第3話 そもそも家から出ていない

(前回のあらすじ)

 

 その土地の恵みを最大限に引き出すこと。作物と家畜たちの命のサイクルを身体で感じること。自分たちの口に入れるものは、ほんの少しでも自分たちの手をかけること――3つのポリシーを掲げて農夫たちが静かに暮らす農場「宇野ファーム」。そこでは世界の流れから少しだけ距離を置いた若者たちが集い、自然と自己との関係を見つめ直す生活を送っていた。しかし、突如として現れたショッカーの改造人間による大量虐殺によって、農夫と家畜たちの大半が命を落としてしまう。駆けつけた仮面ライダー1号2号によって怪人軍団は撃退された。しかし襲撃の爪痕は深く、経営者(41歳男性)は農場の再建を断念、土地を売り払うことを決意した。

↑それから3年――かつて「宇野ファーム」と呼ばれた農場はロードサイドに大型店がひしめく、没個性的な郊外型住宅地として生まれ変わっていた。平成期の中流家庭の最小公倍数的な「夢」を実現するツーバイフォーの建売住宅と、ショッピングモール。ここにはモノはあっても物語はない。しかしその空疎さこそが、ささやかな幸福の証でもあった……はずだった。
↑しかしそんなささやかな幸福は一瞬で崩壊した。突如出現した火星怪獣ナメゴン。その巨体が、ロードサイドの町並みを押しつぶしていく。対抗すべく出動したエヴァンゲリオン初号機。しかしパイロットのマザコン少年は、文化祭のステージで少し注目されたら解決する程度の自意識の問題に煩悶(はんもん)して、戦闘に集中できずナメゴンに対抗できない……
↑被害が拡大する中、すべての黒幕バルタン星人が現れる。そう、すべては宇宙からの侵略者の計画だったのだ。当局はさらに試作段階にあったシンカリオン(E5はやぶさ)を出動させる。果たして、人類の運命は……

 さて冗談はこの辺にして、本題に入りたい。

 

 この文章を書いている現在(2020年4月)、世界は新型コロナウイルスの流行に震撼(しんかん)している。中国を起点に流行しはじめたウイルスは、またたく間にアジアを席巻しアメリカ、ヨーロッパに拡大し世界的なパンデミックの様相を呈している。世界各国で大規模イベントの中止が相次ぎ、2020年7月に開催を予定されていた東京オリンピックも、約1年の開催延期が決定された。
 僕自身も2月の末に久しぶりの新刊を出したばかりで、半月ほど前には本へのサインと挨拶を兼ねて都内の大きな書店を回ったのだけど、そこで会った書店員たちは口を揃えて客足がさっぱりだと愚痴をこぼしていた。この時期にはたくさん出版記念イベントが企画されていたのだけどほぼすべて中止になった。
 僕の住んでいる高田馬場も、4月に入って緊急事態宣言が出されるとさっぱり街で人を見かけなくなった。もちろん、歩いている人はいるにはいるのだけれどおそらくは往時の10分の1もいない。まるで、郊外の大型ショッピングモールに客足を奪われた地方都市の駅前の商店街のようだ。現在、企業の多くはテレワークを推奨し、僕の経営する小さな出版社も流行の拡大に対応して3月から基本的にテレワークに切り替えた。僕の出版社では、この春から有楽町にあたらしくオープンしたコワーキングスペースと提携し、週に1度のワークショップを開催することになっていた。半年以上前から仕込んで、入念に準備してきた僕にとって大事な企画だった。しかし、このワークショップのシリーズもまた、開催直前にすべて無観客のインターネット生放送に切り替えた。この春に予定していた、楽しみにしていた海外出張もなくなってしまった。
 要するに僕は物書きとしても、中小企業の経営者としても、かなり最悪のタイミングでこのパンデミックを迎え、端的に述べれば踏んだり蹴ったりの目に遭っている。しかし――これは自分でも少し驚いていることなのだが――僕は心のどこかでこの状況を心地よく思っているところがある。もちろん、このパンデミックは少しでも早く終息に導かなければならないものだということは分かっている。感染の拡大とそれに伴う社会の混乱が続けば続くほど犠牲者の数は増えるだろうし、社会的混乱に伴う経済の停滞のもたらす間接的な被害の規模とその犠牲者の数は計り知れないものになるだろう。長引けば長引くほど、僕の新刊の売れ行きは落ちるだろうし、せっかく企画したイベントも台無しになってしまう。しかしそれくらい深刻なダメージを受けているにもかかわらず、僕は少しだけ、本当に少しだけだけど確実に思っている。僕はこの状況を心のどこかで心地よく感じているのだ。

