17 血管

 このエッセイの一回目で、「注射がすごい笑える」というお話をさせていただいたのですけれど、実はもうそんなに笑ってないです。ここ数か月の間に何度か急病にやられまして、注射や点滴をたくさん打たれた結果、さすがにそんなに何回も同じネタをやられると面白くもなくなるというか、飽きてしまったのです。
 あんなに笑えていた注射に飽きてしまってちょっとさみしい気持ちもありましたが、注射のたびに笑いをこらえるつらさもなくなったので、献血に行こうと思い立ちました。人生初献血です。

 

 今まで献血を避けてきたのは、注射で爆笑してしまうので、という理由の他に、血液型がわからないので、という事情がありました。
 私は自分の血液型を知りません。今の時代、もうあまり子供の血液型を積極的に調べたりはしないそうですが、私が小学生くらいのときは皆己の血液型をわかっていて、血液型占いなどの話で盛り上がることも多々ありました。そんな中で、私は自分の血液型が不明であることに誇りを持っていました。
 血液型って四パターンしかありません。血液型何型? という質問に対して、答えは通常、A、B、O、ABのいずれか。そんな型にはまった定型の質問に対して、「わからない、調べたことない」とイレギュラーかつミステリアスな答えができることは、私にとって大きな喜びでした。だから絶対に己の血液型を知りたくなかったのです。「何型?」と聞かれて「A型」と答える、そんなありふれたつまらない人間になるのは嫌でした。

 

 血液型を知らなくても献血はできるらしい、という情報は以前より耳にしていました。どのみち献血前に少量の血を抜き、献血に耐えうる血の状態かどうかを調べると同時に、血液型も判明するからと。私は血液型を知りたくない、でも献血はしてみたい。
 ここは正直に、「血液型を教えないでください」と頼んでみる作戦でいこうと思いました。

 

 そして訪れた献血ルームは夢のような場所でした。
 私の住む地にいちばん近い献血ルームは仙台駅にほど近いビルの二十階に位置し、私は高いところがめちゃくちゃ大好きなのでそれだけでテンションがあがりました。一面の窓からは青空に向かってそびえるビル群と、遠くに海が見えました。広々としたフロアのそこここには無料の自動販売機やお菓子コーナーが設けられており、そこには私の愛するお菓子「ルマンド」もありました。壁には「乃木坂46オリジナルクリアファイルプレゼント中!」のキャンペーンポスター。他にも月替わりで、フルーツグラノーラやカップ麺など、生きていくのに欠かせないさまざまなアイテムがもらえる模様。血が無尽蔵なら毎日通いたい場所です。

 

 はじめてだったので、受付でいくつか問診やアンケートを受けました。その間ずっと「血液型を教えないでください」とお願いするタイミングをうかがっていたのですが、そのうちだんだんと「自分の血液型に向き合う覚悟」みたいなものが湧いてきました。私ももういい大人なのだし、「血液型:不明」であるというめちゃくちゃどうでもいいことにアイデンティティを見出(みいだ)すのはやめたらどうだろう。これから献血のたびに「血液型知りたくないんですけど……」と謎のお願いをしつづけていたら、きっと職員の方々にも顔を覚えられて変なあだ名をつけられる。

 

 私は覚悟を決めました。そして、せめてAB型であれ、と願いました。私の中で憧れの血液型ナンバーワンは、天才肌などと称されることの多いAB型です。ワーストはA型、B型、O型です。やっぱり血液型ならAB型一択。日本人はA B型が少ないらしいので、勝率二割五分以下の厳しい勝負ですが、とにかく、ついに血液型を知る時がきました。私は神妙な心持ちで、献血前の注射をしてくださる看護師さんに腕をさし出しました。
 しかし右腕、左腕、とじっくり検分した看護師さんはやや表情を曇らせました。「血管細いって言われません?」と。私はギクっとしました。

 

