22 猫

 猫って意味がわからないくらいかわいいですよね。
 まず、あの全体像がかわいいです。猫型。丸い顔に(とが)った耳がついていて、バランスのよい胴体に手足、そしてしゅるんとしたしっぽ。猫の全身を横から見ると、まったく隙がなく無駄もない完璧なフォルムをしています。前から見るとかわいい。後ろから見てもかわいい。形だけでも百点かわいいのに、そこにふわふわの毛が生えている! 馬鹿じゃないのって感じです。反則。かわいいが爆発しちゃう。

 

 次に、顔がかわいいです。大きな目。小さな鼻。「猫の口の形」としか形容できない形の口。口を開けば小さな牙とベロ。かわいいパーツだけで構成されたただひたすらにかわいい顔。瞳はブルーだのグレーだのイエローだのグリーンだの宝石のような美しい色ばかりで、その場の明るさによって瞳孔が細まったり丸まったりするという()え機能までついています。かわいい。

 

 そして、動きがかわいいです。かわいい形でかわいい顔のふわふわの生き物がまず動くという時点でハー! って感じなのですけれど、その動き方がもう人間の想像力を超えたハイパーキュートなムーブでラブリーでファンタスティックです。猫はとことこって感じで歩きます。ごろんと横になってうねうねしたりします。かと思えばしゅっ! って感じに走ったり、しゃっ! て感じに棚に飛び乗ったりします。そしてすべての動きにはあのしっぽがいつも絶妙な距離感でしゅるんしゅるんと寄り添っています。かわいい。

 

 さらに、猫は鳴き声もかわいいです。猫はニャーと鳴きます。ニャーって! ふざけてんのかよって感じです。この世で一番かわいい音を鳴き声に採用したのかよ。もうただかわいいだけの音じゃないですか、ニャーって。びっくりします。自然界にそんな音を放つ生き物が自然発生したという奇跡。視覚、触覚にとどまらず、聴覚にまでうったえてくるかわいさ。

 

 ほんとうに猫がかわいいので、毎日猫の動画を見ています。でもうちには猫がいません。私は猫を飼ったことがいちどもありません。飼いたい飼いたいと思い続けてきました。飼いたい飼いたい飼いたい飼いたい飼いたい。ほんとうにもういいかげん猫を飼いたいです。こんなに飼いたいのになぜ飼わないのかというと、理由は大きくふたつあります。

 

 ひとつは、こんなていどの覚悟で猫を飼って、きちんと猫に対して責任がとれるのかという不安。
 つい忘れそうになりますが私は責任感のない人間です。そんな人間が二十年前後生きる生き物をしっかり飼い続けられるのか、これは一時のテンションや猫のかわいさに惑わされずに真剣に考えなくてはならない問題です。

 

 もうひとつは、自分のコミュニケーション能力で猫とうまくやっていけるかどうか、という不安。
 私はザリガニくらいしか飼ったことがありません。ザリガニと良い関係を築けていたかどうかも自信がありません。人間以外の哺乳類(ほにゆうるい)と住んだことのない私が猫を飼って、せまい部屋の中で一緒に暮らして、きちんと良好なコミュニケーションを交わせるか自信がありません。ぎくしゃくしてしまったらどうしたらいいのでしょう。ぎくしゃくしたとしてもこちらは猫がかわいいので幸せですけど、猫からしたら特に好きでもないぎくしゃくした人間がずっと見てくる、っていうだいぶストレスのたまる状況になると思います。
 なのでもし猫を飼うとしたら、仮に猫と馬が合わなかったとしても互いに良い距離感を保てるくらいに広い家が必要だと考えています。今の私の暮らす家では、哺乳類同士がパーソナルスペースを保つには狭すぎます。
 きちんとした責任感を身につけ、じゅうぶんに広い家に住めるようになるまでは、他人の猫の動画を見るだけにとどめようと思います。

 

 先日、動画の中の猫を見るだけでは耐えられなくなって猫カフェに行きました。意味がわからないくらいかわいい猫がたくさんいて幸せになりました。しかし猫をながめながら、なんだか心には満たされないものを感じていました。たくさん猫がいる空間にいながら、やはり私は猫たちとうまく打ち解けることができず、ひとりぎくしゃくしていました。猫に遠巻きにされながら、まさにおそれていたとおりのことがおきていると絶望しました。猫とうまくコミュニケーションがとれない。これがザリガニしか飼ってこなかった人間です。

 

 悲しかったので、お金で解決することにしました。『ねこちゃんのおやつ 750円』をフロントで購入し、猫部屋に戻りました。おやつ(ちゅ~る)の袋を一目見た猫たちがあっという間に集まってきて、私は自分が猫に愛されているという幻想を得ました。意味がわからないくらいかわいい猫たちが私の膝に乗ったり隣に寄り添ったりしてちゅ~るに手を伸ばします。かわいい。

 

 よく猫好きのひとは、猫は匂いも素晴らしいと言います。お日様の匂いとか、乾草の匂いとか、ピーナッツの匂いとか。動画では確かめる(すべ)はなかったのですが、確かに集まってきた猫たちからは平和の象徴のような牧歌的な匂いがしました。かわいい。
 もうひとつ動画では知り得なかったポイントとしては、猫は重みもかわいいです。膝の上に乗った猫には、ちゃんとそのサイズに見合うだけのしっかりとした重みがありました。猫とはかわいさを濃縮してつくった動画のなかだけに存在する妖精ではなく、ちゃんと重みのある生物なのでした。かわいい。

 

 かわいいなかわいいなと思いつつ、しかし頭の片隅ではこれは真実の愛ではないということを理解していました。これってあれみたいだな、キャバクラ……というワードが頭をよぎります。女の子たちとうまく話せなくて、でも女の子に笑ってほしくて、高いお酒を注文して一瞬のモテを得て喜ぶおじさん。
 ああいうおじさんたちもきっと頭の片隅ではお金を使わなければ愛されない自分を俯瞰(ふかん)して見ているのだろうなと思いました。でもお金を使っただけでこんなにかわいい生き物が寄ってきてくれるならおじさんも私も幸せですよね。ちゅ~るがなくなった途端に猫たちは去っていきましたけれど去っていく後ろ姿もかわいかったです。

毎月第1・3木曜日更新

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著者
渡辺優プロフィール

渡辺優(わたなべ・ゆう)
1987年宮城県生まれ。宮城学院女子大学卒業。2015年『ラメルノエリキサ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。著書に『自由なサメと人間たちの夢』『地下にうごめく星』などがある。


イラスト
内山ユニコプロフィール

内山ユニコ(うちやま・ゆにこ)
北海道北見市出身、東京都在住。20代の終わりより作品制作を始める。花田菜々子著『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』のイラストなどが話題に。
オフィシャルサイト:http://www.vesicapisis.com