 

 ここで、僕の日常生活をかんたんに紹介しよう。僕は朝起きると、まず午前中は文章を書く。これはこの連載の初回でも述べたように、数年前からの習慣で、午前中は誰にも邪魔をされないように自分にとって大事な文章を書くことに()てている。そして、大体の場合は昼食を挟んで、午後の1時か2時頃まで、ものを書いている。その後は編集長としてスタッフから上がってくる原稿のチェックと、事務仕事をする。あたらしくはじめる企画を考え、進捗を確認する。そして午後の遅い時間から人と会って話す。編集部内のスタッフとも打ち合わせするし、他社からの取材もこの時間に受けることが多い。そして夜は身の回りのことを済ませて、あとは眠たくなるまで本を読んだり、映画を観たりしている。休日は仕事をしない代わりにランニングに出たり、模型を作ってその写真を撮ったりしている。そして、恐るべきことにこの僕の日常はパンデミックの前/後で、ほとんど変わっていないのだ。と、いうかむしろ世の中が僕の生活に合ってきたような、そんな奇妙な居心地の良さを感じているのだ。

 

 そう、よくよく考えてみたら、僕の日常はほとんどというか、まったくと言ってよいほど変わっていない。
 外出自粛が要請されていると言っても、そもそも僕はほぼ新宿区から、というか高田馬場から出ない生活を送っている。自宅と、そこから歩いて数分の事務所を往復するだけで、基本的に高田馬場1丁目から出ない生活を送っている。週に二度か、三度、ランニングで渋谷区や港区まで走って戻ってくるときだけが、新宿区の外側に出る体験だ。買い物も振り込みも基本的にインターネットで済ませている。急ぎで必要なものは自宅と事務所との間にあるピーコックとセブン-イレブンで事足りるし、趣味の模型も基本的に新製品の予約と中古の掘り出し物に網を張っているだけなので、Amazonとヤフーオークションのほうが確実だ。
 人と会わなくて寂しくないか、と思う人もいるかもしれない。しかし、この点についてもあまりパンデミック前後で変化はしていない。編集部のスタッフとは毎日ビデオチャットで打ち合わせしているし、外部の仕事相手とはむしろ身体を運ばなくてよくなったぶん、お互いの日程をすり合わせやすくなった感すらある。T氏との毎週水曜日の朝活も続けている(ちなみにランニングは相対的にリスクの低い外出であるとされているので、個人的にオススメだ)。

 

 しかし人間関係は「それだけ」じゃないだろう、もっと「飲みニケーション」みたいな、場を「みんな」で共有することではじめて生まれるものもあるじゃないか。そう考える人もいると思う。しかし僕は逆に問いたい。本当にそうだろうか? それって本当に必要なコミュニケーションなんだろうか。本当はほかの行為で十分に満たされるものを、なんとなく続けてしまっているだけじゃないんだろうか。

 

 そしてこれがポイントなのだが、僕はそもそも基本的にお酒を飲まないし、「飲み会」に行かない。この連載でも以前書いたように、僕はアルコールを前提にしたコミュニケーションが苦手だ。アルコールを入れて、酩酊(めいてい)することで普段の「建前」を一時的にキャンセルして、そして「本音」を話す。そしてその(大抵の場合はその集団の中心人物の)「本音」を共有することで、メンバーシップが、敵と味方が確認される。その「本音」のコミュニケーションとは、(おおむ)ねその場にいない誰かの欠席裁判になる。なぜならば、そもそも友敵の峻別(しゆんべつ)がその場の目的だからだ。
 そして昼間の、シラフでの、「建前」のコミュニケーションにおいてもその夜の酒の席で確認された中心人物の「本音」に誰もが忖度(そんたく)することで秩序が維持される。この「飲み会」が体現する陰湿なコミュニケーションが嫌で、僕は「論壇」とか「文壇」とか、そういったものから距離を置いた。普段口では「分断を許さない」とか、「友敵関係を超えた思想」とか言ってる人たちがどれだけ陰湿なコミュニケーションを取っているかを思い知ってウンザリしたからだ。こうして、僕はまったく「ギョーカイ」の「飲み会」に出なくなった。
 そして、実際に「飲み会」に出なくなってつくづく思うのだけれど、仕事の話は昼間に、ノンアルコールで話しても、いやむしろその方が盛り上がる。それくらいじゃないと、結局いいものは作れない。親しい友人とも同じだ。昼間に普通にお茶をして、いまなら電話かビデオチャットで話して、それで盛り上がらないのなら、結局は単に寂しさを埋めるためだけの、具体的な内実がない関係だ。要するに、パブリックでもプライベートでも、アルコールの支援がないと盛り上がれないような関係なら、あってもなくてもあまり変わらない。僕は10年近く前に、自分が「飲み会」に出なくなったことで、そのことに気づいた。

