村山由佳×姜尚中 軽井沢 猫対談「猫がいなけりゃ……」

猫を飼いはじめて「伊集院静」が「姜尚中」になった

 

新緑の借景が素敵すぎる村山邸のリビングで対談スタート

 僕の家もそう遠くないんですが、こちらも静かでいいところですね。お庭もあって。猫ものびのびできて良さそうだけど、これだけ広いと猫がミッシングになることはないの?

 

村山 ありますけど、外に閉め出しちゃっていないかだけ確認したら、あとはどこかにいるだろうと放っておきます。姜さんが軽井沢に住んでいらっしゃること、実は最近まで存じ上げなくて。駅のホームでよくお見かけしてはいたんですが。

 

 僕は「東京からちょっと来ました」みたいなふうを装っていて(笑)。軽井沢にはほかにも作家の方が多いでしょう。なんとなく距離を保っているところはありましたね。それがまさかこうして村山さんと猫談義をする日が来るとは……。本を読みましたが、この〈もみじ〉という子はほんとうにいい顔ですねぇ。表情がなんとも。最初から村山さんのそばにいたんですか。

 

村山 最初に、もみじの母親の母親がうちに出入りするようになって。その猫の娘の〈真珠〉という子が家の中で産んだのが、もみじだったんです。手を握って、私自身が初めてお産婆さんをして……ほんとうに、ハムスターがくず餅にくるまれたような感じで、出てきたんですよ。

 

 そこから見ていらっしゃったの。

 

村山 ええ、四姉妹で生まれたんですけれど。色々あって、なかでももみじは本当に特別な猫になりました。

 

─ もみじ誕生に至る経緯が、『晴れときどき猫背 そして、もみじへ』には詳しく書かれています。十七年前に刊行された本ですが、新装版では元の文章の下に村山さんが逐次コメントを加えられていて、軽井沢に暮らす現在の視点で鴨川の田舎暮らしを振り返るという面もある本です。姜さんも昨年の本誌インタビューで、自然ゆたかな軽井沢での暮らしや猫のもたらした変化について、お話しされていましたね。

 

 

 僕はね、猫を飼うようになって、性格も変わった。

 

村山 どんなふうに変わられました?

 

 わかりやすく言えば、伊集院静が姜尚中になった。

 

村山 わかりやすくないです(笑)。

 

 本にも書きましたが、僕は大の猫嫌いだった母の影響などもあって、長いこと猫に対する大変な偏見を持っていた。だからずっと犬派で。犬派っていうのは、高度成長期のマッチョだと僕は思うんですよ。伊集院さんと会ったとき「伊集院さんはファザコンで、僕はマザコンだから」と言ったら、彼も、さもありなんと。彼のような人は、元々マッチョな上に、やっぱり犬好きだと思うんだ。ドーベルマンかなんか飼っていそうじゃない。僕の場合は、ちょっとねじれているというか。

お話しする姜さんの背後に、そっと近づいてきたサビ猫の〈楓(かえで)〉

 

─ 伊集院さんと姜さんは同い歳で、お二人とも学生時代に野球をやっていらっしゃいます。姜さんも、野球部でいらした?

 

 だからね、隠れ反マッチョだったわけ(笑)。春の選抜で優勝したことがある高校の、野球部にいたんだけれども。

 

村山 えっ、すごい強豪じゃないですか。

 

 広島の古葉(竹識)さんが僕の先輩だったの。もっと先輩には川上哲治もいた。でも僕は野球部にいながら、どこか嫌だったのね。先輩の下着を洗ったりとか、先輩後輩の大変なヒエラルキーがあって。

 

村山 ほとんど軍隊みたいな。

 

 男尊女卑だしね。僕もそういう洗礼を受けていたので、何となく伊集院さんの気持ちはわかる。でも、自分はほんとうはあまりマッチョな人間じゃないということにだんだん気づいてきて、はっきり気づかせてくれたのが猫。

 

村山 猫、すばらしい!

