から目線で、正論ばかり叩きつけるような医者はにせものだからな。医者と患者の関係は、検事と罪人の理想的な関係とおなじく、同情と慈しみをもってあつかわれるべきである」
「はあ。それ、なにかの引用ですか。『白い巨塔』とか」
「全然ちがうよ。『哲学の慰め』さ。政敵によって投獄されたボエティウスが、運命や正義について疑いを持ったとき、不意に顕現した哲学がボエティウスの閉ざされた心を……おい、そんな顔はよせ。質問したのはきみだろ」
「今、後悔しているところです」
 しかしもう遅い。
 スイッチの入った阿南さんは、この連載をはじめてからすっかりおなじみとなった哲学談義を開始するのだった。
「ボエティウスというのは、古代ローマの哲学者の名前だ。彼は哲学者であると同時に政治家でもあり、かなりの地位まで上り詰めたが、あるとき、投獄されてしまう。といっても罪を犯したわけではなく、自分の哲学にしたがい、正しいことをした結果だがな。ともあれボエティウスは囚われ、死刑が決まった。『哲学の慰め』は、そんなボエティウスが獄中で死刑をまつあいだに、自分を救うために書いた書物だ」
「えっと、そのボエティウスって人は、哲学のほかに慰めてくれるものはなかったんですか?」
「なかったのだろう。だからこそボエティウスは、これまで自分が練り上げてきた哲学だけで、苦しみを克服しようとする。無論、男が哲学だけで救われることはなく、救いには美しい女性の存在が不可欠だから、そのために哲学が擬人化された」
 意外な単語が出てきたので、僕は面食らった。
「擬人化って、あの擬人化ですか?」
「そうだ」
「動物とか戦艦とかを、かわいい女の子にしちゃう、あの擬人化ですか?」
「だからそうだと云っているだろう。ヒトではないものを、あたかもヒトのようにあつかう表現方法のことだ」
「で、そのボエティウスって人は、哲学を擬人化しちゃったと……?」
「牢獄に囚われたボエティウスのもとに、あるとき、1人の美しい女性がやってくる。それは彼をここまで育て、導いてきた『哲学』だった。擬人化された哲学が魅力的な女性となって、彼のもとに登場したわけだ」
「わお!」
「わお?」
「あ、ただのリアクションなので、気にせずつづけてください」
「美しい女性のかたちとなって、ボエティウスのもとに現れた『哲学』は、死刑が決まって絶望するボエティウスと対話をはじめる。そして『哲学』は、ボエティウスをはげまし、ときには叱咤(しつた)し、泣きはじめたボエティウスの涙を自分の服の裾でぬぐったりして、彼をなんとか絶望から回復させようとこころみる。これが『哲学の慰め』の主な内容だ」
 阿南さんは真顔で解説しているけれど、ふつうにアレな話だった。
「うーんと、確認しときますけど、その本は、真面目な哲学者が真面目に書いた真面目な本、なんですよ……ね?」
「ああ」
「でも今の情報だけ聞いたら、ずいぶんオタク的な発想ですけど」
 僕が素直に云うと、阿南さんはうなずいて、
「ボエティウスがやったことは、『艦これ』や『刀剣乱舞』と変わらないよ。『自分の理想の哲学』をキャラ化して、それに萌えて、癒やされるわけだからな。ちなみにボエティウスが擬人化した『哲学』は、威厳のある女性で、(すす)けた服を着て、本と(しやく)を持っていた。そのような女性が、牢屋でしょげているボエティウスの前に現れて、救いのことばをかける」
「『ボエティウス君、今からあなたを、私の哲学パワーで救ってあげるわ!』みたいな?」
「まさに」
「よくもまあ、死刑が迫ってるのに、そこまで趣味に走った本を書いたもんですね。あ……なんかこれ、派閥によって『哲学』のキャラを変えたらおもしろくなりそうじゃないですか。ボエティウスは何派です?」
「ストア派だ」
「それじゃ、ストア派は真面目な委員長で、ポスト構造主義は中二病っぽい子で、京都学派は……まあやっぱり、京都美人とか?」
 阿南さんは悪ノリする僕をたしなめるように、
「きみ、あまり愚弄しちゃいけない。人類がここまでの領域にたどり着けたのは、擬人化というイメージがあったからこそだぞ」
「逆じゃないですか? 人類がここまで賢くなったからこそ、擬人化なんて変なものを思いついたんですよ」
「俺はそうじゃないと思う。なぜなら人は擬人化をもちいることで、まず神を発見しているからな」
「神?」
 なんだってこういつも、話のスケールが大きくなっていくのだろう。
 阿南さんは煙草(たばこ)に火をつけて、短く煙を吐くと、いつもの調子でことばを発した。
「『創世記』冒頭。天地創造の6日目に、神はなにをした?」
「さあ」
「『われわれは人をわれわれの(かたち)の通り、われわれに似るように造ろう』……神は神の姿に似せて人を造ったという」
「で、それがなにか」
「つまりだ、聖書に書かれたその一文を深読みすると、神が人を造ったと書いておきながら、しかし擬人化という特殊レンズを使うことにより、人のほうから神を見つけたように俺は感じるんだが、どう思う?」
