14 旨み爆弾

 一日三食規則正しく、なんて、守れたことがない。
 守れていたのは、親に食事を用意してもらっていた子供のときくらいだろうか。でも、その頃だって授業の休み時間に菓子をつまみ、学校をさぼっては好きな時間に弁当を食べ、買い食いをし、いざ家族の食事の時間となると食べられなかったりした。そして、深夜にこそこそと冷蔵庫をあさる。
 
 つねづね疑問に思っているのだが、人間は本当に一日三食が健康にもっとも良いのだろうか。昔は二食だったと聞いたことがある。胃の容量や体の大きさは違うのだから、人によっては一日五食とかでもいいのではないか。そして、朝、昼、晩と食べることが本当に体質に合っているのか。時計を見ずに一日を過ごしてみて、空腹を覚えたときに食べ、それが何時だったか調べてみたら自分にとっての最適食事回数と時間がわかるんじゃないだろうか。一度、試してみてはいかがだろう。
 ということを、間食で叱られるたびに親や先生に提案したいと思っていた。できなかったけれど。
 
 そんな子供時代だったので、自立してからは好きにやろうと思っていた。勤めていた頃は深夜にケーキを焼いたり勤務中に隠れ食いをしたりするのが関の山だったが、小説家になってからは自宅で仕事をしているのをいいことに、どんな時間だろうと好き放題に茶を()れ、菓子を食べている。たまに外出すればパフェやケーキをはしごし、外食をするときもセットメニューは避けて好きなものしか頼まず、(かばん)には常に小型羊羹(ようかん)とチョコレート。新幹線に乗るときに弁当を買い、目的地に着いてから打ち合わせランチをしても誰も(とが)めない(新幹線って何を食べても降りると腹が減っているのが不思議でならない)。ライブ前にテンションをあげようと肉を食べ、ライブ後にテンションがあがったとまた肉を食べても何も言われない。食べたくないときは食べなくてもいい。大人って素晴らしい。ちなみに、このエッセイを書いている途中でふいに小腹が減り、おやつに素麺(そうめん)()でて食べた。
 
 とはいえ、生活を共にしている殿こと夫がいるので、なんとなく食事の時間は決まっている。食事は当番制なので、自分の当番のときには作らねばならないし、我が家は食に余念がないので、何を食べるかきっちりと話し合うことが多い。しかし、私は目の前の欲望に弱い。前日から仕込みをした料理が晩に待っていても、ついつい菓子に手を伸ばしてしまうし、外で季節限定のメニューを見つけるとふらふら食べてしまう。この世は食べたいものであふれている。ちなみに、いま、帰宅した殿に素麺の水切りをしたザルを見つかり「今夜は水餃子(すいぎようざ)なのに……」と小さく非難された。大丈夫だ、ちゃんと水餃子も食べられる。
 
 しかし、こんな自由な食生活を十年続けて、若干心配になってきた。ときどき胃腸が悲鳴をあげるのは、常に食べものを放り込み、稼働させ続けているせいかもしれない。冷え性とストレスのせいで胃を下しやすいのだと思っていたが、食べ過ぎのせいもある気がしてきた。というのも、去年はパフェを食べ過ぎて肌が荒れたのだ。初めてのことだった。欲望に従っても体がついていけないということがあるのを実感した年だった。
 
 というわけで、胃を休めるために一日絶食をしてみることにした。前日の晩は早めに夕食をとり、夜食も菓子も食べないように早く寝た。午前中は白湯(さゆ)、昼からはカフェインのない蕎麦茶(そばちや)で過ごした。仕事をするときだけ(あめ)をひとつ()め、糖分を摂取した。空腹はすぐにやってきた。ふだんから目覚めた瞬間に空腹を感じる体質なので、午前中は「寒いなあ」「お腹すいたなあ」とぼやぼやした気分になった。私は省エネ体質でもあるので、空腹だと眠くなる。ベッドに戻りとろとろと眠っていると家人の昼食の匂いが流れてきた。いい匂いだな、と食欲がわいたが、今日は絶食だし食べられないと思うと収まった。それからはわりと落ち着いた。空腹は空腹なのだが、食べないと自分で決めたことなので妙に体が納得していた。他人に強要されたら抵抗するが、自分で決めたことには我慢ができる。夕食は私の担当だったので、ピェンローを作った。
 