 

 企業の中には、テレワーク化によってスタッフ間のコミュニケーションが疎遠になることを危惧して、ビデオチャットでの「飲み会」を開いているところも増えてきているらしいけど、ちょっともったいないことをしてるな、と僕は思う。このパンデミックは僕たちが当たり前のように受け入れてきたものを問い直す絶好の機会でもあるはずなのだ。
 実際にテレワークを試してみて、多くの人々は気づいているはずだ。本当にオフィスに出勤しないとできない仕事はごく限られていること、単にオフィスに滞在しているだけで実は何も仕事をしていない人が多いこと、「打ち合わせ」という名の上司や取引先の愚痴を共有する会に意味がないこと。僕たちはいままでそれが当たり前だと思考停止して受け入れてきたことにどんどん気づきはじめている。そしてそのことを抜本的に見直す機会を手に入れているのだ。
 そしてテレワークを続けることで、僕たちは自分たちの生活を見直す機会も手に入れている。それまで、家事と余暇の場所であった住居が仕事の場にもなった瞬間に、違った角度から自分たちの生活を見直すことになる。
 たとえば、いまこの国で支配的な住宅の間取りは、基本的に自宅で仕事をすることに向いていない。この国の住居の大半はリビングに、もっともよい環境と広さが与えられている。しかしこのリビングに作業机を置こうとすると、大抵の場合あまりうまくいかない。間取り的にも電源の位置的にも、かなり苦労するケースが多いはずだ。なぜならばそこは基本的にソファに座ってテレビを眺めることを中心に設計されているからだ。それは、まだ専業主婦という制度とテレビという情報源が支配的だった20世紀後半のライフスタイルの「名残り」に他ならない。僕たちは、ワークスタイルも家族形態も情報環境も何もかも変わっているにもかかわらず、自分たちの住まいの変わらなさには鈍感だったのだ。
 そして僕がこのことに気づかされたのはもう10年以上前に、会社員を(事実上)辞めて自営業(文筆業)をはじめ自宅で仕事をするようになったときだ。それから何年かの間にこうして結果的に自分の生活について、たくさんのことに気づかされた。

 

 そう、僕たちはいま、このパンデミックによって結果的に自分たちの足元を照らし直す機会を与えられているのだ。この機会を、逃してはいけない。
 たとえば、このパンデミックのもたらした営業制限によって、多くの飲食店がテイクアウトでの料理の提供に踏み出している。この東京でも少し前からウーバーイーツなどのシェアリングエコノミーを応用したあたらしい出前サービスの登場や、消費税の軽減税率の導入で中食が注目されてきたが、このパンデミックによって改めて「中食」の楽しさに気づいた人も多いだろう。
 あるいは、そもそもひとりで楽しむことを覚えた人も多いのではないかと思う。部屋でひとり本を読む。部屋でひとりアニメを観る。部屋でひとり模型を作る。または、外にひとりで走りに出る。僕はちなみに、仲間と集まって賑やかに過ごすことが嫌いなわけではない。毎年三浦半島でバーベキューをしているし、話題の映画の最速上映に出かけて観終わった後に深夜のファミリーレストランで感想戦をするのも好きだ。しかしそれと同じくらい、ひとりで過ごすのも好きだ。このパンデミックは、僕たちがいままで気づいていなかったものに気づいて、その可能性を追求する好機なのだ。もちろん、引きこもりの生活を僕たちが楽しめるのは、このパンデミック下でもリスクを引き受けて働く人がいるからだ。しかし、ここにある階級や産業構造の問題は、パンデミック前から存在しているものが表面化したにすぎない。このパンデミックは、この点においても僕たちの足元を見直す好機なのだ。人が人と物理的に触れ合うことではじめて得られる豊さは、パンデミック後にじっくり見直せばよい。

 

 この不透明な状況のもたらす不安を、とりあえず誰かとつながることで解消するべきではない、と僕は思う。身体的な距離を取れば、ウイルスの感染は抑制できるだろう。しかし精神的な距離を取れずに不安をインターネットに発信する快楽で埋めようとすれば、それは安易な発信につながりデマと陰謀論の温床にしかならない。人間が、社会的不安をとにかく発信することで埋めようとすると何が起こるか、この国の人々は9年前に嫌というほど思い知っているはずだ。

 

