20 空

 最近ずっと眩暈(めまい)ひどくて悩んでいました。
 目が回るような、あるいは世界が回っているような、ぐるぐるした眩暈が絶え間なく続いて、目を閉じていると酔ってしまい、歩いていると回転に引きずられ身体が左右に傾く。
 一般的に、眩暈の原因としては内耳や脳のトラブル、鉄分不足などが挙げられます。しかし私は他に思い当たる節があるのでした。『エースコンバット7』のやりすぎです。

 

 前のエッセイでも『エースコンバット7』をやっているとちらっと書いたと思うのですけれど、これが本当にマジでめちゃくちゃ面白くて、誇張抜きに寝ても覚めても四六時中プレイする日々が続いていました。このゲームは架空の大陸の空軍戦闘機兵となり、戦争に参加するうちになにやら更に巨大な思惑、陰謀の中に巻き込まれていくという感じのストーリーです。プレイヤーは凄腕(すごうで)の戦闘機乗りという設定なので、基本的に皆ちやほやしてくれます。美しい空の中、戦闘機で好き勝手に飛び回りながら皆にちやほやされるという夢のような世界に私はすっかり夢中になり、「適度に休憩を取りながら」というゲームの注意書きを完全に無視してしまいました。なので眩暈が現れ始めたとき、これはバレルロールやハイGターンのやりすぎだとすぐに察しました。

 

 ゲームを控えよう、と思いつつ、エースパイロットである私がいないとユージア大陸の人々が困ってしまうので、結局クリアするまでやりました。そしていよいよ眩暈がひどくなり、もしかしてこれはゲームは関係なくものすごい病気の前兆なのではないかと不安になりました。
 迷いつつ、眩暈外来のある病院を受診しました。あらゆる検査の結果は異状なしで、(いぶか)しがるお医者様に、私は恥を忍んで、実は……と、めちゃくちゃ『エースコンバット7』をやっていることを打ち明けました。
 結果、お医者様から「テレビゲームを控えなさい」と言われました。三十を過ぎて医師からそんなことを言われる人生になるなんて思っていなかったです。

 

 こんなにも空飛ぶゲームに夢中になってしまったのは、子供の頃からずっと、空に対してものすごい憧れがあるからでした。
 空を自由に飛べるようになりたすぎて、飛ぶ練習をしていたことがあります。
 飛ぶ練習、というのを言葉で説明するのは難しいのですけれど、こう、重力に反して空に浮かび上がるイメージをするのが主な練習メニューとなります。毎日毎日、授業中や夜眠る前のちょっとした空き時間を利用しては、浮こうとしていました。小学生くらいの頃の話かな? と思われるかもしれませんが、大学生のときの話です。世の中にはそんな大学生もいるのです。

 

 人間が生身では浮けない、飛べない、ということは知っていたのですけれど、でも、自力で飛んでみようと真剣に努力しつづけた人間ってたぶんいないじゃないですか。宗教的な思想やヨガパワーを突き詰めた先のふわっとしたささやかな浮遊ではなくて、私の目指すところはアイアンマンやアンパンマン的な空高く上がる飛び方です。「毎日空高くまで浮こうとしてもひとは自力では浮けない」という実験結果はまだどこにもないはずです。
 私は「毎日空高く浮こうとした人間の体内には反重力器官が自然発生する」という仮説を立てました。人類は、ひとは生身では飛べないという先入観からこの反重力器官の発見に至ることなく二十一世紀を迎えました。しかし地上の生活で事足りるはずの人類が古くから無駄に空への憧れを抱きつづけてきたのは、体内に眠るこの器官からの無言のメッセージだったのです。

 

 クマバチの存在が私の希望でした。クマバチは、ふわふわした大きな身体に、冗談のような小さな羽をもつハチです。ブーン! とでかい音を立てて飛び回ります。航空力学的に見ると、クマバチのあの身体と羽では空を飛べるはずがない、という話を聞いたことがありました。クマバチが空を飛んでいるのは、ひとえにクマバチに「自分は飛ぶ生き物」という認識があるためだと。
 そんな根性論のような話はとても信じられません。私はクマバチの体内にもきっと反重力器官が備わっているに違いないと推測しました。あの羽はただの飾り、というか、「ブーン!」という音を出すための威嚇器官です。なのできっと残酷な子供とかがクマバチの羽をむしったとしたら、クマバチは音もなくピッ、ピッ、と空中を移動して刺しにくると思います。

 

 ただ残念なことに、結局今現在に至るまで私の体内に反重力器官は発生していません。でもそれは私の立てた仮説が間違っていたという証明にはなりません。なぜなら私はけっこうはやく浮く練習に飽きてしまって、というか、自分が浮く練習をしているということを忘れてしまって、いつのまにか浮こうとすることをやめていました。

 

 もしこれを読んでいるものすごくヒマな大学生がいらっしゃいましたら、私の後を継いで浮く練習をしてみていただきたいですけど、大学生にはなにかしら他にもっとやることがあるでしょうから、無理なさらないでください。仮に浮けたとして、あまり調子に乗ってぐるぐる回り続けていると眩暈を起こすので気をつけてください。
 そして悲しい話なのですけれど、クマバチが飛ぶ原理は今はもう解明されているらしいです。身体の大きさに対する空気抵抗が云々(うんぬん)ということで、反重力器官は無関係でした。がっかりですね。

毎月第1・3木曜日更新

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著者
渡辺優プロフィール

渡辺優(わたなべ・ゆう)
1987年宮城県生まれ。宮城学院女子大学卒業。2015年『ラメルノエリキサ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。著書に『自由なサメと人間たちの夢』『地下にうごめく星』などがある。


イラスト
内山ユニコプロフィール

内山ユニコ(うちやま・ゆにこ)
北海道北見市出身、東京都在住。20代の終わりより作品制作を始める。花田菜々子著『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』のイラストなどが話題に。
オフィシャルサイト:http://www.vesicapisis.com