 

 だから転向組です。

 

村山 転びキリシタンみたいな(笑)。

 

 転び、かつ、隠れキリシタンならぬ猫派でしたけど、最近はもう顕在化してもいいと思うようになりました。

姜さんの足元で「そうそう、猫ってすばらしいのよ」とでも言いたげな楓

「互いに大人のつき合いができる」のが猫

 

村山 私は犬も飼っていたし好きですけど、犬を飼うには、こちらがボスにならなきゃいけないじゃないですか。だけど猫を飼うとなったら、こちらは下僕だから、ボスではいられない。やっぱり変わりますよね。

 

 自分のことをいつもケアしてもらわないと嫌な人というのがいるんですよ。僕にもそういう面があったんですが、猫と暮らすことでだんだん変わってきた。猫は、来てほしいときは来ない、来ないでほしいときは来るでしょう。

 

村山 昔の名言にもありますね。「女と猫は呼ばないときにやってくる」って。

 

 それはひどい。そういうのこそ、犬好きの発想だ。

 

村山 そうですよね。猫好きにとっては、それが当たり前ですもん。「来ていただけた」って、すごく喜ぶのが猫好きですからね。

そうだそうだ(by メインクーンの〈銀次(ぎんじ)〉)

 僕は、猫を通じて自分の心のゆとりの有無がてきめんにわかるようになりました。ゆとりがないと、猫が何となく傍若無人に思えてしまう。

 

村山 わかります。「おまえら、いいかげんにしろよ!」ってムンクの「叫び」みたいになりますよね(笑)。

 

 でも、それは自分の心がささくれ立っているから。そういうときでも、犬は必ず寄ってくるじゃない。ぺろぺろなめてくれる。ところが猫は、何となく波動を感じて距離をとるでしょう。

 

村山 そうですね。こちらの機嫌が悪いと、ほんとうにすっすっと、どこかに行っちゃったり。

 

 現金といえば現金なんだけど、逆にそれは人間が自分本位に考えているからだと、教えてくれますよね。

 

村山 うちはつい数日前に子猫が生まれて。もちろんかわいいんですが、私はどちらかといえば成猫が好きなんですよ。お互いに大人のつき合いができるので。犬って、ずっと子供じゃないですか。こちらに「散歩連れていってください、ご飯ください、僕のことを考えてください」っていうのが苦手で。しらっとして、気持ちが向いたときだけ一緒にいられるっていうのが、猫はいいですよね。

 

 そうですよ。夏目漱石も「吾輩は犬である」では絶対売れなかったと思う(笑)。

 

村山 犬は、シニカルに観察する感じじゃないですもんね。

 

─ 姜さんのお宅ではラグドールの〈ルーク(♂)〉と雉猫の〈チョコラ(♀)〉の二匹を飼われていますが、軽井沢で犬を飼おうと思われたことはないんですか?

 

 ありました。今でもあります。ルークとチョコラがときどきけんかするので、大きな犬を飼っていれば、間をつなげられるんじゃないかと思って。白いシェパードとかね。でも、やっぱりルークはだめだと思う。あんなに臆病で、嫉妬深くて、それでいて……愛らしい猫。

 

村山 姜さん、やっぱりめろめろだ(笑)。

ルークと同じラグドールの〈青磁(せいじ)〉は、警戒心が強い

 

もしや転生?

 

 村山さんがこれまで、猫に一番救われたのはどういうときですか。

 

村山 やっぱり、もみじの存在ですね。私、実家からそのままお嫁に行くような形で最初の結婚をしたんですけれど、それがだめになってしまって、鴨川の家を出奔して……恥ずかしながら、生まれて初めて、ひとり暮らしをしたんです。そのときもみじが一緒にいてくれたのが、生きる張り合いになった。とにかく私が家に帰らなければあの子は死んじゃうんだと思うと、それだけで家に帰るのが嫌じゃなくなって。

 

 そうでしたか。

 

村山 そういう意味では、ほんとうにしんどいときにずっと支えてくれたのがもみじでした。軽井沢に引っ越してきた後、二度目の結婚もだめになっちゃうんですけれど、そのときもずっと彼女がいてくれて。ほんとうに助かりました。

 

 いつもそばに、傍らにいる存在だった。

 

