02 フェルメールと「魔法の粉」


強い光は、影を生み出す。そして、強い影は、光を生み出す。
画家フェルメールは、いつだって光と影のあいだをさまようような人生だった。
 
17世紀オランダの画家、ヨハネス・フェルメール(1632-1675)。宗教画や歴史画ではなく、ささやかな日常のワンシーンを丁寧に描いた風俗画で知られている。
彼が生まれ育ったデルフトは、オランダ東インド会社(V.O.C)が拠点を持って世界と貿易をしたことで繁栄。さらに輸入した中国や日本の陶磁器を模倣した、青い絵付けのデルフト陶器によって世界で知られるようになった「青の町」だ。フェルメールが生まれた当時は「チューリップバブル」と呼ばれる花の球根市場が好景気だったこともあって、中国の陶磁器、日本の着物、アラビアの絨毯(じゆうたん)など世界から集まった珍しいお宝が町中で手に入った。そして、貴族でなくても庶民が家の壁に絵画を飾るという文化都市へと発展したのだ。ちなみに100年ほど後になると、日本でも美人画や風景画などの浮世絵(風俗画)が流行している。フェルメールは、浮世絵師に喩えると、美人画や風俗画で人気の鈴木春信や喜多川歌麿のような存在だったとも言える。


そんなフェルメールにとってもっとも重要な存在は、なんといっても彼の父親だ。
父、レイニール・ヤンスゾーンは、絹織物職人の仕事をしながら、副業でパブと宿屋「空飛ぶキツネ亭」を経営し、画商でもあった。オランダの各地からやってきた画家がここに滞在し、絵を売り買いした。つまり、フェルメールは子どもの頃から絵をたくさん見ながら育っていたのだ。これは、画家フェルメールの作品においてもっとも決定的な要素だ。彼は何が売れて、何が顧客に求められているのかについて、誰よりも詳しかったに違いない。実際20歳の時、父が死んで、宿屋の経営と画商の仕事を引き継ぎ、その一年後の21歳頃からプロの画家として認められた。40歳の頃には、絵画の鑑定士としてイタリアに行ったという記録が残っているほど、フェルメールは画商としても目利きだったのだ。
それまでのヨーロッパで絵画は、教会や王侯貴族のものだった。それが「画商」という存在を通じて市場で庶民が買えるようになったのもこの頃から。宗教画や歴史画ではなく、親しみがある静物画、風景画、風俗画がたくさん描かれ、売られるようになった。この17世紀オランダという黄金時代があるからこそ、画商フェルメールは「画家フェルメール」となったのだ。


フェルメールは父の亡き後を継ぎ、画家でありながら宿屋と画商として、さまざまな仕事を掛け持ちしながら妻と15人(14人との説もある)の子供たちを養った。画家が出入りする宿屋とパブを経営していることで、モチーフとなる庶民の暮らしも時代の流行も間近で観察することができた。さらに宿屋の収入に加え、裕福だった義母のおかげで金より貴重だったアフガニスタン産のラピスラズリから作られる青い絵の具「ウルトラマリンブルー」をぜいたくに使用することもできた。異国情緒をかもし出す、エキゾチックな「青いターバンの少女」もこういった恵まれた環境から生まれたに違いない。
しかし、1672年、第三次英蘭戦争の最中、フランス軍がオランダに侵攻すると経済が低迷し、バブルは崩壊。絵はまったく売れなくなり、フェルメールは大量に抱えた借金を返せないまま、1675年に43歳の若さで亡くなってしまう。残された作品の一部は、借金の返済のためパン屋に譲られ、店内に飾られていたというのも皮肉な話だ。そして、画家フェルメールの名前は約200年もの間、忘れられてしまった。


画家としてのフェルメールにもっとも影響を与えているのが、同じデルフト派画家のピーテル・デ・ホーホだ。明るい室内空間に人物をオブジェのように配置した絵画。市松模様の床タイル。左側にある窓から射す光を描いたモチーフ。どの作品も、フェルメールの原点というべき作品で構図も酷似している。おそらくフェルメールは、ピーテル・デ・ホーホや周辺画家の作品を徹底的に観察し、上手くアレンジしたのだろう。さらに「魔法の粉」ラピスラズリをふりかけた。これは、誰にもできない裏ワザだった。実は、フェルメールの作品は、顧客の好みが忠実に反映されている。それはハレの衣装を身につけた姿で記念写真を撮影してくれる写真館「スタジオアリス」にも似ている。洋服を着せ替えながら、同じ構図で要望に応じて作品を描いた。作品は8LDKのフェルメール邸の部屋で描かれ、白い毛皮のついた黄色い上着、テーブルの上の宝石箱、真珠のネックレスなどの人気モチーフは、繰り返し登場している。日常のワンシーンを切り取っているようだが、実は流行のモチーフを描くことでクライアントの要望を満たしていたのだ。


そして、生まれた名作が「牛乳を注ぐ女」だ。この作品は、観る人の五感を刺激する官能的な「シズル感」が周到に取り入れられている。広告業界で使う「サブリミナル効果」を狙った手法だ。固くなったパンを食べるため「パンプディング」を作っている場面を描き、暮らしの美意識を表現していると思わせているが、台所に立つメイドは、実は性を暗示しているとしたらどうだろう。当時、台所を舞台とした風俗画は、人気のモチーフで、性的な画題を巧みに隠した伝統的な寓意をあらわす絵画だった。子宮を曖昧に表現した器が、魔法の青い着物をまとって意味深に描かれているようにも見える。
しかし、これはすべて「画商フェルメール」が、巧みに仕掛けた視覚の罠だ。父から譲り受けた画商の仕事が彼の眼を育て、ひそかに成熟させた。このなにげない日常が描かれたかのように見える「牛乳を注ぐ女」は、ありとあらゆる民衆の感情を知り尽くした天才画商フェルメールが描いた究極の一枚だったのだ。

 
 
 

【参考文献】
『フェルメール展公式ガイドブック』(朝日新聞出版)
小林頼子・朽木ゆり子『謎解き フェルメール』(新潮社)
『フェルメールへの招待』(朝日新聞出版)
朽木ゆり子『フェルメール 全点踏破の旅』(集英社新書)
『静謐と光の画家 フェルメール』(三栄書房)
 
【展覧会情報】
「フェルメール展」
東京:2019年2月3日(日)まで東京都美術館にて開催中
大阪:2019年2月16日(土)~5月12日(日)大阪市立美術館にて開催予定

毎月第2・4木曜日更新

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著者 ナカムラクニオプロフィール

ナカムラクニオ
1971年東京生まれ。東京・荻窪のブックカフェ「6次元」店主、金継ぎ師、映像ディレクター、山形ビエンナーレキュレーター。著書に『人が集まる「つなぎ場」のつくり方――都市型茶室「6次元」の発想とは』『さんぽで感じる村上春樹』『パラレルキャリア』『金継ぎ手帖』『猫思考』『村上春樹語辞典』など。