 血管が細いせいで、幼少期からいつも看護師さんたちを困らせてきました。血管がわかりにくくて刺しづらい、刺してもうまく針が入らない。注射が一発で成功したことはほとんどなく、三回四回トライしてもらってようやく刺さるのが常でした。私は針を刺されるのはぜんぜんオッケーなので、成功するまで数打ちゃ当たるの精神で気軽にぶすぶすやってもらってぜんぜんかまわないのですが、看護師さんだって暇じゃないのです。ぐんぐん血を運んで針もスムーズに入る血管が優れているのに間違いはないでしょう。私は駄目な血管の持ち主。血管弱者。

 

 しかし今の私には、一推しの血管があるのでした! 
 先日胃腸炎を発症し、緊急入院しました(クリスマス・イブのことでした)。検査のための採血や点滴の確保でたくさん針を刺され、例にもれずうまく刺さらない血管でご迷惑をおかけしたのですけれど、その際担当してくださった看護師の皆さんより、「右腕手首付近の血管はまあまあマシである」との評価を得たのでした。絶飲食の数日間、私はその血管につながれた点滴からの栄養で生き延びていたのです。

 

 その血管から抜いてもらおう! とすっかりそのつもりになって私は、苦い顔で血管を探す献血ルームの看護師さんに、「この血管がよくとれると評判です」と一推しをおススメしました。「お! 確かにこの血管は()いですね」みたいな会話の流れを想像していました。
 しかし看護師さんはその血管を一瞥(いちべつ)すると、「うーん……、そうですね……」と苦い表情のまま首をひねりました。そうしてしばしの逡巡(しゆんじゆん)の後、「いやあ、残念ですが、血管がちょっとアレなので、今日のところは……」と、お引き取りください的なことを柔らかに濁して告げました。

 

 そのときはじめて知ったのですけど、献血用の注射針というのは普通の採血などで使われる針よりちょっとだけ太いのだそうです。なので普通の注射でオッケーな血管でも献血はNGの場合もある、と。
 落ち込む私に、看護師さんは「冬場はとくに血管が細くなりがちなので、暖かい季節だったら大丈夫かもしれません」と希望を持たせてくれました。では暖かくなったらまた来ます……、と旅人のようなことを言って私はその場を辞しました。

 

 なにより気まずいのは、ついさっき、素晴らしく景色のいい休憩スペースで注射の順番を待っているとき、私はすでに温かい緑茶を一杯とルマンドをいただいてしまっていたのでした。血を抜く前には水分を多く取り空腹を避けるようにというアドバイスに正しく従おうとしたのです。まさか血を抜かずに帰ることになるとは思いもよらず。
 もちろんスタッフの方々は私を役立たずのルマンド泥棒などと罵ったりせず、どうぞまた来てくださいと温かく見送ってくださったのですけれど、血も出せないくせにお菓子だけ食べたという事実がつらかったです。

 

 あまりに悲しかったので、その後ツイッターで「献血 血管」で検索してみました。そこには「献血に行ったら血管を褒められた!」という血管強者の声と、「献血行ったけど血管が細すぎてお断りされた」という血管弱者の声が同じくらいありました。血管強者たちはチョコレートや乃木坂のクリアファイルなど各種返礼品を手に幸せそうでした。うらやましいです。
 献血ってほんとに、献血ルームのひとに優しくしてもらえて温かな感謝の言葉もいただけて、お菓子ももらえて齋藤飛鳥ちゃんの笑顔も素敵な乃木坂グッズももらえて、血管から血を抜くという専門的な技術を要する行為を受けられるのに無料です。血管強者で針も平気で血も豊富だけどまだ機会がなくて行ったことがない、というひとは、一度行ってみると楽しいのでは。
 私もまた暖かくなったら、血液型を知る覚悟を胸にリトライしたいと思います。AB型がいいなと思います。

毎月第1・3木曜日更新

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著者
渡辺優プロフィール

渡辺優(わたなべ・ゆう)
1987年宮城県生まれ。宮城学院女子大学卒業。2015年『ラメルノエリキサ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。著書に『自由なサメと人間たちの夢』『地下にうごめく星』などがある。


イラスト
内山ユニコプロフィール

内山ユニコ(うちやま・ゆにこ)
北海道北見市出身、東京都在住。20代の終わりより作品制作を始める。花田菜々子著『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』のイラストなどが話題に。
オフィシャルサイト:http://www.vesicapisis.com