村山 そうですね、片割れというか。自分の子でもあり、支えになってくれたという意味では親でもあり、親友でもあり、恋人でもあり……全部でしたね、もみじは。─あぁ、カエちゃんおかえり。(ここで村山家のサビ猫〈楓(♀)〉、メインクーンの〈銀次(♂)〉がお二人の視界に入り、姜さんにすり寄る。ラグドールの〈青磁(♂)〉は一瞬姿を見せるがどこかへ行ってしまう)

 

 この子は楓ちゃん? すごいね、いい子だ。人懐こい。

 

村山 わぁ、珍しい。愛想のいい銀次と違って、この子は普段は出てこないんですけど、「素敵なおじさま」には寄っていくんだ……女子なんです(笑)。

おじさまぁ~ん(ハート)
銀次もすかさず膝を占領

 やっぱりラグドールは出てこないのね。ルークもそうなんだけど、ラグドールって、ちょっと小心なのかな。

 

村山 たしかに、「ぬいぐるみ」という名前のわりに、抱っこさせてくれないですね。

 

 させてくれない。慎重で警戒心が強くて。そういうところにほれてしまったんですよ。

ラグドールといってもぬいぐるみではない

 

村山 猫ってそういうものですよね。でも、つい先日、子猫を産んだ〈絹糸(きぬいと)〉、お絹と呼んでいる子は、ちょっと違ったんです。私はもみじが逝ってしまって一年、ほんとうに寂しくて、寂しくて。かわりが欲しいわけじゃないんですけれど、愛情の受け皿がどこにもいないっていうのが、苦しかったんです。それで「早く着がえて戻っておいで」って、写真を見てはぽろぽろ涙していたところ、この四月に私の母が亡くなりましてね。葬儀のために実家がある房総の千倉(ちくら)に行ったんです。そうしたら、ご近所で外猫として飼われていた猫が、私にばっかりついてくるんですよ。ほかの人には全然しらっとしているのに、私が歩くと足に体をこすりつけてくるし、行かないでって膝によじ登ってくるし。

 

 それは、もしや化けた……というより、転生?

 

村山 そうじゃないかって思っちゃうくらいすごくて。それで外猫として飼っていらっしゃったお宅に、里子に出される気はないですかってたずねたら、いいですよと。そのときお絹は既に妊娠していたわけなんですが、房総から連れて帰って、令和の最初の日と、翌日に一匹ずつ子猫を産んだんです。

 

 もしかしたら、それが三代目のもみじ?

 

村山 ……ねえ。おまけに、生まれたのが三毛だったんですよ。生殖能力があるオスの三毛というのは存在しないし、母親のお絹はシャム猫みたいなのに。どの子がもみじの生まれ変わりだろうっていうより、みんなもみじかもしれない、そんな気持ちが今はしています。

 

 もみじは、村山さんにとって一番の存在なんですね。写真にもそれが出ていますよ。特に(『猫がいなけりゃ息もできない』のカバーの)この写真がいいね。ルークも、ときどきこんなふうな無防備な顔をするなぁ。

 

村山 飼い主にしか見せない顔ってありますもんね、やっぱり。

人なつこい〈お絹〉こと〈絹糸(きぬいと)〉

 

令和初日に生まれた三毛の〈朔(さく)〉

 
 
 

猫とゴルフは老後の人生を生きがいのあるものにしてくれた

 

─ 姜さんも村山さんも、軽井沢に居を移されてからゴルフを始めておられますね。

 

 僕は、ゴルフなんてやるようになったら人間終わりだと思っていたんだけどね。社用族があんな広い土地を占領してのさばって、と。

 

村山 私も同じで、ゴルフ場を見ては「自然破壊の骨頂だ」と、苦々しく思うほうでした。でも、軽井沢に住むならやったらどうかと出版社の方に勧められて、始めてみたら面白くて。根が体育会系なものですから、負けず嫌いが出てしまって最初の頃は一生懸命やりました。今は家の居心地が良すぎてサボっていて、年に二回、作家が集まるコンペでしかクラブを握っていませんけれど。

 

