09 出会う前には戻れない

 あなたとの出会いがあまりに素晴らしすぎて、もう出会う前の自分が思い出せない、みたいな出会いは素敵だ。それを運命的だとか、奇跡だとか、言いたくなる。それは分かる。

 

 けれども、J-POPの歌詞でよくある類の、「あなたなしでは生きていけない」というような物言いには、ずっと疑問を抱いて生きてきた。一種のレトリックであることは承知しつつも、幸せを強調するために、「あなたがいないと生きていけない自分」という不幸を引き合いに出すような言い回しがどうしても気に入らない。あなたとの出会いを、自らを弱く見積もることで美化することはあるまい。

 

 もともとの自分に対して意味のない引き算をすることで、いまの幸せを引き立たせるなんていうのは、自虐的でありつつも自己陶酔的であり、悲劇の予感も漂う。「あなたなしでは生きていけない」関係性は、重い。依存しない自立性を保った上でなお、あなたとの出会いによって自分がもっと魅力的になったとか、変わったとか。そういう足し算の発想で生きていきたい、と思った。

 

 パフェの話である。

 

 パティスリー系の代表格で、下がふくらんだワイングラスに、自家製のジェラートと香りや食感のバラエティ豊かな素材で緻密な構成をした繊細なパフェ。代々木上原のパティスリービヤンネートルは、月ごとにパフェメニューが入れ替わる、パフェ界では知らない者はない超人気店である。

 

 カウンター席に座り、「和栗/フィグ」をいただく。(※注1)
 和栗モンブランクリーム、和栗ジェラート、アールグレイシュトロイゼル、ダークラムのジュレ、いちじくのソルベ、フロマージュブランのブランマンジェ、ジュレアールグレイ。色も味も一段と深まる、秋にふさわしいパフェであった。

 

 和栗のジェラートに別添え(※注2)のダークラムをかける。
 和栗のジェラートは単体でおいしい。けれども、ダークラムをかけることでよりおいしいとも感じる。大事なことは、「和栗のジェラートが物足りないからダークラムをかける」のではないということだ。ただ、かけてしまったら、もう元の状態には戻れないということも確かだ。

 

 こういう不可逆のプロセスを理解するのはとても大事なことのように思われる。あくまで単体の強さがあって、そしてマリアージュがある。いや、もちろんダークラムをかけたあとに、それがかかっていない素のジェラートの部分を食べてもおいしいのだけど、それでもやはり、後戻りできない感はある。

 

 いやいやしかし、とふたたび素のジェラートを味わいつつ考える。ダークラムとの出会いを経たあとで食べると、素のジェラートに感じるおいしさのレベルも、もしかして増幅していないか。出会いによって、もとの自分自身に対する認識も深まる。そんなことがあるのではないか。

 

 出会いによって、ひとりで生きていく強さも手に入れる、ということが言えまいか。出会ってしまったから、もうふたりでしか生きていけないだなんて、なんて窮屈なのだろう。そもそも、出会いというのはなくてはならないものでもない。ひとりで生きるも、ふたりで生きるも自由である。

 

 まあ、パフェの話ですけど。


※注1:2019年10月のことである。ちなみに、ビヤンネートルの最近のパフェは「和栗/フィグ」のように二つの素材を並べた名前となっている。
※注2:ダークラムは、ラム酒の中でも風味が強い。なお「別添え」と書いたが、そういう日本語は辞書的には存在しない。みんな使っているから、そろそろ辞書に載せた方がいいと思う。

▲グラスの中にたゆたう香りを堪能(たんのう)あれ。ビヤンネートル「和栗/フィグ」

毎月第2・4木曜日更新

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斧屋(おのや)

 パフェ評論家、ライター。東京大学文学部卒業。
 パフェの魅力を多くの人に伝えるために、雑誌やラジオ、トークイベント、時々テレビなどで活動中。
 著書に『東京パフェ学』(文化出版局)、『パフェ本』(小学館)がある。