08 体力

 生まれ変わったら体力のある人間になりたいです。筋力も欲しいです。
 肉体のスペックって人格とか人生、そのひとの世界観にだいぶ大きな影響を与えるものだと思います。今だって五体満足だし内臓も一応(そろ)っているし贅沢(ぜいたく)を言ってはいけないと思うのですが、もし自分がもっと強いボディを持っていたならもっと積極的な人格で人生を謳歌(おうか)できていたのではないかと思ってしまいます。

 

 私の体力への憧れの根底にはたぶんゲーム脳があって、ゲームのキャラクターってBボタンとか×ボタンとか押していれば無限に走っていけるやつがほとんどじゃないですか。息切れもわき腹痛もない。肉体の限界に(わずら)わされることがないっていいなあ、と、ゲームにハマりだした小学生くらいのときから思っていました。

 

 初めに己の体力のなさに気が付いたのも同時期、小学校の中学年くらいのときでした。どうやら足が遅いぞ自分は、ということにはうすうす感づいてはいたのですが、マラソン大会で毎年ビリになるのはさすがにちょっとどうかしてるんじゃないかなと疑念を持ちました。明らかにやる気のないちょっと不良っぽい子たちがお(しやべ)りしながらだらだら歩く速度よりも、私が必死に走る速度が遅いってどういうことだと。コース脇に立つ先生も不良の子たちには「真面目(まじめ)に走れ!」と怒っているのにそれより遅い私には「頑張れ! 無理するな!」とねぎらいの声援をくれる。見るからに限界っぽい走り方をしていたんだと思います。自分体力ないなと確信しました。

 

 それでも中学のときには剣道部に入部しました。体力はないけれど血の気は多かったので、なにか格闘技や武道がやりたかったのです。でも私はあの重たい防具を付けて立ったり歩いたりするだけでへろへろで竹刀(しない)を持ち上げるなんてとてもとても……という(てい)たらくでした。当然ランニングなどの練習メニューもあったのですけど皆と同じ距離を走るなんて到底無理でした。私は学外を走る外周コースにいくつかショートカットコースを見つけ出したり、まいど周回遅れになるのをいいことに周回数を誤魔化(ごまか)したりしてしのいでいました。

 

 ズルはよくないよ、と思われるかもしれませし私も完全にそう思うのですけれど、肉体的な苦しみってひとからそういう健全な倫理観をそぎ落とすものなのですと言い訳させてほしいです。
 私がこの部活動を通して得たものは、ムリなものはムリという真理と、自分を守るためにズルはとても有効であるという事実と、でもズルって癖になるからやっぱりあんまり良くないという教訓でした。毎日ズルをしつつも一応日々己の限界まで運動していたのに、段々と体力がついてくるなんてこともありませんでした。といいますのも私は消化器官も弱いのに肉好きであったせいで、胃腸はいつもオーバーワーク状態で内臓が疲弊(ひへい)しているのが常でした。なにも運動をせずとも身体(からだ)は内側からよろよろ。体力づくりの基盤もぐらぐらだったのだと思います。

 

 私は体力のない人間として生きていく決意を固めました。将来の夢としてパイロットや警察官やバックパッカーを思い描いていたこともあったのですがすべて体力が必要だということで却下しました。かの有名なコミック『スヌーピー』のなかに、「配られたカードで勝負するしかないのさ」という台詞(せりふ)が登場します。よく犬でなんかいられるね? 的なことを言われたのちに返した言葉だったと記憶しています。大好きな言葉です。ほんとうにそうだよねスヌーピー、と思います。

 

 それでもまだ現代に生まれたおかげで助かりました。一昔前の話など聞いていると体育の授業やなんかとてもスパルタで体力のない人間には人権がない感じがします。現代は虚弱な人間にも優しくしようみたいな風潮が普通になりつつありますし、栄養ドリンクも色々な種類があって美味(おい)しいです。

 

 もし体力があったらやりたいこと一位は自転車で世界一周、みたいなやつです。空路と水路も楽しみたいので途中パラグライダーを挟んだりボートを盛り込んだりもしたいです。仮に体力があったとしても面倒くさいから嫌だな、と今一瞬思いましたけれど、きっと体力があったなら面倒くさいという気持ちもなくなるものでしょう。体力さえあればあらゆる仕事もばりばりこなせるので金銭面もクリアですし、働いてなお勉強したりする体力も残っているので語学も堪能(たんのう)になるはずです。体力のあるひとは万人に尊敬されるのできっと世界中のいたるところに友達もできるでしょう。本当にうらやましい。体力がほしい。

 

 こんなに体力がほしいのだから頑張って体力をつける努力をしてみようかな、と今思いました。十代でもできなかったことが今できるかはわかりませんが、いいかげん体力のない生活にも飽きてきたところです。運動は強制であり必ずズルがともなっていた学生時代とは変わり、今は何を誤魔化す必要もないので運動に対する後ろめたさはありません。肉ばかり好きだった昔に比べ最近は魚なども食べるようになってきました。手始めに筋トレとかしてみようと思います。

 

 人生はカードゲームじゃないんだよスヌーピー。私は虚弱でいることをやめます。かかってこいよスヌーピー。

毎月第1・3木曜日更新

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著者
渡辺優プロフィール

渡辺優(わたなべ・ゆう)
1987年宮城県生まれ。宮城学院女子大学卒業。2015年『ラメルノエリキサ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。著書に『自由なサメと人間たちの夢』『地下にうごめく星』などがある。


イラスト
内山ユニコプロフィール

内山ユニコ(うちやま・ゆにこ)
北海道北見市出身、東京都在住。20代の終わりより作品制作を始める。花田菜々子著『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』のイラストなどが話題に。
オフィシャルサイト:http://www.vesicapisis.com