11 走馬灯パーティー飯

 なかなかクリスマスを満喫できない。
 昔、洋菓子屋で働いていたことがあるからだ。シュトーレンやパネットーネといった日持ちのするクリスマス菓子が少しでも流行(はや)ればいいと思うし、生ケーキを購入する場合も店が最も忙しいイヴを避けてしまう。そして、クリスマスが終わりに近づいていくとクリスマスケーキの売れ行きが気になる。ひとつでも多く廃棄を免れますようにと祈ってしまっている。サンタクロースへのお願いはそれにしたいくらいだ。
 
 近年は食品ロスが話題になることが増えたためか、クリスマスケーキを予約制にする店が増えたように思う。すごくほっとする。人を喜ばすために存在している美しい菓子が捨てられるのは悲しい。
 クリスマスケーキと同様に、ここ十年ほど、気にかかっている食べものがある。それは、パーティー飯。もともとパーティーなど縁のなかった私が年に一回、パーティーなるものに顔をだせるようになったのが2008年。小説家としてデビューしたおかげである。
 
 私がもらったのは小説すばる新人賞。集英社が主催している賞で、年に一回、他三つの賞と共に授賞式が行われ、その後は立食パーティーがある。いまのところ、毎年、舞台は帝国ホテルだ。
 帝国ホテルのパーティーなど、それまでの人生で足を踏み入れたことがなかった。高級ホテルを利用するなんてモーニングブッフェやアフタヌーンティーくらいである。「ローストビーフがめちゃくちゃおいしいんですよ」と誰かが教えてくれた。
 授賞式でのスピーチをなんとか終え、さあローストビーフだとパーティー会場へ行く。広い。床がふかふか。ドレスのお姉さんが飲み物を持ってきてくれる。有名な先生だらけ。まぶしい。それくらいしか頭に浮かばない。いろいろな人が話しかけてくれ、へどもど頭を下げて名刺をもらう。会場のあちこちに食べものがあることはわかるのに、頭がうまく情報を入れられない。匂いも届かない。近づけない。というか、動けない。要するに私は緊張と混乱で食べるどころではなかった。パーティー会場を離れてから「ローストビーフ、食べられなかった……」と言うと、「まあ、受賞者ですしねえ」と当時も担当だったT嬢が言った。「来年は食べられますよ」
 
 次の年、新しい受賞者を祝いに式にでた。けれど、頭の中はローストビーフでいっぱいだった。パーティー会場に入ると、すぐにローストビーフを探した。巨大な肉塊がでんと目立っていてすぐわかった。なぜ去年は見つけられなかったのかわからない。真っ白なコックコートを着た料理人が薄くスライスして皿にのせてくれる。ホースラディッシュとなめらかなマッシュポテトがそえられている。葡萄(ぶどう)色のソースがかかったローストビーフはいつの間にか一口大にカットされていた。お上品!
 切りたてのローストビーフは断面が薄桃色で、やわらかく、たいへん美味だった。しかし、いかんせん、お上品。まったく足りない。もう一皿もらいにいこうとすると、知人編集者に話しかけられた。上司に紹介され、名刺をいただく。先輩作家さんもいるので挨拶をする。そうこうしているうちに時間が経ち、パーティーの終了時刻になる。それぞれの賞に分かれての二次会は帝国ホテル付近の飲食店だ。
 出入り口へ向かいながらちらりと見ると、まだ料理は残っている。寿司もあったし、(うなぎ)もケーキも北京(ペキン)ダックもあった。有名料亭のブースもある。「ローストビーフしか食べていない……」とつぶやくと、「なにしにきてるんだ。声をかけてもらえるのはありがたいことだぞ」と先輩作家さんに言われた。そうか、パーティーとはいえ仕事の場なのだと反省した。
 
 しかし、だとしたらパーティー会場の豪勢な料理は誰が食べるためにあるのか。仕事の場だとしても食べてはいけないはずがない。残すのはもったいない。そう思って毎年挑むものの、良くて三皿くらいしか完食できない。私が立食下手なのかもしれない。話しかけられるとつい食べているものをテーブルに置いてしまう。すると、いつの間にか下げられている。飲みながら食べることもできなくて、置くとまた消えている。食べものを取りにいくと知人に会う。ついつい話し込む。見るからに美味なるものがずらりと並んでいるのに遠く眺めるばかり。話している人もちょっと料理が気になっているようだ。でも、お互い遠慮して言いださずに歓談している。みんな「お上品」の仮面を(かぶ)っているのか。「格好つけずに、がっつり食おうぜ!」と言いたいがそんな仲でもない。ああ、アニメ『魔女の宅急便』でしか見たことがないような魚のパイがある! 思っても言えない。ちっともパーティー飯を満喫できない。
 
「パーティーでお腹をいっぱいにするのは不可能ですよ」とT嬢に言われ、去年は途中で退出して好きなビストロへ行った。だが、パーティー会場で食べられなかったストレスで大いに飲み食べしてしまい、気がつくと顔をだすと約束した二次会が終わっていた。
 今年は控えめにしようとバーで軽く飲む程度にしたが、二次会の会場を間違えた。なんと同じ名前の店が近場に三つあったのだ。知らないサラリーマンに囲まれて乾杯をしてからようやく気づき、慌てて正しい会場に駆け込むと、もう締めの挨拶をしていた。もちろんなにも食べられなかった。
 
 パーティーはとても華やかな場だ。いつもは独りで仕事をしているので、同業の友人に会い、先輩作家さんにありがたい言葉をもらえるのはとても励みになる。本に関わる人はこんなにいるのかと心強くもなる。帝国ホテルも銀座もきらきらとまぶしく、夢みたいな夜なのだけど、夢でなかったことを教えてくれるのはホテルへ帰る道すがら鳴りっぱなしの私の胃袋だ。
 
 会場のきらびやかな料理を思いだす。ずらりと並んだグラス、氷のオブジェ、蒸し器からの湯気、寿司を握る板前、大きなパイや肉を切りわける料理人、銀のトレイに盛られた無数の食べもの……マッチ売りの少女になった気分だ。残りものでいいから欲しい。あの料理たち、いまどこにあるんだろう。まさか廃棄したんじゃあるまいな。
 痛切にパーティー飯の行方を想いながら、ホテル近くのコンビニに駆け込む。一年でもっともコンビニを満喫するのはこの日だ。

第2・4水曜日更新

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著者 千早茜プロフィール

千早茜(ちはや・あかね)
1979年北海道生まれ。小学生時代の大半をアフリカで過ごす。立命館大学文学部卒業。2008年「魚神いおがみ」で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。同作で泉鏡花文学賞受賞。13年『あとかた』で島清恋愛文学賞受賞、直木賞候補。14年『男ともだち』が直木賞候補となる。著書に『西洋菓子店プティ・フール』『クローゼット』『神様の暇つぶし』やクリープハイプ・尾崎世界観との共作小説『犬も食わない』、宇野亞喜良との絵本『鳥籠の小娘』、エッセイ集『わるい食べもの』などがある。


北澤平祐プロフィール

北澤平祐(きたざわ・へいすけ)
イラストレーター。東京都在住。アメリカに16年間在住後、帰国しイラストレーターとしての活動を開始。
多数の書籍装画や、花王、東京ソラマチ、渋谷ヒカリエなどのキャンペーンビジュアル、ファミリーレストランCOCO'Sのメニューイラストや、洋菓子のフランセ、キャラメルゴーストハウス、KENZO Parfumsの商品パッケージ等、国内外の幅広い分野でイラストを提供。
オフィシャルサイトwww.hypehopewonderland.com