12 おいしい呪い

 たった一言で、食べているものを美味に変える魔法の言葉はあるのだろうか。
 残念ながら、まだ知らない。けれど、偏屈な私にとってたった一言で食べているものをおいしくなくさせてしまう呪いの言葉は存在する。多分それは大多数の人にとってはなんでもない一言だ。けれど、私はどうしても聞き流せず、その威力は絶大だ。外食するときは、どうかその言葉をかけられませんようにといつも祈っている。
 
 ありがたいことに飲食店でその言葉を聞くことは滅多にない。初めてその言葉を浴びたのは料理教室でだった。先生に指導されながら参加者と調理をし、いざ、と食べた瞬間に先生が言った。「ね、おいしいでしょう」。満面の笑みだった。参加者のみんなは「はい」「おいしいです」と言ったが、私は言えなかった。おいしくなくなってしまったからだ。
 
「いかがですか?」ならまだ良かったかもしれない。ただ、レシピを考えた人の前でなかなか正直な感想を言うのは難しい。「おいしい」はポジティブな言葉だ。料理教室という、多数の人間が集まる場ではそういう言葉が盛りあがりを生むのはわかる。けれど、私は味の感想はまず個人にゆだねて欲しかった。「おいしい」を強要されたように感じてしまったのだ。
 
 カウンターで食事をしていて、料理人に「おいしいでしょう」と言われたら、なかなか「いいえ」とは答えにくい。自信のあるものをだしてくれたのだとは思うが、百人が百人おいしいと感じるものは果たしてあるのだろうか。体調や好みだってある。そして、「おいしい」は食べたその人だけのものだ。どう感じるかは自由で、自由に食べる権利があると思う。
 
 私の本業は小説家なので、余計にそう感じるのかもしれない。私の本を買って読んでいる人がいたとしても、「ね、おもしろいでしょう」とは言わない。言える作家もいるかもしれないが、私は絶対に言いたくない。おもしろいものを書こうとはいつも思っているが、そう感じるかどうかは物語にお金をだしてくれた人の自由だから。とはいえ、「おもしろくなかった」と言われればやはり落ち込む。料理人だって「まずかった」と面と向かって言われれば落ち込むだろう。
 
「おいしい」は評価だ。なにかを楽しんでいるときに、提供側からいきなり評価を求められると居心地が悪くなる。居心地が悪いと、とたんに味がしなくなる。美味はそれくらい繊細なものだと思う。そもそも本当においしければ、表情や声にその感動があらわれる。プロならそこを()みとって欲しい。言葉で確認しなくては安心できないものでお金を取るのはどうなのだろうと感じる。
 
 少し前にとあるスイーツのイベントに行った。すぐに予約が埋まってしまう人気のイベントで、一度参加してみたいと思っていた。まずイベントで提供されるスイーツの説明があって、参加者全員で実食してその感想を語り合う形式だった。
 しかし、実食する前に主催者の一人が「もう、びっくりするくらいおいしいんですよ」と言ってしまった。「前の回の方々も大絶賛でーみなさん、本当においしいって感激していました」とどんどん話す。期待を高めようとしていたのだろう。けれど、私は「あー!」と耳をふさぎたくなった。言わないでーまっさらな気持ちで食べたいから言わないでーあー。
 
 実際に食べたスイーツは確かにとても美味だったが、なにも聞かずに食べる味は永遠に帰ってこない。悔やみながら食べていると、同じ人がまた言った。「この○○は本当にこだわって作られてすごいんですよ。お寿司みたいにひとつひとつ丁寧に下拵(したごしら)えがされているんです」。え、寿司にたとえるの? いまスイーツを食べているのに? 菓子は基本的には下拵えはされているし、寿司並みに下拵えされていることが「すごい」の理由になる? グルメ番組で魚を食べて「お肉みたい~」とコメントする人がいるけれど、じゃあ肉を食べろよと思ってしまう。魚は魚でうまいし、肉は肉でうまい。どんな食べものもそれぞれのうまさがあるのに、食べものを食べものでたとえるって意味があるのだろうか。どちらの食べものにも失礼じゃないか、ともやもやしてきて、こんなことならひとり静かに食べたかったと思った。提供側が必死にその食べものの価値を高めようとすればするほど気持ちが冷めていくのだ。食べものに罪はないのに。おそらく私は実食イベントが壊滅的に向いていない。
 
「おいしい」は実は難しい。「おいしかったケーキを教えて」とか「△△店、おいしかった?」とか()かれるけれど、なんとなく逃げのように「私はおいしいと思ったけど」と断りを入れてしまう。ツイッターにのせる食べものにも本当はいちいち「私はおいしいと感じましたが」と書きたい。できるなら「おいしい」以外の言葉で食べものを人に勧めたい。食感とか香りとか構成とか、楽しむポイントを提案するくらいにとどめたい。でも、それも後からでいい。先入観なく食べて美味と感じれば、それはその人だけの「おいしい」の発見になるから。
 けれど、「おいしい」が一番強くてテンションがあがる言葉なのも知っている。魔法の言葉でもあり、呪いの言葉なのだ。
「おいしい」を求めれば求めるほど、「おいしい」を愛すれば愛するほど、「おいしい」が邪魔になっていく。言葉なんかで食べものの可能性を縛りたくない。だんだん自分が「黙って食え」の頑固爺(がんこじじい)になっていくような気がしている。

第2・4水曜日更新

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著者 千早茜プロフィール

千早茜(ちはや・あかね)
1979年北海道生まれ。小学生時代の大半をアフリカで過ごす。立命館大学文学部卒業。2008年「魚神いおがみ」で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。同作で泉鏡花文学賞受賞。13年『あとかた』で島清恋愛文学賞受賞、直木賞候補。14年『男ともだち』が直木賞候補となる。著書に『西洋菓子店プティ・フール』『クローゼット』『神様の暇つぶし』やクリープハイプ・尾崎世界観との共作小説『犬も食わない』、宇野亞喜良との絵本『鳥籠の小娘』、エッセイ集『わるい食べもの』などがある。


北澤平祐プロフィール

北澤平祐(きたざわ・へいすけ)
イラストレーター。東京都在住。アメリカに16年間在住後、帰国しイラストレーターとしての活動を開始。
多数の書籍装画や、花王、東京ソラマチ、渋谷ヒカリエなどのキャンペーンビジュアル、ファミリーレストランCOCO'Sのメニューイラストや、洋菓子のフランセ、キャラメルゴーストハウス、KENZO Parfumsの商品パッケージ等、国内外の幅広い分野でイラストを提供。
オフィシャルサイトwww.hypehopewonderland.com