 ちょうど来週、またありますよね。僕はもう一回優勝しようと思ってます(笑)。

 

村山 すごいなぁ。姜さんが初めて参加されたときは私のデビュー戦のスコアと同じくらいだったので、やっぱり姜さんでも最初はそのくらいなんだと安心していたのに、たちまち優勝するまでになられて。どれだけ「孤独のゴルフ」をされたんですか、という。

 

─『母の教え 10年後の「悩む力」』にもありますが、姜さんは自然のなかでひとりで回る「孤独のゴルフ」をずいぶん楽しんでいらっしゃるんですね。

発売中・集英社新書
本体840円+税

 最近そんなに行けてないんですけど。軽井沢に来なかったら、ゴルフをやるようにはならなかったでしょうね。ほんとうに、猫とゴルフは老後の人生を生きがいのあるものにしてくれた。

 

村山 何という名言でしょう(笑)。

 

 僕にとって、犬派であることはもう長いこと天動説みたいに変わらなかったの。それが猫を飼うようになってコペ転(コペルニクス的転回)して。生まれ変わったみたいな感じですよ。

 

村山 姜さんのなかに元々あったものを、猫が引き出してくれたんでしょうね。

だから猫はすごいのよ

 

─ 軽井沢に移られたことも、影響としては大きいのでしょうか。

 

 大きいですね。村山さんの本にも書かれていましたけど、軽井沢に住むという選択肢は最初はなかったんでしょう? 僕もそうだった。

 

村山 そうですね。姜さんが書かれていたように、軽井沢ってちょっとスノッブな感じがするし、観光的な印象も強くて嫌だなと思っていたんです。でも来てみたら、そうじゃないところがたくさんあって。やっぱり冬がきれいですよね。

 

 そう、寒いけどね。北海道よりも、調べてみたらノルウェーよりも寒い。

 

村山 ほんとうに? すごいな。

 

 雪かきも大変でしょう。

 

村山 今年はまだ楽でしたけど、去年、一昨年、けっこう大変でしたよね。大変なこともあるけれども、東京にいたときより、日々の生活を大事にするようになった気がするんです。

 

 うん、僕もそうですね。朝起きて、猫から挨拶を受けて、カーテンを開いて庭を見て……という。

 

村山 生きているという充実感がありますよね。

リビングから続く、村山邸のバルコニー

 だから、東京に出ると、早く帰りたくなる。

 

村山 わかります。ホームに降りたった途端に、空気のきれいさで、ほっとする感じがあります。

 

 東京の狭くて高いマンションを買うぐらいなら、こちらのほうがまだ安いし。やっぱり、老後は猫と軽井沢じゃないかな。

老後は猫と軽井沢

【おまけフォトギャラリー】

新米母のお絹は、お腹をなでられるのが大好き

 

令和2日目に生まれた白黒の〈フツカ〉

 

「なんといい猫だ……」を連呼する姜さんと、村山家のおもてなし担当・銀次

 

実はアタイの話がもうすぐ連載ではじまるらしいから、そっちも読んでちょうだいね。

☆村山由佳さんのエッセイ新連載が、2019年9月20日スタート決定!
タイトルは『命とられるわけじゃない』。ご期待ください。

本対談は、『青春と読書』2019年7月号に加筆修正したものです。

姜尚中(カン・サンジュン)

1950年熊本県生まれ。東京大学名誉教授。鎮西学院学院長。熊本県立劇場理事長兼館長。専攻は政治学・政治思想史。著書に、100万部超のベストセラー『悩む力』と『続・悩む力』のほか、『マックス・ウェーバーと近代』『在日』『姜尚中の政治学入門』『心の力』『悪の力』『漱石のことば』『維新の影 近代日本一五〇年、思索の旅』等多数。小説作品に『母─オモニ─』『心』がある。


村山由佳(むらやま・ゆか)

1964年東京都生まれ。立教大学卒業。 93年『天使の卵─エンジェルス・エッグ─』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。09年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞を受賞。著書に『ミルク・アンド・ハニー』『燃える波』『猫がいなけりゃ息もできない』『はつ恋』『まつらひ』『もみじの言いぶん』等多数。