01 注射

 子供のころは注射が得意でした。全く怖くなかったし、痛みも大したことないと思っていたし、他の子供が泣いたりするので泣かないだけで褒められたりするのがお得と思い、どちらかというと「好き」の部類でした。しかし、小学校五年生のときに盲腸で注射を大量に打たれて、それから苦手になりました。「注射」という医療行為が私の中でものすごく笑いのツボに入ってしまって、注射のたびに笑いをこらえるのがつらくなったのです。

 

 学校でお(なか)が痛くなって、早退して病院に行ったところ盲腸だと診断されたのですが、そもそもお腹が痛いというのが仮病だったんですよね。なんかだるいし家に帰りたいしなんならちょっとお腹痛い気がする、という程度で保健室に行ったのに、病院に連れていかれて盲腸とか言われてその時点で内心爆笑でした。注射を打たれ始めたころにはまったくどこも痛くなくて、ぜんぜん健康なのにすごく注射を打たれている自分、っていう状況がすごく面白くなってきてしまって、三本目くらいを打たれるあたりからもうフフッ……みたいな笑いが漏れ出してしまい看護師さんに、え? なに? という目で見られました。いや実は仮病なんですよね……とか今このタイミングで言ったらどうなるんだろうと妄想が(ふく)らみ、でも本当に仮病だとバレたらきっと色々な大人に怒られるからバレてはいけない、笑ってはいけない、という思いが余計に笑いをあおり、すごくつらかったです。

 

 それからというもの、それまではごくナチュラルになにも考えずに受けることができていた注射という医療行為が、ものすごくシュールなものに感じられるようになりました。だって、私は気づいてしまったんですけど、注射ってヤバいんですよ。血管に針を刺して直接薬を流し込むのですよ。「血管」に「針」を「刺し」て「直接」「薬」を流し込むって。そんなことあります? ワイルドすぎじゃないですか? この医療技術の進歩した時代に、直接血管に流し込んでるんですよ。薬を。針を刺して。

 

 注射以外の医療行為は別に面白くないです。放射線を当てて骨を透かして見るとか、胃の中にカメラを入れるとか、切って取り出して縫うとか、よくよく考えればシュールだな、と思う行為はたくさんあるのですけど、やっぱり血管に(ちよく)で、針でいくっていうダイナミックさと、大事な血管に血液以外のものが流されるのだというホラー、それが実際にとてもよく効くというミラクルが合わさって注射特有の面白さが生まれているのだと思います。

 

 すごく困るのが、笑ってしまうと腕が震えて注射に差し(つか)える、という点です。看護師さんもたぶんだいぶ迷惑だと思います。なんとか力を抜いて笑うのをこらえて挑むのですけれど、どうしてもニヤニヤはしてしまうのでたぶんすごいキモい患者で申し訳ないです。

 

 この話を何人かにしたことがあるのですけれど、理解を得られたことはまだありません。この面白さがわからないなんて……と不服に感じていたのですが、考えてみれば私も注射が怖いひとの気持ちがわかりません。注射って、たまにものすごく怖がるひといるじゃないですか。大人なのに、なぜ? と不思議でした。注射なんてちょっと針を刺されて血管に薬を流し込まれるだけです。大して痛くもないし、すごい笑えるのに、どうして? と。

 

 もしかして注射がすごく怖いひとは私が笑っているそのポイントが怖いのかもしれない、と気づきました。違っていたらすみません。でも、笑いと恐怖って近いところにある感覚だという説を聞いたことがあります。ホラー映画を見ながらゲラゲラ笑うひとっていますよね。超クレイジーだと思ってましたけどそういうこと?

 

 とにかく注射とは笑いとか恐怖とかそういう感情を引き起こすパワーのある医療行為ということです。注射が別に怖くないし笑えもしないというひとはもっと真剣に注射について考えてみてください。

毎月第1・3木曜日更新

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著者
渡辺優プロフィール

渡辺優(わたなべ・ゆう)
1987年宮城県生まれ。宮城学院女子大学卒業。2015年『ラメルノエリキサ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。著書に『自由なサメと人間たちの夢』『地下にうごめく星』などがある。


イラスト
内山ユニコプロフィール

内山ユニコ(うちやま・ゆにこ)
北海道北見市出身、東京都在住。20代の終わりより作品制作を始める。花田菜々子著『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』のイラストなどが話題に。
オフィシャルサイト:http://www.vesicapisis.com