 そんなことを聞かれても、かの命題、「卵が先か? それとも鶏が先か?」とおなじで、今ここで証明できるものではないだろう。
「ところできみは、動物が好きだったな」
「まあ、はい」
 阿南さんが話題の方向を変えてきたので、僕は警戒しながら答えた。
「きみたち動物好きは、自分のペットに話しかけ、返事をしないペットのかわりにアテレコをやる。でもなぜ、そんなことをする? 相手には言語能力がなく、意識だってないかもしれない。それを知りながら、なぜ話しかける?」
「だってそりゃ……話しかけたほうが、気持ちが通じ合ったような感じがするじゃないですか」
「まさにそれだ。擬人化とは、本来であれば理解できないものを、それでも理解したつもりになるための、いわばコミュニケーションツールなのさ」
「いやでも僕、動物の気持ちは、普通に理解できますよ?」
「そうじゃなくて、動物の気持ちを『理解できたつもり』になっているだけさ。きみがソロモンの指輪を持っていて、獣や鳥や魚と自由に話せるというならべつだが」
「そんなものなくてもわかりますって。ウチの猫がなにを考えてるのかわかりますって」
 恥ずかしいから今までずっと、みなさんに黙っていたのだが、じつは僕、猫を飼っているのだ。
「錯覚だな」
 阿南さんがぴしゃりと云った。
「いやいや、これがまた錯覚じゃないんですよ。以心伝心できてるんですよ。だって、ウチの猫の表情を見ただけで……」
「そんな話は、猫が泣いたり笑ったりするようになってからしてくれ。今の発言は、きみが動物に対して一方的な理解しか示さず、相手のリアクションを、自分の都合に合わせて解釈しているなによりの証拠にすぎない」
「…………」
「でもそれは、俺もふくめた人類すべてに云えることなんだ。人類は擬人化というツールをもちいることで、隣人や異国人といった他者ばかりではなく、神や動物といった、人の常識の外にある存在さえ、強引に通じ合い、理解しようとこころみてきたわけだからな」
「……じゃあ、聞きますけど」
「なんだ」
「思いついちゃったから聞きますけど」
「だからなんだ」
「バニーガールや猫耳メイドは、擬人化と関係あるんでしょうか?」
「それはむしろ、擬人化というより女体化だな」
 阿南さんはそこでことばを区切り、間を置くように煙草を喫ってから、
「むろん、女体化もまた擬人化の1つではあるが、そんなのは低レベルな性欲に取り憑かれた妄想だ。自分の病気を是認するようなものさ」
「是認?」
「ミューズがもたらす甘い毒によって、人は心を病気から開放させるどころか、むしろ病気の状態に慣らしてしまう……と、ボエティウスも書いている」
「なんかそれ、自分のことを棚に上げてませんか。自分は哲学を擬人化させといて」
「いいのさ。妄想なき人生だけを追求する輩なんて、退屈なストイシアンだからな」
「スト……なんですって?」
「俺はな、妻だろうと聖人だろうと、どのような人であったとしても、自分のもっとも重要な領域にまでともなうのは不可能だと思っている」
「結構はっきり云いますね」
「ではきみは、妻を100パーセント理解し、妻に100パーセント理解されていると、自信を持って云えるのか?」
「…………」
「返答は求めちゃいない。ただ、俺もきみも、すべての人類が、おなじ問題をかかえていると思っているよ。だからこそ擬人化という秩序化が必要だったし、ここまで拡大されて使用されてきたわけだ。本来は理解できないものをパッケージ化し、キャラクター化して、自分なりに解釈・納得しなければ、とても耐えられないこともある」
 ひょっとしたら阿南さんは、ボエティウスとかいう男が哲学を擬人化したように、自分の妻を擬人化しているのでは?
 たとえば自分の妻が死んだあとで、「ああ、俺の妻は最高だったな。あれもこれも全部すばらしかったな」と女神のような完璧な人間に作り変えるのは理解できるし、僕たちが執着しているダンテも、『神曲』の中でベアトリーチェ(妻ではなく、初恋の相手だが)を登場させて、「永遠の淑女」というキャラクターを作った。
 とはいえ、そうした作業は、相手がこの世にいないからこそやっていいわけで、生きている人間……しかも自分の妻を、脳内で勝手にリデザインしたのだとすれば、それはもう、妻を妻として見ていないという宣言にほかならない。
 だけど僕は心優しい男なので、そういうクリティカルなことは云わず、そのかわりにこんな質問を最後にするのだった。
「阿南さん、さっきのボエティウスって人ですけど……ちゃんと救われたんですか?」
「『悪徳を避け、徳をはぐくみ、心を正しき希望へと高めなさい。なぜならお前は、すべてを認識する裁き主の目の前で行動しているのだから』という、擬人化された『哲学』のセリフによって、『哲学の慰め』は終わる。この文章を読むかぎり、ボエティウスはすべてを克服した完璧な状態で、死刑執行を受けたと俺は信じているよ。愛する女性にここまで云われて、くよくよしている男はいないさ」
 こうして打ち合わせは終わり、僕たちはそれぞれの家に帰った。