 ピェンローは白菜の時季には必ず数回はする鍋だ。妹尾河童(せのおかつぱ)さんが『河童のスケッチブック』で書いたものがとても有名。昆布と干し椎茸(しいたけ)でとっただしで白菜、鶏肉、豚バラを胡麻(ごま)油を加えてぐつぐつと煮て、仕上げに春雨を入れるシンプルな料理。我が家では肉は豚バラだけで作っていて、生姜(しようが)とニンニクも入れる。
 土鍋に蓋をして白菜が柔らかくなるのを待っていると、もの凄く良い匂いがしてきた。なにこれ、と思わず蓋を開ける。いつもの地味な鍋だ。しかし匂いを放つ湯気が輝いている。何度も作って、慣れている匂いのはずなのに、まったく違うものに思える。匂いで部屋が黄金色に染まっていくようで狼狽(ろうばい)してしまった。
 いや、でも、食べない日だし。もの凄い良い香りだけれど、口に入れるものではない。そう体に言い聞かせて、鍋を煮続け、味見をすることもなくピェンローを仕上げた。
 
 殿は日付が変わった頃に帰ってきた。鍋だ鍋だ、と蓋を開け、ぼんやり眺めている私に気がつくと「いきなり固形は胃に負担だし、スープだけでも飲んだら?」と言った。絶食をはじめて二十四時間経っていたので、そうしようと澄んだスープだけ(わん)についだ。ずっとすする。
「うまー!」
 絶叫していた。刺激がすごい。辛いとか、酸っぱいとかではなく、野菜や肉や椎茸や昆布の(うま)みがごんごんとぶつかってきて、脳で火花を散らす。「たいへんな旨み爆弾ですよ、これは」とわけのわからないことを言って、スープをずず、ずず、と飲み干した。
 
 ピェンローは各自で味つけをするので鍋自体にはほとんど味がない。いつもはそのままで食べることなどないのに、そのときは塩もなにもせず、三杯も飲んでしまった。スープに溶けた食材ひとつひとつの味がいつもよりしっかりした感触があって楽しかったのだ。食欲を満たすというより、舌と鼻で食べ物の輪郭をなぞるような体験だった。その晩はそれで満足して眠った。次の朝は強烈な空腹で目覚めて、朝から好きなものを食べに食べた。
 
 空腹状態が続いて、味覚と嗅覚が高まったのだろう。ピェンローは好きな料理だけれど、胡麻油と混じった野菜や肉の匂いをあんなにも(かぐわ)しいものに感じたことはなかった。私が感じている世界は、私の体を通したものなのだから、体の状態が変われば変わるものなのだ。好き放題に食べることで損をしていることもある気がした。これからはときどき意図的に空腹になってみてもいいかもしれない。

第2・4水曜日更新

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著者 千早茜プロフィール

千早茜(ちはや・あかね)
1979年北海道生まれ。小学生時代の大半をアフリカで過ごす。立命館大学文学部卒業。2008年「魚神いおがみ」で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。同作で泉鏡花文学賞受賞。13年『あとかた』で島清恋愛文学賞受賞、直木賞候補。14年『男ともだち』が直木賞候補となる。著書に『西洋菓子店プティ・フール』『クローゼット』『神様の暇つぶし』やクリープハイプ・尾崎世界観との共作小説『犬も食わない』、宇野亞喜良との絵本『鳥籠の小娘』、エッセイ集『わるい食べもの』などがある。


北澤平祐プロフィール

北澤平祐(きたざわ・へいすけ)
イラストレーター。東京都在住。アメリカに16年間在住後、帰国しイラストレーターとしての活動を開始。
多数の書籍装画や、花王、東京ソラマチ、渋谷ヒカリエなどのキャンペーンビジュアル、ファミリーレストランCOCO'Sのメニューイラストや、洋菓子のフランセ、キャラメルゴーストハウス、KENZO Parfumsの商品パッケージ等、国内外の幅広い分野でイラストを提供。
オフィシャルサイトwww.hypehopewonderland.com