食いしん坊のノラ2匹、「食べる・書く・読む」を語りつくす夜。【前編】

千早茜さんの初エッセイ集『わるい食べもの』刊行を記念して、八重洲ブックセンター本店にてトークショーが開催されました。お相手は「新井賞」が話題のカリスマ書店員で『本屋の新井』などの著書もある、三省堂書店の新井見枝香さん。プライベートでも親交のあるお2人を中心に、時にお客さんも参加しておおいに盛り上がった一夜の模様を、一部抜粋にてお届けします。まずは前編をどうぞ。
(司会:八重洲ブックセンター・内田俊明さん)

私たちは「餌場(えさば)が一緒のノラ」


 
新井:本日は皆さまお越しいただきありがとうございます。先週発売の『わるい食べもの』刊行記念イベントということですが、みんな連載を読んでいたのかな?(うなずく人がちらほら)……うんうん、今日は反応がいいね!
 
千早:あれ? 敬語じゃないんですか。
 
新井:あ……うん(笑)。
 
千早:新井さんはいつもイベントの打ち合わせをしてくれないから、今回は私がレジュメを作ってきて、「今日は敬語」って決めたのに! いきなりダメだ。まぁいつも通り、自由にやりましょうか。
 
新井:うふふ。では千早先生、このエッセイの話ですけれどもね。そもそも私たちの関係って、仕事上では作家と書店員なんですが、それよりも大きいのが食。食仲間ですよね。
 
千早:はい。プライベートで毎月のように会っている、食いしん坊仲間なんです。私がツイッターに上げているパフェ写真の向こうには、たいていこの人がいて。私は1日にパフェを3軒はしごしたりするので、だいたい同行者に引かれます。でも新井さんは絶対に引かないから、楽しく一緒に行ける。他人の食にまったく口出しをしないから居心地がいいんです。私が目の前で「うわ、これ、まずっ。無理だわ」って言っても「オレは平気」っていう感じだし、その逆もあり得るし。なんていうか……私たちノラなんですよ。
 
新井:野良猫とか野良犬のノラ?
 
千早:うん。それぞれのルールで生きていて、お互い別々のノラのままで、一緒にいられるというか……たまに餌場が一緒になるノラみたいな。理想的な食べ友達なんですよ。

パンダは笹しか食べない。
人間って何でも食べすぎじゃない?

新井(しよく)って、みんな我慢していることが多いんじゃないのかな。会食とかでも、本当は食べたくないものがあったり、ホントは行きたくないお店だったりとか。
 
千早:でしょうね。私は「1日3食として人生であと何食食べられるか」と考えると、食をおろそかにしたくない。だから食べられる時に食べたいものを食べたくて、1日3軒パフェをはしごしたりするけど、そうすると「コイツおかしい」って引かれる。1軒なら「女の子らしいね」なのに。
 
新井:「パフェかわいい~」を超えちゃうからね。
 
千早:まぁ「かわいい」なんて超えて生きたいから、全くOKなんですけれども。
 
新井:ちはやんは、食べたものをツイッターにアップするじゃない? それ見て何か言ってくる人とかいない?「そんなに食べちゃ身体によくないよ」とかさ。
 
千早:私の場合は無いですね、諦められているのかも(笑)。新井さん、言われます?「ちゃんと野菜食べてる?」とか。
 
新井:かき氷ばっかり食べていたときに、「またそういうケミカルな色のものを食べて」とか「身体に悪いよ」的なことは言われたね。
 
千早:身体にいいと思ってかき氷は食べないよね。私、そういう忠告をする意味がわからなくて。大人がなに食べようが自由だと思う。この本の「Mind your own stomach」にも書いたテーマですね。
 
新井:うんうん。お……今のは「食いしん坊仲間エピソード」だから、ちはやんのレジュメを忠実にクリアしているぞ。次は「給食」だね。この本にも出てくるけど、給食ってツイッターとかでも定期的に話題になるよね。みんな言いたいことありそう。
 
千早:給食にトラウマがある人いますか?(挙手やうなずきの反応がある)……あ、やっぱりいる。今の30代くらいまでは「給食を残しちゃダメ文化」が日本はすごく強かったですよね。掃除が始まってもまだ食べさせられるとか……あれはもういじめに近いと思う。
 
新井:この本にも書いてあるけど、「食べなきゃいけないものって別に無くない?」ってホント思う。
 
千早:全品目を食べられる必要があるのか、という話ですね。人間は食べ過ぎだと思うんですよ、パンダなんて笹しか食べないのに。アレルギーなんかも、実は「そんなにたくさんの種類を食べなくていいよ」っていう身体からの反応なんじゃないかと思うときがあります。摂取量の基準値を超えたら出るアレルギーもあるし……。
 
新井:花粉症みたいな感じ?
 