 

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 年が明け、のろくさしているうちに4月になり、緊急事態宣言が発出された。
 世界は、核戦争でも温暖化でもなく、新型ウイルスによって、今まさに崩壊しようとしていた。

 

 三流SF小説の冒頭みたいで恐縮だが、これは本当のできごとだった。昨日まで、当たり前のように存在していた平和は消え、そのかわり、一切の脈絡もなく、新型ウイルスなるものが地球に現れた。伏線くらい張ってくれよと云いたくなるほど唐突だったが、厄災というものはいつだって、唐突に出現するものなのだ。
 くだんの新型ウイルスは、去年の終わりごろに中国で発見され、最初のうちは感染力が低いだの、高齢者しか殺せないだのと完全に舐められていたが、あっというまに地球全土を襲い、今もリアルタイムで多くの犠牲者を出しつづけている。各国の首脳はついにロックダウン(都市封鎖)を決断し、パリやニューヨークから人の姿が消えた。
 日本はなんとか耐えていたけれど、ウイルスの感染拡大はおさまらず、本日4月7日、僕の暮らす東京と、その他6府県に、緊急事態宣言が出た。
 感染者数130万1286人。
 死者数7万3005人。
 これが世界における現在までの被害者総数。
 その数は、これからも爆発的に増えるだろう。
 とまあ、深刻な調子で説明してみたけれど、僕からしてみれば、おなじみの展開というか、「お、きたきた」という感じにすぎなかった。

 

 どうせ世界は崩壊しない。

 

 極端な話、新型ウイルスの猛攻によって世界人口の半分が死んだとしても、これまでに地球で発生した大量絶滅とくらべたら、誤差みたいな数にすぎない。今回のウイルス騒動では、生命の90パーセントを殺したペルム紀の絶滅や、恐竜を滅ぼした隕石ほどには、生物にダメージをあたえることはできないのだ。
 大量の死者は出るし、文化も衰退・停滞するが、どうせ世界は崩壊しない。
 というわけで、これからも世界がつづくことを知っている僕は、「新型ウイルスまじでやばい注意せよ!」とか、「政府まじで信用ならない注意せよ!」とか、そんなことを今さら叫ぶつもりはなかった。
 じゃあなにをやるのかといえば、今回のテーマである擬人化。
 僕はここで、この新型ウイルスを、地球全土をターゲットとした前代未聞のシリアルキラーに擬人化してみようと思う。
 みなさんすっかり忘れているかもしれないが、この連載はシリアルキラーにかんする真面目な論考である。

