03 マイホームより子どもより、優先されること

 ここで、私自身と猫の関わりの話をさせて頂くと──。

 生まれてこのかた、猫がそばにいなかった期間が一度だけある。

 1989年の秋から1999年の春まで。つまり、25歳で最初の結婚をしてからの10年間だ。

(ちなみに結婚は二度して、二度とも解消しております。)


 ともあれ、その最初の旦那さんとの2人暮らしを始めてすぐに、私は弾んだ気持ちで言った。

「猫を飼おうね。今すぐじゃなくても、いつかきっと」

 私にとってそれは、マイホームを買うよりも、子どもを持つよりも優先される、生きていく上で絶対に必要不可欠な条件だったのだけれど、彼は即座に、冗談じゃない、と言った。

「いやだよ、猫なんか飼うの。臭いし、汚いし、気持ち悪いし」

「え、ぜんぜん臭くなんかないよ」

 ものすごくびっくりして、私は言った。

「猫ってすごくきれい好きで、自分の身体は毎日隅々まで舐めるから、お風呂なんて入れなくても体臭は全然ないんだよ。つるつるのすべすべのふっかふかだよ」

 けれど、彼は頑として首を縦に振らないのだった。

「猫のおしっこの匂いって最悪じゃん。外に出たその足で部屋に入ってきたりするしさ。呼んでも来ないし、気がつくとすぐ後ろに座ってこっちを睨んでたりして、薄気味悪いったらないよ」

 不覚にも私は、そのとき初めて知ったのだった。夫となったその人は、猫のことをよく知らないばかりでなく、筋金入りの猫嫌いだったのだ。


本連載をまとめた単行本が好評発売中!

著者 村山由佳プロフィール

村山由佳(むらやま・ゆか)
1964年東京都生まれ、軽井沢在住。立教大学卒業。1993年『天使の卵―エンジェルス・エッグ―』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。2009年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞を受賞。エッセイに『晴れ ときどき猫背』など、近著に『嘘 Love Lies』『風は西から』『ミルク・アンド・ハニー』『燃える波』などがある。

猫プロフィール

  • もみじ(♀17歳 三毛)

    男を見る目のない作家のかーちゃんに付き添ってあちこちを転々とし、終のすみかは長野県軽井沢町。半世紀も猫を飼ってきた飼い主をして「こんなに猫らしい猫を見たことがない」と言わしめる、村山家のお局様。なぜか関西弁。

  • 銀次(♂10歳 メインクーン)

    体重8キロ、大柄だが気は優しく、犬にも人間にも動じない、村山家のお客様おもてなし担当。中身はたぶん、おばさん。鳴き声は「んるる?」。

  • サスケ(♂3歳 黒のハチワレ)

    妹の〈楓〉とともに村山家の一員となった。極度のビビリの半面、とんでもない甘えん坊。鳴き声は常にひらがなで、「わあ」。

  • 楓(♀3歳 サビ色の三毛)

    サスケ兄ちゃんの鈍くささを嘲笑うかのように、わざと危ないところへ上ってみせるおてんば娘。銀次おぢさまのことが大っ好き。短い尻尾がコンプレックス。鳴き声「いやあん」。

  • 青磁(♂9歳 ラグドール)

    真っ青な瞳の美しい貴公子だが、性格はやや屈折している。飼い主が亡くなったため、暖かな南房総から軽井沢へと連れてこられた。ただ今、他の猫たちとの共存方法を模索中。怪鳥のように「めけぇっ」と鳴く。

本文写真・猫近影
村山由佳
著者近影 山口真由子