千早:そう。「この身体にはもう要らない」っていうことなんじゃないかと。
 
新井:あ、小学生の頃にずっとマヨネーズをチュッチュしていた子が、ある日いきなりマヨネーズをチュッチュしてゲボーってなったのね。「いっぱいになったんだなあ」と思ったのを思い出した。
 
千早:蕎麦が大好きで大好きで、蕎麦を食べまくって、蕎麦の店を出そうとした矢先に蕎麦アレルギーを発症した人の話を聞いたことがあります。気の毒だ……。私はお菓子が大好きだから、お菓子の何かが許容量を超えたら……死にたいな。
 
新井:もしケーキがゲボーってなったらね(笑)。でもケーキって、ゲボーっにつながりやすいよね。ケーキバイキングとかに男の人と行くと、たいてい途中で相手がゲボーってなる。
 
千早:ああ、男の人はそうかも。私も『西洋菓子店プティ・フール』を書くとき、編集さんを連れて1日5軒くらい洋菓子店をはしごして、「取材のために1人5個ノルマね」ってやってたんです。たいてい男性編集者は途中で具合悪くなってましたね。実は私も年々、生クリームがたくさん食べられなくなってきています。


「わたし面白いでしょ?」が全然ないのが面白い

新井:ケーキもそうだけど、ちはやんはツイッターには美味しかったものしか上げないよね。美味しくなかったものをネットに書く人もけっこういるじゃない?
 
千早:お店の方のことを考えて、美味しくないと思ったら載せませんね。そもそも美味しくないっていうのは、その人の趣味に合わなかったというだけのことだから。でもこの本では、まずかったものもけっこう書いてますね。お店は特定できないようにしていますが。ツイッターでいいことしか書いてないので、そのぶん溜まった毒を担当T嬢が「書け」と(笑)。
 
新井:美味しいものをどれだけ美味しかったか書いたエッセイはたくさんあるけど、こんなに嫌そうに書くのがうまい人はいねえな!って思ったよ。
 
千早:私、実はあまりエッセイを読まなくて。夫が料理人なので、家には食エッセイがたくさんあるんですが……だいたい美味しい話でしょ?
 
新井:そうですよ。
 
千早:「世の中こんなに美味しいものが溢れているのか」っていうのはつねづね疑問ではあったんです。そうしたらT嬢が「食べもののエッセイを書きませんか?」「千早さんの筆がのるときは、嫌なことを書いている時なんですよ」って。
 
新井:その通りだ(笑)。
 
千早:本のあとがきに書いたんですが、T嬢はデビュー作『魚神(いおがみ)』からの担当なんです。でも彼女が1回編集の仕事を辞めて、私は書き下ろしの約束を守れなかったのをすごく後悔していて……もし次に彼女が仕事を依頼してきたらどんな仕事でも絶対に受けようと。そう思っていたら依頼がエッセイだったんですよ。それで、最初は嫌だったけど、受けたんです。
 
新井:T嬢じゃなかったら断っていた?
 
千早:絶対に断っていましたね。というのも、私は小説家なので物語を書くときは客観視ができるし、私の存在しない別の世界を作ることができる。それは私にとって救いでもあるんです。でもエッセイは私のことを書かなきゃいけないでしょう。それがほんとうに難しくて。だって自分のことなんて、つまらないじゃないですか。
 
新井:うんうん、それがおかしいの。エッセイって、「わたし面白いでしょ?」「この話めっちゃ面白くない?」みたいな感じが出ている人が多いんだけど、「わるたべ」(『わるい食べもの』の略称)は「こんなのぜんぜん面白くなくない?」っていうのが逆に面白いの。今日のレジュメに「新井が好きな話は?」って項目があるんだけど、オレ、何度か登場する「O部長」がすげぇ好き。
 
