08 たとえば一緒に暮らすひとが、筋金入りのミミズ好きだったら

 誰にだって苦手なものはある。私にだってある。

 ミミズだ。蛇だったら素手でつかめるし、ゴキブリだろうがクモだろうがへっちゃらだけれど、ミミズだけは5センチを超えるともう駄目である。こうして文字にするだけでも鳥肌が立つし、庭いじりをしていていきなり遭遇すると、ぐえっと変な声をあげると同時に数メートルは飛びすさってしまうくらい無理である。

 たとえばの話、一緒に暮らすひとが筋金入りのミミズ好きだったとして(いやだあー)、ミミズの魅力や手触りの素敵さをどんなに滔々と語られたとしても、あら、そんなに可愛いんだったらぜひうちで飼ってみましょうか、とは到底言えない。となれば、猫が大嫌いな夫のことを、一方的に非難するわけにもいかないのではないか……。

 とまあ、いささか無理やりな理屈で自分を納得させた私は、そこから10年にわたって、長くも苦しい〈禁猫〉生活を耐えることになるわけである。

 

 人は、変わる。

 時には劇的に変わる。

 そんなにまで猫全般を忌み嫌っていたはずの旦那さん1号が、やがて猫を抱きあげて頬ずりするほど変貌するまでの道のりは、ずいぶん昔に『晴れときどき猫背』というエッセイ集に詳しく書いたのでここでは省略するけれど──

 とにかく、最初の結婚から10年たった1999年の春、私は再び猫が身近にいる生活を送れるようになった。夢のようだった。

 いろいろと難はあるにせよ、旦那さん1号は基本的に優しい人だったし、私との暮らしを大事に考えてくれているのも間違いなかったから、とにかく猫を飼うことさえ許してもらえるのであれば、この先ちょっとやそっとの行き違いがあっても、その他のいろいろはお腹の底に呑み込むことができるだろうと思っていた。

 正直、それまでも彼との間で腹に据えかねるような出来事があるたびに、

 (これで別れることになったとしても、独りに戻ったら猫が飼える)

 と、胸のうちで密かに唱え続けてきたのだ。そう思うことがかえってガス抜きになり、歯止めにもなっていたのかもしれない。

 でも──結局のところ、猫だけでは夫婦のかすがいにはならなかった。

 結婚から14年目の5月、私は、私以外にはどうしてもなつかない三毛猫〈もみじ〉を1匹だけ連れて家を飛び出し、その3年後に、旦那さん1号とお別れすることになるのである。

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著者 村山由佳プロフィール

村山由佳(むらやま・ゆか)
1964年東京都生まれ、軽井沢在住。立教大学卒業。1993年『天使の卵―エンジェルス・エッグ―』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。2009年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞を受賞。エッセイに『晴れ ときどき猫背』など、近著に『嘘 Love Lies』『風は西から』『ミルク・アンド・ハニー』『燃える波』などがある。

猫プロフィール

  • もみじ(♀17歳 三毛)

    男を見る目のない作家のかーちゃんに付き添ってあちこちを転々とし、終のすみかは長野県軽井沢町。半世紀も猫を飼ってきた飼い主をして「こんなに猫らしい猫を見たことがない」と言わしめる、村山家のお局様。なぜか関西弁。

  • 銀次(♂10歳 メインクーン)

    体重8キロ、大柄だが気は優しく、犬にも人間にも動じない、村山家のお客様おもてなし担当。中身はたぶん、おばさん。鳴き声は「んるる?」。

  • サスケ(♂3歳 黒のハチワレ)

    妹の〈楓〉とともに村山家の一員となった。極度のビビリの半面、とんでもない甘えん坊。鳴き声は常にひらがなで、「わあ」。

  • 楓(♀3歳 サビ色の三毛)

    サスケ兄ちゃんの鈍くささを嘲笑うかのように、わざと危ないところへ上ってみせるおてんば娘。銀次おぢさまのことが大っ好き。短い尻尾がコンプレックス。鳴き声「いやあん」。

  • 青磁(♂9歳 ラグドール)

    真っ青な瞳の美しい貴公子だが、性格はやや屈折している。飼い主が亡くなったため、暖かな南房総から軽井沢へと連れてこられた。ただ今、他の猫たちとの共存方法を模索中。怪鳥のように「めけぇっ」と鳴く。

本文写真・猫近影
村山由佳
著者近影 山口真由子