 

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 みなさんは、新型ウイルスを病理学的におそれるだけではなく、怒りや憎しみをも抱いてはいないか?
 というのも、テレビやインターネットなどで、「ウイルスが憎い。許せない」という表現をたびたび見かけ、ニューヨーク州知事が、「新型ウイルスは凶暴で凶悪な殺人鬼だ」と云っているのを僕は聞いた。それはじつにおかしな表現だった。
 ウイルスは人間ではないから意思など持っていないし、意思を持たない対象に憎悪を浴びせるなんて、ちょっと変じゃない?
 むろん、この現象を僕たちは知っている。
 まだ平和だった時代に阿南さんが説明したように、擬人化という手法を使うことで、自分の理解の外にある概念を、理解できるものに変換しようとしているのだ。
 今回のウイルスを擬人化し、あたかもウイルスが意思を持って活動しているように語り、「憎い」だの「殺人鬼」だのと非難することで、ウイルスという意思なき存在を、なんとか秩序づけて把握し、自分の感情を安定させようとする行為を、世界中の人たちがやっているようなので、僕もやってみた。
 その結果、どうしても……シリアルキラーにしか見えないのだ。
 人がこれまで作り上げた社会を破壊し、人と人との信頼を破壊し、人の常識と良識を破壊し、そして夜に出歩けなくさせている。という点において、今回の新型ウイルスは、まさにシリアルキラー。
 3000人殺したと云われるヘンリー・リー・ルーカスも、死体でランプや日除けを作ったエド・ゲインも、ロンドンを恐怖に叩き落とした切り裂きジャックも、アメリカ全土を震撼させたゾディアックでさえも、ここまで的確な不審と的確な攻撃を、人類にあたえてはいない。そういう意味では今回の新型ウイルスは、第一級のシリアルキラーと呼んでもいいだろう。
 僕たちは彼の狂気、彼の殺意、彼の思想に打ち震えながら、彼が気まぐれで人を殺しはじめたのと同様、気まぐれで人を殺すのをやめてくれるのを待つしかない。それまで、彼のターゲットにならぬように、家の中で静かに本を読みながら、そのときを待つしかない。どうぞみなさん、よい読書を。
 ちなみに今、僕の手元には、息子がたまたま借りてきた『感染症キャラクター図鑑』(日本図書センター)という本がある。
 適当にページを開いてみると、これまで地球を襲ってきた数々のウイルスや細菌が、子供にもわかりやすいキャラクターに擬人化されていた。たとえば、コウモリ由来のペストはバットマンみたいな格好をしているし、リンゴ病はリンゴ形の帽子をかぶった女の子といった感じだ。
 今後、『感染症キャラクター図鑑』が改版され、この新型ウイルスが収録されたとき、いったいどんなキャラクターになるだろう?
 まだ今の段階では、そんな未来を思い描くのはむずかしいかもしれない。でも安心してほしい。どうせ世界は崩壊しない。いつかかならず平和は戻ってくるし、そのときは今回の新型ウイルスが擬人化され、わかりやすいキャラクターとなって図鑑に載り、それを見た子供が、「かわいい〜」とか、「きもちわる〜い」とか騒ぐのだ。そのとき、僕やみなさんが生きているかはわからないが、とにかく、世界とはこういうものなのだ。最後に一言。みんな死ぬなよ。

 
(つづく)

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佐藤友哉(さとうゆうや)プロフィール

佐藤友哉(さとうゆうや)1980年北海道生まれ。2001年『フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人』でメフィスト賞受賞。2007年『1000の小説とバックベアード』で三島由紀夫賞を最年少で受賞。他の著書に『クリスマス・テロル invisible×inventor』『世界の終わりの終わり』『デンデラ』『ナイン・ストーリーズ』『転生! 太宰治 転生して、すみません』等がある。