 2010年代は「動員の革命」の時代だった。ソーシャルメディアという、万民に発信能力を与えて誰をも「当事者」にする装置を用いて人々を連れ出す時代だった。それが「アラブの春」であり、「インスタ映え」という文化であり、CDの販売からフェスの開催への音楽産業の変化であり、テレビアイドルからライブアイドルへの変化だった。僕たちはソーシャルメディアを通して日常から非日常へ動員され、自分の物語としてその非日常の体験を発信する(シェアする)ことに夢中になってきた。しかし、新型コロナウイルスの流行は、グローバル社会下のパンデミックのリスクを明らかにし、「少なくとも一時的には」僕たちに動員「されない」日常の、足元の、等身大の生活を見つめ直すことを要求したのだ。

 

 そう、(ソーシャルメディアによって動員された)非日常での自分の物語を(ソーシャルメディアで)発信する快楽を制限された僕たちが取り得る道はふたつある。ひとつはモニターの中の他人の物語に感情移入する20世紀的な文化に回帰して、その快楽を思い出すことだ。僕も、これを機に先日なくなった大林宣彦監督の映画を――『時をかける少女』を、『さびしんぼう』を、『ふたり』を――片っ端から見直している。そしてもう一つは(ソーシャルメディアに動員されない)日常の、自分の物語を、つまり生活の楽しみを発見することだ。より具体的に言えば、動員されて誰かと楽しむのではなく、動員されずにひとりで楽しむことだ。それも、他人の物語を眺めるのではなく、自分で何かをすることで楽しむことだ。このパンデミックは、この僕たちが忘れかけていた楽しさを思い出して、追求するまたとない機会なのだ。誰かの顔色やタイムラインの潮目を気にするのではなく孤独に世界と向き合うことで、はじめて見えてくるものがたくさんある。閉じた相互評価のネットワークから切断されることで、僕たちは大きな可能性を手にしているのだ。

 

 僕は偶然だけれども10年ほど前からこの日常の生活の時間を、ひとりで楽しむことを続けてきた。その結果、僕はこの状況に奇妙な居心地の良さを感じている。そしてこの居心地の良さを発見することこそが、未曾有のパンデミックに人類が立ち向かう武器(のひとつ)になる。そしてこれからの社会を考えるための入口になる。これからの生活を、住まいを、働き方を、都市空間を考える好機になる。僕はそう確信している。

 

 ということで、ここで改めて、僕の日々のひとり遊びの一端を紹介しよう。繰り返すが決してこのどさくさに自分のコレクションを自慢したいわけではなく、あくまで批評的な必然性による例示であることをここに改めて強調しておきたい。

↑鉄道模型のNゲージ(1/150スケール)で、日本全国各地のバスを商品化している「ザ・バスコレクション」(通称「バスコレ」)。これは青森県三戸町を走っている(いた?)「11ぴきのねこ」バス。作者の馬場のぼるさんが三戸町出身であることにちなんで作られた。「11ぴきのねこ」シリーズは僕もこどもの頃から好きだった絵本。あの圧倒的なホモソーシャル感というか、男の子の集団の楽しさと愛すべきどうしようもなさに溢れている。特に『11ぴきのねこ ふくろのなか』が名作だと思う。
↑これは仮面ライダー旧1号とその愛車の旧サイクロン。一見何の変哲もないフィギュアだが、実は複数の商品を組み合わせた改造フィギュアである。細かい点はいろいろあるのだけれど、とりあえず分かりやすい点としては頭部をもう10年以上前に『ハイパーホビー』誌の付録についていた非可動フィギュアのものを取り外し、ベースとなった食玩の「SHODO−X」シリーズの可動ものとすげ替えている。こうして造形に優れた非可動フィギュアのパーツを移植して、ポージングには幅を出せるが造形が犠牲になりやすい可動フィギュアのディテールアップを試みる小改造は今日の模型業界ではちょっとしたトレンドである。
↑さすがにふざけすぎたと、反省している。

(次回へ続く)
 

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宇野常寛(うのつねひろ)

評論家。1978年生。批評誌〈PLANETS〉編集長。 著書に『ゼロ年代の想像力』(早川書房)、『リトル・ピープルの時代』(幻冬舎)、『日本文化の論点』(筑摩書房)、『母性のディストピア』(集英社)、『若い読者のためのサブカルチャー論講義録』(朝日新聞出版)。 石破茂との対談『こんな日本をつくりたい』(太田出版)、『静かなる革命へのブループリント この国の未来をつくる7つの対話』(河出書房新社)など多數。 企画・編集参加に「思想地図 vol.4」(NHK出版)、「朝日ジャーナル 日本破壊計画」(朝日新聞出版)など。 立教大学社会学部兼任講師も務める。