10 恐怖

 子供の頃からずっと二大怖いものがあって、それは虫と幽霊です。

 

 虫のほうは、もう怖さに納得しているんです。私は虫の写真とか遠くにいる虫とかは怖くなくて、自分の家のなかとか超近距離にいきなりでる虫が怖いのです。それってつまり、自分の巣とか縄張りのなかに侵入してくる生き物を敵とみなして警戒してるっていう、生物としてごくあたりまえの感覚だと思うのでオッケーです。虫が怖くないひとは警戒心が足りないです。

 

 でも幽霊が怖いのは自分でも納得がいっていません。だって幽霊っていないじゃないですか。
 いるのかもしれないけれど、私は一度も見たことがありません。霊感はほんとうにまったくのゼロなのです。見たことがないので、当然危害を加えられたり迷惑を(こうむ)ったこともないです。具体的に怖い思いをさせられたこともないです。
 でも本当にすごく怖くて、今も幽霊が怖いっていう話を書いたりしたら幽霊が寄ってくるんじゃないかなっていう不安があるのでこの文章もスタバで書いています。スタバには幽霊がいない気がするので。フェアトレードコーヒーの香りには除霊の効果があるので。

 

 死んだひとの霊が怖いって謎ですよね。つまりはひとが怖いのでしょうか。肉体とか法律から解き放たれたひとが怖いのか。死んだひとは()しき存在になるという感覚があるのでしょうか。わかりません。でも私は善良な幽霊だったとしても部屋のなかにでられたりしたら怖いです。ただこれは虫に対する恐怖と同じ気がします。しかし虫と違って遠くの方にぼんやり幽霊が見えたとしても怖いです。遠くだから大丈夫だと安心して振り返った瞬間すぐそこにいるパターンかもしれないので。怖い。いやでもやっぱりそう考えると虫と同じでいきなりテリトリーを侵されることが怖いのかな……って気もしてきましたけど、たとえば玄関から礼儀正しくジェントルに訪ねてこられても怖いですね幽霊は。心霊写真とかべつに写真に写られたところでぜんぜん無害だしなにも影響ないしいいですよ、と思いつつ怖いです幽霊は。写真に虫が写っていても怖くないのに。なぜでしょう。

 

 なぜでしょう? とか書いておいてあれですけど、実は私はもうその怖さの理由を解明しているのでした。

 

 私はたぶん幽霊が怖いのではなくて、怖いという感覚そのものを恐れているのだと思います。怖い! っていう脳の状態って、怖いじゃないですか。子供じゃあるまいし、私だって別に幽霊なんてどうでもいいんですけど、幽霊のことを考えると脳が怖い! っていう状態になるので、それが怖いのです。恐怖の象徴である「幽霊」を意識することによって、恐怖することが怖い。

 

 そのことに気づいてからは幽霊を怖がりつつも、落ち着いて怖がれるようになりました。
 夜中、金縛りにあって目が覚めたときとか、すごく怖いんですけど、これは脳が怖がっているだけで、私はその脳が怖がっている状態にビビっているだけなわけで。
 金縛りなんて科学的根拠があるものですし(あるんですよね?)、それにともなう幽霊の気配とかも、まあ、怖いことはめちゃくちゃ怖いのですけど、ただ脳が怖いって言ってるだけなので、慌てず、騒がず、ただすごく怖いなあっていう状態です。

 

 そう考え出すと恐怖だって別に怖くない気もしてきます。なんだか脳がわー! って感じに回転してぞわぞわする物質を分泌して手足ががくがくしだして呼吸もおぼつかなくなりますけど、それがなにか? って感じです。すごく怖がりながら「ぜんぜん怖くないですけど?」って言うと自分のビビリを認めないダメなやつみたいな感じで一見みっともないですけど、本当にもう怖くないです。ただ脳はすごく恐怖している状態にあるのですけど、それだけです。

 

 なので私は幽霊自体はぜんぜん怖くないのですが、これは別に幽霊を軽んじているとか馬鹿にしているわけではないので、その点はよろしくお願いします。今スタバから家までの帰り道が怖いです。

毎月第1・3木曜日更新

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著者
渡辺優プロフィール

渡辺優(わたなべ・ゆう)
1987年宮城県生まれ。宮城学院女子大学卒業。2015年『ラメルノエリキサ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。著書に『自由なサメと人間たちの夢』『地下にうごめく星』などがある。


イラスト
内山ユニコプロフィール

内山ユニコ(うちやま・ゆにこ)
北海道北見市出身、東京都在住。20代の終わりより作品制作を始める。花田菜々子著『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』のイラストなどが話題に。
オフィシャルサイト:http://www.vesicapisis.com