10 ゴッホは、なぜ耳を切り落としたのか?


フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)が、耳を自分で切り落としたことはあまりにも有名だ。そして、新聞紙に耳を包んでお気に入りの娼婦にプレゼントした。切り落としたのがクリスマスイブ前夜だったことを考えると、大切な女性への贈り物だったのか。いや、耳をもらって喜ぶ人はいないだろう。同居していたゴーギャンがゴッホの描いた自画像の耳をからかったため、怒って衝動的に自分の左耳を切り落としたとも言われるが、なぜ娼婦に渡したのだろうか?
 
彼の人生は、不可解なことだらけだ。27歳から画家を目指し、最期は胸にピストルの弾を打ち込んで自殺した。亡くなるまでの10年間に描いた作品は水彩や素描も入れると約2000点以上。売れた絵は生涯で1枚だけだった。相当な持続力、モチベーションを持っていないと続かない。
この(あふ)れる情熱は、ゴッホの手紙にも表れている。弟テオに宛てた手紙だけでも650通ある(もちろん、失われた手紙もかなりあるので、実際はもっと多かった)。テオは家族の中で唯一の理解者だったが、いくら仲が良いといっても、兄弟にこれほどの手紙を出す人は珍しいだろう。もしかすると、ゴッホにとっての手紙は、考えたことを表現する手段、アートワークの一種であり、現代のTwitterのような「心のつぶやき」だったのかもしれない。いずれにしてもゴッホは、耳を自分で切り落とした後、多くの謎と作品を残し自殺した。


耳を切るまでのゴッホの仕事遍歴は、実に興味深い。16歳から美術商「グーピル商会」に勤め、ハーグ支店、ロンドン支店、パリ支店と7年働き、最後は無断欠勤で解雇された。イギリスで半年間、教師(無給)、オランダで数ヵ月、書店のアルバイト。さらにベルギーで宣教師を半年間ほど。その後は、弟の援助を受け、死ぬまで絵を描き続けた。そう考えると、ゴッホの職業は、元「画商(見習い)」ということになる。
父は牧師、母は製本屋の娘だった。人とコミュニケーションを取るのが苦手で中学校も中退した。その後、伯父が立ち上げた美術商で、「絵画」と出会う。この就職がきっかけで、芸術に目覚めたのだ。ちなみに17世紀オランダの画家フェルメールも元画商、同じ時代の風景画家、ロイスダールも画商の息子だった。ゴッホも画商として絵の売買に携わることで、作品を見る力が相当養われたに違いない。実際にゴッホは、この会社から出版された『デッサン教本』を参考にして絵画の勉強をはじめている。生まれながらの天才、度を過ぎた情熱家と思われがちなゴッホだが、実はとてもおとなしく、父と同じ職業である宣教師に憧れる努力家という一面もあった。絵を描く時も、毛糸を使って補色を並べながら色彩が引き立つことを確認していたほど几帳面だった。
恋愛もうまくいかなかった。20歳の頃好きになった女性は別の男性と婚約。次は、いとこの未亡人だった。29歳の頃には、お気に入りの娼婦と1年ほど同棲したが、性格が合わず最後は決別した。何をやっても失敗ばかりで働かない兄に、弟のテオも限界を感じ、新しい生活をするようにと南仏アルルへと送り出した。そこで画家仲間のゴーギャンと共同生活をはじめたが、やはりうまくいくはずもなかった。


そして、1888年12月23日、ゴッホは耳を切り取った。もちろん理由は、よくわかっていない。
耳は、性器のメタファー(隠喩)とも言われる。耳は音を感知する器官でありながら、古代より人類の間では、異性へのアピールを表現するキャンバスだった。ピアス、イヤリング、入れ墨で装飾したり、耳たぶを大きく伸ばしたりして、性的な魅力を異性にアピールしてきた。
村上春樹の小説には、耳がしばしば登場し、性器との関連性が語られる。『羊をめぐる冒険』には耳専門のモデルであるガールフレンドが登場する。性的興奮で充血したり、快感を得たりする第2の性器としての「耳」は、村上春樹作品中で神聖な宇宙として語られているのだ。『1Q84』には、「できたばかりの耳と、できたばかりの女性性器はとてもよく似ている」という重要な台詞(せりふ)もある。


耳には、「社会とつながる器官」という意味も含まれている。日本では、かつては重い刑罰として「耳切り」が行われていた。耳を切り取ることは共同体から排除、断絶されることを意味していた。鎌倉時代には華厳宗(けごんしゆう)の僧、明惠(みようえ)上人が仏の道に専心するために姿を変えて人間世界を離れようと思いたち、24歳の時、右耳を切り落としたと伝えられている。
「耳を切る」という行為には何かしら「社会からの断絶」というような意味が含まれていると考えると、ゴッホは、「耳」と「世界から切りはなされる自分」を重ねたのかもしれない。社会に適応できない自分を耳に集約して、儀式のように切り落とし、ミューズとして信仰していた女性に捧げた。そう考えてもおかしくはない。


あるいは、同じ年の1888年にイギリスで連続発生した猟奇殺人事件「切り裂きジャック」が被害者を切り刻んだ影響か。ゴッホが関心を寄せていたフランスの殺人鬼プラドが、娼婦の耳を切り取った事件が潜在的な刺激になったのかもしれない。
この「耳を切るという行為」は、もしかすると、もう一度人生をやり直して、画家として生きてみたい、そんな強い気持ちから引き起こした最後の()けだったのではないか。「死と再生」の儀式として、擬似的な死を衝動的に取り入れた行為だったのではないだろうか。ゴッホは、溢れる情熱を彼自身というチューブから絞り出し、キャンバスに並べた。そして、世界の片隅で「絶望」を叫んで死んだのだ。

 
 
 

【参考文献】
千足伸行『ゴッホを旅する』(論創社)
圀府寺司『もっと知りたいゴッホ―生涯と作品』(東京美術)
アンナ・トルテローロ『ART BOOK ファン・ゴッホ』(昭文社)
「pen」2016年11月1日号「ゴッホ、君は誰?」(CCCメディアハウス)
 
【展覧会情報】
松方コレクション展
会場:国立西洋美術館
2019年6月11日~2019年9月23日
 
コートールド美術館展 魅惑の印象派
会場:東京都美術館
2019年9月10日~2019年12月15日
 
ゴッホ展
会場:上野の森美術館
2019年10月11日~2020年1月13日
 
ロンドン・ナショナル・ギャラリー展
会場:国立西洋美術館
2020年3月3日〜6月14日

毎月第2・4木曜日更新

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著者 ナカムラクニオプロフィール

ナカムラクニオ
1971年東京生まれ。東京・荻窪のブックカフェ「6次元」店主、金継ぎ師、映像ディレクター、山形ビエンナーレキュレーター。著書に『人が集まる「つなぎ場」のつくり方――都市型茶室「6次元」の発想とは』『さんぽで感じる村上春樹』『パラレルキャリア』『金継ぎ手帖』『猫思考』『村上春樹語辞典』など。