千早:外科医のO部長ね。実際に職場にいたらすごく大変だよ(笑)。カルテが宙を飛ぶし、恐怖のあまり看護師さんが失神するし。
 
新井:でもさ、オペをしていない時は自分を「先生じゃなくてただのオッサンや」って謙遜しまくったりするエピソードがあって、すごく好きだな。そういう、ちはやんが今までしてきた仕事がチラチラ見えるのも、面白かった。飲食店のキッチンで働いていた時のつまみ食いの話とか。


エッセイを読むと、ズルしている気分になる問題

千早:新井さんは自分のエッセイを「めっちゃ面白いよ!」と言えるのが、すごいと思うんですよ。自分を客観視できているんだよね。私はそれができないから、もうT嬢に判断してもらいました。ここにT嬢とのゲラのやりとりの束を持ってきたんですけど、連載中のやりとりがこれだけあって、本にしたときをふくめるとこの3倍あります。それくらい何度も直しているんですよ。


新井:客観的な指摘がたくさん入ってて、すごい。まぁそうだよね~、エッセイって、自分があまり書きたくないことは書かずに逃げちゃったりできるから。それも無意識に。嘘も入れられるしね。
 
千早:嘘は……他の作家さんに訊いたり、エッセイを読んで勉強したりしたんですけど、色々なタイプがいるんですね。「嘘書いちゃえばいいじゃん」とか「自分にはそう見えているんだからいいじゃん」という人もいて。私はほんとうにエッセイでは嘘を書けないので、けっこう苦労しました。頑固なので、T嬢も大変だったと思う(笑)。新井さんは嘘を書いているんですか?
 
新井:書いてますね!
 
千早:きっぱり言った……。今回の『本屋の新井』面白かったです。前の(『探しているものはそう遠くはないのかもしれない』)より好き。でも、知っている人のエッセイを読むってなんかつらいね。
 
新井:それはどういう「つらい」?
 
千早:ズルしている気分になっちゃって。新井さんとプライベートでダラダラしゃべっていて、ふとした時にその空間でしか出てこないであろう言葉がこぼれたりするでしょう。そういう時「これはいま知るべき情報なんだな」って思うんだけど、エッセイ読んじゃうと話していないのに「知って」しまうから……たとえば会ったときに「オレむかしバンドやってたぞ」って言われたら「知ってる」って思っちゃう、それがすごく後ろめたいんです。かといって読んだくせに「へぇ、知らなかった!」とも言えないし。すごくもやもやする。

後編へ続く

2018年12月11日(火)19:00~20:30
八重洲ブックセンター本店にて
構成:編集部

 
 

 
 

【プロフィール】
千早茜(ちはや・あかね)
1979年北海道生まれ。小学生時代の大半をアフリカで過ごす。立命館大学文学部卒業。2008年「魚神(いおがみ)」で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。同作で泉鏡花文学賞受賞。13年『あとかた』で島清恋愛文学賞受賞、直木賞候補。14年『男ともだち』が直木賞候補、吉川英治文学新人賞候補となる。近著に『クローゼット』『正しい女たち』『犬も食わない』(尾崎世界観との共著)『鳥籠の小娘』(画・宇野亞喜良)などがある。本書が初のエッセイ集。

 

 

新井見枝香(あらい・みえか)
1980年東京都生まれ。アルバイトで書店に勤務し、契約社員の数年を経て、現在は正社員として文庫を担当。文芸書担当が長く、作家を招いて自らが聞き手を務める「新井ナイト」など、開催したイベントは300回を超える。独自に設立した文学賞「新井賞」は、同時に発表される芥川賞・直木賞より売れることもある。著書に『探してるものはそう遠くはないのかもしれない』『本屋の新井』がある。

 

 

著者 千早茜プロフィール

千早茜(ちはや・あかね)
1979年北海道生まれ。小学生時代の大半をアフリカで過ごす。立命館大学文学部卒業。2008年「魚神いおがみ」で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。同作で泉鏡花文学賞受賞。13年『あとかた』で島清恋愛文学賞受賞、直木賞候補。14年『男ともだち』が直木賞候補、吉川英治文学新人賞候補となる。近著に『人形たちの白昼夢』『クローゼット』『正しい女たち』など、クリープハイプ・尾崎世界観との共著に『犬も食わない』がある。本書が初のエッセイ集。