04 運転

 運転免許を持っているのですが、私のような人間に免許を与えてはいけない。
 免許を取ろうと思い立ったのはひとより遅くて、二十代の半ばくらいのときでした。実家が田舎(いなか)なので、まわりの友達はみんなすでに免許を持っていました。みんな取れてるんだから自分もふつうに取れるだろうと思っていました。それが大きなまちがいでした。

 

 私は教習所内の運転は超得意でした。縦列駐車とか、S字クランク的なやつも余裕でした。まっすぐ走れるしスムーズに止まれるし車って楽しい、と思っていました。曲がるのはすでにちょっと苦手だったのですけど、教習所内って永遠に同じコースを回り続けるだけじゃないですか。曲がる角度も毎回同じなので、そのうち慣れました。ちなみにオートマの話です。

 

 免許が取れたらひとりで海とか森とか行ってみたかったのです。夜中にふと遠出して誰もいない山で星を見上げたりしたかった。

 

 所内の教習を全部終えてはじめて一般道に出たとき、これは無理なやつだと悟りました。一般道には一般人がいる。
 一般人は車に乗って走っているし、自転車に乗っていたりもするし、歩いているやつもいます。歩いているやつ! 歩行者! 私はこれが一番怖かったです。自分が歩いているやつのときは特に自覚していなかったんですけど、歩行者って小回りが利くからどんな動線も描けるじゃないですか。車輪のやつらは少なくともいきなり真横とかに進路を変えることはないけれど、歩いているやつは自由。しかも歩いているやつは数が多いのです。こんなにたくさんいるのに、ひとりでも、ちょこっとでも触った瞬間に即アウトなんて、絶対無理だと思いました。

 

 しかも車社会のルールは完全に崩壊しています。みんな時速四十キロ制限の道を六十キロくらいで走っています。隣に座っている指導教官も崩壊した世界サイドの人間なので、標識に従う私にもっとスピードを出していいんですよ、出さなきゃ逆に危ないので、というそちら側の世界の論理をぶつけてきます。

 

 人間が野生で生きていて六十キロで移動することってないじゃないですか。人間の限界をはるかに超えたスピードで移動しつつ、ひとをひかないように注意するって大変です。だって万が一ひいてしまったら人命にかかわるのです。ちょっとうっかりしただけで人命にかかわる可能性のある状況ってそうそうないです。そういう危険のある現場って大抵安全管理が徹底されていて、万が一が絶対に起こらないようにダブルチェック、トリプルチェック、みたいなシステムが敷かれていると思うのです。それにひきかえ車って、道路って、色々な意味でオープンすぎないでしょうか。車サイドはヒューマンエラーへの対策が不十分だし、道路サイドは歩行者と車を隣り合わせているし。

 

 それに加えて私は運転がナチュラルに超下手(へた)でした。六十キロで走っている状態で色々な情報を処理しつつ手足で複数の装置を操るっていうことが無理でした。地面に引いてある線のことを考えながら信号のことを考えて進路のことを考えながら対向車に注意しつつ歩行者を見る。難しい。私の脳ってたぶんなんらかの運動的な? 処理的な? 分野にウィークポイントがあるんだと思います。初心者だからとかいう次元じゃなく素直にシンプルに完全に下手なのでした。チョロQやマリオカートはわりと得意だったけどあれって歩行者もいないし対向車もないし信号もないし右折レーンもないし。

 

 免許あきらめようかな、と思いました。でも免許取れないやつなんているのかよ……と思い、「免許」「無理」「あきらめる」で検索してみたりもしました。そしたら運転免許取得をあきらめた有名人として、宇多田ヒカルさんの名前が挙がっているのを見つけました。ネット上の一噂ですので真偽はまったく不明ですが、宇多田ヒカルさんと同じならアリだな……とも思いました。

 

 それでも教習所に通い続けたのは、顔写真付きの身分証明書がほしかったからです。別に免許証じゃなくてもかまわなくて、取れなかった人には『免許が取れなかったで証』を発行します、というシステムだったら間違いなくそっちを受け取っていました。身分を証明するたびに、あ、この人免許取れなかったんだ、と思われたって別にいいです。真夜中にひとり星を見に行くことができない人生は悲しいけれど、夜中はゲームでもしてます。身分証がほしい、ただそれだけでした。

 

 結果として免許は取れました。免許証を手にしたときに最初に思ったのは、これでもう運転しなくて済む、ということでした。すごく(うれ)しかったです。ほんとうに安心しました。

毎月第1・3木曜日更新

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著者
渡辺優プロフィール

渡辺優(わたなべ・ゆう)
1987年宮城県生まれ。宮城学院女子大学卒業。2015年『ラメルノエリキサ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。著書に『自由なサメと人間たちの夢』『地下にうごめく星』などがある。


イラスト
内山ユニコプロフィール

内山ユニコ(うちやま・ゆにこ)
北海道北見市出身、東京都在住。20代の終わりより作品制作を始める。花田菜々子著『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』のイラストなどが話題に。
オフィシャルサイト:http://www.vesicapisis.com