18 他人の和えたもの

 他人の握ったおにぎりが食べられない人が増えているようだ。
 私が小説家デビューした十年ほど前は、そういう人はいるにはいたが、わりと声の小さい少数派だった印象がある。一度、小説にそういう登場人物をだしたことがあったが、やはりマイノリティとして描いていた。かくいう私も子供の頃から他人の握ったおにぎりがあまり得意ではない。昔は潔癖だと思われそうで言いにくかった覚えがあるが、今はずいぶん抵抗感が減ったように思う。我が家の愛読漫画の『きのう何食べた?』最新刊(16巻)では、おにぎりを素手で握るか問題が描かれていたが、ビニール手袋を使っている登場人物にマイノリティ感も潔癖さもなく、むしろ衛生観念があると作中では捉えられていた。
 
 去年、ある大学の医学部の小論文試験で、「他人の握ったおにぎり」に関する問題がだされたというニュースを読んだ。自分が教師という仮定で、稲刈りの体験授業に生徒を連れていく。そこで農家のおばあさんが手作りのおにぎりをふるまってくれた。しかし、生徒の中には他人が握ったおにぎりを食べられない子が多数いて、おにぎりが大量に残ってしまう。さあ、あなたは生徒にどう指導し、おばあさんになんと伝えるか。そんなような問題だった。
 これは難しい、と思った。同時に時代が少しずつ変わってきているのも感じた。模範解答や採点基準はわからないけれど、食べものを残す生徒を教師が叱責するのを推奨しているわけではないはずだ。他人の握ったおにぎりが食べられない人も、他人におにぎりを当たり前に握ってふるまえる人も、どちらも等しく社会にいることを知っていようという姿勢が見える問題文で、常にマイノリティ側だった身にはちょっと目の前がひらけた気がした。自分が口に入れるものに関してくらいは「嫌」と言える世界になって欲しい。
 
 しかし、偏屈な私には「他人の握ったおにぎり」よりはるかに苦手なものがある。それは「他人の()えたもの」だ。和えもの。飲食店ならばいい。小料理屋のカウンターで日本酒片手に、大将が目の前でささっと作ってくれるほうれん草の白和え、白身魚の酒盗(しゆとう)和え、うるいのふき味噌和えなんかをつつくのは幸せな時間だ。しかし、この「和え」という言葉が曲者(くせもの)だと思う。なんか粋にしてしまう。
 
 手元の広辞苑では「あえもの」は「野菜・魚介類などに味噌・胡麻・酢・辛子などをまぜ合わせて調理したもの」と書かれている。ざっくりだ。ウィキペディアだとかなり詳細で、梅肉や木の芽など和えものに使う調味料も多く書かれ、食材は下処理を行うとか、熱いものは決して使用しないとか、和える前に材料の水気を切るのが鉄則とか、信頼できることが書いてある。以前『闇カツ』で「ウィキペディア野郎」と罵ってしまったが、広辞苑とウィキペディアという小料理屋があったら、和えものに関しては絶対にウィキペディアの暖簾(のれん)をくぐりたいと思う。すまん、ウィキペディア。
 
 なにが言いたいかというと、和えものとかお洒落(しやれ)な言い方しているけれど、混ぜたものだよね、ということである。和合とかいうけど、その実はまぐわいだよね、という胡散臭(うさんくさ)さと近いだろうか。違うかもしれない。そもそも「和」という言葉にからむ日本的なニュアンスがあまり肌に合わない。なんかふわっとしたもので口当たり良くして、本質をごまかしている気がする。フレンチの料理人に和えものという調理法はあるか尋ねたら、「うーん、メランジュかな。混ぜ合わせたものって意味だけど」とのことだった。ストレートに混ぜたものと言っている。
 菜の花の辛子和え、とだされれば春の香りがしてきそうだが、菜の花と辛子を混ぜたもの、と言われると、清潔感のある飲食店以外では不穏な気配がただよう気がしないだろうか。それが素人の料理だったらなおさらだ。
 
 前々回の「パフェがいちばんエロい。」でも書いたが、小さい頃から食べものが混ざるのが苦手だった。飲食店やスーパーの惣菜(そうざい)ならば材料が書いてある。しかし、よその家でだされる和えものはなにが混ぜあわされているかわからない。牛乳が天敵だったので、はじめて祖父母の家で白和えを見たときは見つめているだけで吐きそうになった。頼むから「豆腐を潰して、こんにゃく、人参、きのこと混ぜたもの」と教えて欲しかった。また、私は市販のマヨネーズがあまり好きではなく決意しないと食べられないので、「隠し味にマヨネーズが」とか食べた瞬間に言われると、もう飲み込めなくなってしまう。隠すなら最後まで言わないで。
 
 苦手な食材がある人間にとっては、混ぜるってかなり恐ろしいことなのだ。原型をなくして一見わからなくさせてしまうから。そして、煮込みや揚げものなどと違って混ぜたのちに火を通していないので、いつ作られたものなのか不安になる。ちょっと底のほうに水気がでていたら、なんの汁? もしや下処理してない? ああ……この世の終わりだ、と絶望する。初めての和えものを食べる瞬間はものすごく緊張するし、気分がアグレッシブなときでないとあまり挑戦できない。
 体調が悪かったり、混ぜることについて考えすぎてしまったりしたときは、まったく手をだせなくなる。そういうときは和えものの範囲が広がる。和える=混ぜる、だとすると、ポテトサラダもなめろうもナムルも和えものになる。たまごサラダももちろん和えもの。なので、たまごサンドが定期的に食べられなくなる。誰かが刻んで混ぜ合わせた卵……と思うと、もう無理だ。関西のたまごサンドは焼いた厚焼きたまごが挟まっていることが多いのでとても救われている。たぶん、べちゃとかぬちゃとかいう擬音が当てはまる食べものに恐れを抱く傾向にある。
 
 いままで「私も他人の和えたものがちょっと苦手」と言う人に出会ったことはない。子供の頃から友人の誕生パーティーなどで当たり前のように手製のマカロニサラダなんかがだされると「うおお……」と身をかたくしてきたが、ちゃんと口にだしていれば同じような人も見つかったのだろうか。そもそも「和える」なんていう言葉があるのも、「混ぜる」に抵抗がある人がいたせいなのかもしれない。いつか「他人の和えたもの」も試験問題になるだろうか。

第2・4水曜日更新

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著者 千早茜プロフィール

千早茜(ちはや・あかね)
1979年北海道生まれ。小学生時代の大半をアフリカで過ごす。立命館大学文学部卒業。2008年「魚神いおがみ」で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。同作で泉鏡花文学賞受賞。13年『あとかた』で島清恋愛文学賞受賞、直木賞候補。14年『男ともだち』が直木賞候補となる。著書に『西洋菓子店プティ・フール』『クローゼット』『神様の暇つぶし』やクリープハイプ・尾崎世界観との共作小説『犬も食わない』、宇野亞喜良との絵本『鳥籠の小娘』、エッセイ集『わるい食べもの』などがある。


北澤平祐プロフィール

北澤平祐(きたざわ・へいすけ)
イラストレーター。東京都在住。アメリカに16年間在住後、帰国しイラストレーターとしての活動を開始。
多数の書籍装画や、花王、東京ソラマチ、渋谷ヒカリエなどのキャンペーンビジュアル、ファミリーレストランCOCO'Sのメニューイラストや、洋菓子のフランセ、キャラメルゴーストハウス、KENZO Parfumsの商品パッケージ等、国内外の幅広い分野でイラストを提供。
オフィシャルサイトwww.hypehopewonderland.com